12.ユリシーズside(1)
「ーーー入るぞ」
地下牢へと続く階段を下る。
ドアや阻むモノがない牢屋の中。
アマリリスが着替え終わったかを確認する為に声を掛けた。
しかし何度問いかけてもアマリリスからの返事はなかった。
まだ着替えの途中かと何度か問いかけるものの、やはり返答はないままだ。
(もしかして先程の食事で腹を……!?)
先程の嫌がらせのような食事内容には目を疑った。
確かにアマリリスは厳しく料理人達を叱りつけて困らせたこともあった。
けれど、それは正当な理由であった。
料理人達がハーベイが苦手な料理を把握していなかったからだ。
ハーベイはその食材を口にすると肌に湿疹が出る。
アマリリスはそれを理解してのことだろう。
「……直ぐに下げて頂戴ッ」
「ハーベイ殿下が口にしたら、どう責任を取るつもり!?」
しかしその時、ハーベイですらその食材が入っていることに気付いていなかった。
ハーベイはアマリリスの態度に嫌悪を滲ませていた。
けれど、アマリリスは言い訳も説明もしなかった。
一見すると傍若無人な態度も、細やかな気遣いが見え隠れする。
誰にも伝わる事のない優しさは、本人を傷付けて消えていく。
(何て不器用な女なんだ……)
それがアマリリスの印象だった。
そしてアマリリスが牢に入れられたのは驚きだった。
ハーベイとシャロンの仲に嫉妬していたのは知っていた。
けれどここまで上り詰めてきたアマリリスが、こんな陳腐なやり方で己の立場を捨てるだろうか。
仮令シャロンとハーベイが想い合っていたとしても、簡単に婚約は崩せない。
こんなことさえしなければアマリリスは間違いなく良い人生を歩めただろう。
けれど周囲はこう言った。
「いつかはこうなると思っていたよ」
気性の荒いアマリリスならば、やりかねないと。
アマリリスは否定していた。
けれど誰もアマリリスの味方をした者は居なかった。
勿論、ハーベイも……。
アリバイもあった為、新しい犯人を探すと思っていたが、アマリリスがシャロンを突き落としたと次々に目撃者が現れて、結局アマリリスは拘束された。
そしてオマリはシャロンの側にいたのにも関わらずに怪我をさせて守れなかったと、責任を取るような形でアマリリスの世話を命じられた。
側に居たといっても、オマリは別の仕事を命じられていた。
そんなこじつけのような罰でもオマリは受け入れなければならなかった。
(あの女……何故オマリに!腹が立つ)
そして様子を見に行こうとした時に、廊下でオロオロと困惑しているオマリの様子に気付く。
問いかけるとオマリは「アマリリス様が、とても苦しそうで…」と言った。
「アマリリスが苦しんでいるから手伝って欲しい」
オマリが声を掛けても、誰も手を差し伸べる者はいなかったらしい。
終いには「そのまま死ねばいい」と心ない言葉を浴びせられたと、オマリは複雑そうにユリシーズに言った。
そしてユリシーズが声を掛けても"アマリリス"の名前が出た途端に逃げるように去っていく侍女達。
仕方なくアマリリスの元へと向かうこととなった。
アマリリスとの間には縮まらない距離があった。
恐らくは、同族嫌悪だろう。
野心家で自分の力で今の地位を勝ち取ったアマリリスが嫌いではなかった。
それに孤児院から貴族に引き取られた共通点もある。
自分も貴族の血が混じっていないからと、幼い頃から心ない言葉を浴びせられた事もあった。
必死に努力したところで報われることはない…そう思っていたが、この国の騎士団長で、養父であるマクロネ公爵は公平に物事を判断する人だった。
兄と姉は家族として受け入れ愛情を与えてくれた。
騎士達の中にはマクロネ公爵の養子だから、ハーベイと幼馴染だから、今の地位にいるのは当然だと言われた事もあった。
(今に見ていろ………!)
その気持ちは、どんどんと地位を押し上げていく。
そして鍛錬と努力で捩じ伏せて今の場所まで実力で上り詰めた。
次第に妬み僻みも気にならなくなった。
(……何故、アマリリスはこんな愚かな事を)
アマリリスの様子を見る為に地下牢へ向うと、何故かベッドに横たわっていた。
(様子がおかしい…!?)
アマリリスの上半身を起こすと、呻き声を上げる。
「コルセット………クソ、そういうことか」
アマリリスはコルセットの締め付けに苦しんでいるようだった。
牢に入ってから、ずっと放置されていたのだろう。
顔色も悪く、汗で髪が額に張り付いていた。




