16.牢屋こそ至福(3)
「いただきます!」
「……」
「むっ!?この香ばしい肉の匂いと香草の使い方……はぁ、また腕を上げましたわね!それに胡桃を混ぜ込んだパンにバターの甘さがマッチして……参りましたわ」
「………おい」
「ユリシーズ様、お待ちくださいませ!今、この料理を作って下さった方に急いでメッセージを書きますからッ」
「おい…………アマリリス・リノヴェルタ」
「はいはい!ユリシーズ様は少しせっかちですわよ。今回のパンは最高でした、次はチーズを混ぜて焼いてみて下さいませ……肉の焼き具合はパーフェクト、流石です……っと!やっぱり彩りに野菜が欲しいですわね……ユリシーズ様はどう思われます?」
「……別に」
「やはり殿方は、彩りは興味ないかもしれませんね……!でもやはり料理は目でも楽しめますからね」
「……」
「お待たせ致しました、ユリシーズ様!こちら本日のお手紙ですわ!そしてこれは、わたくしのお洋服を洗濯してくれたララカに。そしてこのメモはオマリに渡して下さいね」
「………」
「ユリシーズ様、いつも感謝しております」
その言葉にユリシーズは小さな溜息を吐いてから頷いた。
そう言われてしまえば、ユリシーズは料理人やララカやオマリにメモを渡さずにはいられなくなる。
満面の笑顔を浮かべながら格子から手を伸ばしてユリシーズにメモを渡すアマリリス。
最近は毎日、この調子である。
城の料理人達が料理の腕を上げたと話題ではあるが、それがアマリリスのお陰とは誰も思うまい。
アマリリスに食事を届けた次の日、当たり前のようにシーツを掛けてくれたお礼を言われた事に目を丸くした。
好みの性格を演じて、引き込んで誘惑するつもりかと思いきや、それは全て杞憂に終わる。
暫くは警戒していたのだが、アマリリスはさして此方に興味はないようだ。
アマリリスは牢の中で食べる食事を心待ちにしていて、牢の中にいるにも関わらず幸せそうである。
「……お前は牢から出たくないのか」と、問いかけると、アマリリスは間髪入れずに「全く!」と力強く答えたのであった。
そんなアマリリスに、返す言葉が見つからずに押し黙るしかなかった。
そしてある時、手紙を書きたいからと紙とペンを要求してきた。
脱獄を計画しているのかと問いかければ、呆気らかんと笑い飛ばして「料理を作って下さった方に感謝の手紙を書くだけですわ…………あとは少々リクエストを」と言った後に険しい顔で口元を押さえていた。
一応、ハーベイの元へ行き確認してみると「任せる」と言われた為、アマリリスの書いたメモに目を通してから渡していた。
そこには細かい料理のレシピが書かれていたり「ありがとう」と感謝を伝える内容が書かれていた。
不思議なことに、今まで一度もリノヴェルタ侯爵家やハーベイ宛のものはなかった。
それに「逃がしてほしい」「私のせいじゃない」「牢の中から出たい」そんな言葉を発しないアマリリスに違和感すら感じていた。
こうして様子を観察するために、食事を運んでくる役割を自ら買って出ている訳だが、最近では疑っていることすら馬鹿馬鹿しくなってくる。
アマリリスは常にニコニコしていて、いつも機嫌が良さそうである。
アマリリスの口から「はぁ……幸せ」と、何度も聞こえるような気がしたが、敢えて聞こえないフリをしていた。
牢の中にいて、幸せな筈がないのだ。
最近は理解不能な行動を取るアマリリスに、考えることを放棄していた。