03.はじまりの物語(3)
そしてリノヴェルタ侯爵家に帰り、ハーベイとの婚約を知らせた時だった。
「見た目しか能がない女が…よくもまぁ」
「育てた恩を返しただけだ。思い上がるなよ」
「どうせ汚い手でも使ったんでしょう?それしか出来ないものね」
讃えられることも誉められることもなく浴びせられた暴言。
引き取った理由である美貌ですら、コケにして嘲笑ったのだ。
その瞬間、心の中に残っていた僅かな希望は簡単に打ち砕かれた。
(絶対に……コイツらを消してやる)
そんな決意を胸にアマリリスは動いていた。
改めて自分の扱いを思い知らされて打ちのめされていた。
バルバド城の中庭の端、古びたベンチで静かに涙を流した。
誰も来ないこの場所だけは、本当の自分で居られる場所だった。
良心の呵責に苛まれる。
罪悪感に押し潰されそうになる。
孤独が怖くて堪らなくなる。
自分がしていることが、正しくないことは分かっていた。
けれど、そんなやり方しか知らなかった。
互いに傷つけ合うことでしか人と関わることが出来ない自分に自己嫌悪を繰り返す。
(苦しくても前に進むしかない……!)
涙を拭うことも忘れていた。
どれだけ時間が経ったのかも分からない。
足音に顔を上げると、そこにはハーベイの姿があった。
涙を流している姿を見たハーベイは、驚きに一瞬だけ目を見開いた。
その後、ポケットに手を忍ばせたハーベイは、そっとハンカチを差し出した。
ハンカチを受け取ることも忘れて固まっていた。
ハーベイは跪いた後に頬の涙をハンカチで拭った。
「…大丈夫か?」
そんな声が聞こえて、戸惑いつつも静かに頷いた。
その後、二人は何も話す事は無かったがハーベイは落ち着くまで側に居てくれた。
その日からハーベイに対する印象は変わっていった。
ハーベイを道具として見るのをやめたのだ。
ハーベイと婚約してからは婚約者の座から引き摺り降ろされないように、全ての関係を断ち切った。
折角、掴んだチャンスを無駄にする訳にはいかない。
その為には今までの関係を清算する必要があった。
けれど自由に振る舞っていたツケを払う事となる。
大人しくなったアマリリスに今まで恨みを募らせた令嬢達が隠れて攻撃してくるようになった。
それでもハーベイに迷惑を掛けないように黙って耐えるしかなかった。
そんな時、令嬢達から囲まれて責められていたのを偶々見つけたハーベイは、すぐに駆け寄り助けてくれたのだ。
今まで誰にも守られた事がなかったアマリリスにとって、初めての経験だった。
自分のことを嫌っている筈のハーベイが、何故庇うのか理解できなかったが、ハーベイのそんな何気ない行動が心を救ってくれた。
それから少しずつではあるが、ハーベイとの距離を縮めていった。
ハーベイに対する印象は気付かないうちに徐々に変化していった。
そして、いつの間にかハーベイに本気で恋をしていた。
リノヴェルタ侯爵邸では相変わらず周囲も敵だらけであったが、これからもハーベイの為に変わっていこう……そう思った矢先だった。
信じられないような光景が目の前に広がっていた。
それはハーベイが子爵令嬢であるシャロン・メルメダと仲睦まじく笑い合う姿だった。
アマリリスはシャロンのとある噂を聞いた事があった。
未来を見通す不思議な力を神から授かったというものだった。
始めは信じる者はいなかったが、その噂を聞きつけた国王はシャロンを城へ呼んだと……。
その力が本当ならば、国にとってシャロンは大切な人物になることだろう。