15.牢屋こそ至福(2)
朝か夜かも分からない薄暗い牢の中……。
ぼんやりとした明かりが手元を照らしている。
コツコツと響くブーツの音に顔を上げた。
「アマリリス・リノヴェルタ………起きてるか」
「起きてますわ」
「夜の食事を持ってきた」
「いつもありがとうございます、ユリシーズ様」
待ちに待った食事の時間である。
牢の中には時計もない為、時間は分からないがユリシーズが持ってきてくれる食事と腹時計が時計代わりだ。
香ばしい匂いが地下室に広がった。
持っていた刺繍をベッドに置いて、ユリシーズの元に駆け寄ろうとした時だった。
「今日は何を刺繍したのだ」
「あら、興味がありますの……?」
「………………。あぁ…」
(点々長っ……!認めたくなさそうだけど、この刺繍シリーズ好きよね)
流石に三日ほど眠り続ければ、寝ることにも飽きてしまう。
牢の中で何か出来るものをと考えた結果、刺繍をすることを思いついたのである。
派手な容姿からは想像つかないが、特技が刺繍だったのだ。
このギャップに落とされた男も少なくない。
刺繍をしたものをプレゼントすることで、お返しとしてアクセサリーやドレスなどを得ていたようだ。
「暇なので刺繍をしたい」と言ってユリシーズに頼んだ所、ハーベイから許可が出たらしく刺繍道具が与えられた。
勿論、貴族特有の家紋や国の伝統紋様や国章、鳥や花などを刺繍するのが定番ではあるが、頭に浮かぶのは借金取り達が着ていた色とりどりのスカジャンの刺繍のみである。
それだけは脳内にくっきりと残っていた。
ーーある寒い冬の日
顔がとても怖い"田中さん"という借金取りが居たのだが、その人がピンク色のスカジャンを持ってきてくれたことがあった。
「俺の……お、お下がりだ、着ろ」
寒かったのでスカジャンを受け取ると、首元にはタグがついていた。
そんな優しさはありがたかったが、スカジャンよりも欲しいものがあった。
(金利………下げてくれないかな)
「また明日も取り立てに来るからな」
そう言って、満足そうに去って行った田中さん。
内臓や体を売れと言われるよりマシだろうが、複雑な気分であった。
そんな切ないが心温まるエピソードを思い出しながら、刺繍は進んでいく。
睨み合う龍と虎、鷹に富士山、滝の中を登る鯉……。
初めて和柄刺繍を見た際「天才だ……」と呟いたユリシーズは、子供のように目を輝かせて、暫くその場から動かずにずっと刺繍を見つめていた。
その食いつき具合にポカンとしていると、ユリシーズは大きな咳払いをした後に恥ずかしそうに視線を逸らしたのだった。
この刺繍は、ユリシーズの好みに刺さったようだ。
「今日は月と狼ですわ」
「……!」
「ここにバランスよく月がくると良い感じになるのですよ」
「そうか………月と狼、いいな」
アレンジを加えつつ豪華になっていく刺繍。
そんな和柄刺繍は今日もユリシーズの心を鷲掴みしていた。
やりかけの狼の刺繍をじっと見ていたユリシーズは「なんて素晴らしい……」と感嘆の声を漏らしていた。
ここ数週間、牢屋ライフはキラッキラに輝いている。
まだシャロンとハーベイは牢を訪れてくる気配はない。
ユリシーズにさりげなく探りを入れてみると、どうやらシャロンの怪我が治ってから動くようだ。
しかし、その日は遠くないだろう。
お腹がぐーと音を立てる。
ユリシーズが持ってきた食事を覗き込んだ。
「まぁ!今日はリクエスト通りの食事なのですね」
「……」
「さっそく頂きましょう!」
そう言うと、ユリシーズは牢にある小窓のような場所から食事を渡す。




