10.絶望的な牢屋ライフ(6)
「待て!そんな一気に言ったら覚えきれないだろう」
「フフッ、そうですわね」
慌てる素振りを見せたユリシーズが面白くて笑みを溢すと、ギロリと睨まれてしまう。
ゴホン、と咳払いをしてからキリリとした顔を作った後、再び必要なものをユリシーズに伝えた。
ユリシーズは「少し待ってろ」と言い残し、そのまま地下室から出て行った。
誰も居なくなった牢の中で一息ついた。
トレイの上にはもう冷めてしまった食事がある。
ユリシーズが色々と持ってきてくれる間、暇だからと質素な食事に手を伸ばす。
「……いただきます」
今までアマリリスが食べていた食事に比べると少し…いや、かなり質素といえるだろう。
しかし、数日ぶりのバランスの取れた食事に心は踊っていた。
コンビニのパンやおにぎりなどが主な主食であり、飲食店のアルバイトで賄い料理を楽しみに生きていた時に比べれば、ありがたいことである。
そして今までコルセットの締め付けのせいで食事を摂っていなかったせいか、空っぽの胃がグゥと音を立てた。
(お世辞にも美味しいとは言えないけど、ただ飯だから文句はない)
魚のソテーは生臭いし骨が多いが食べられるので良しとしよう。
野菜はシャキシャキとしていい歯応えである。
恐らく何かの茎や芯や皮だろう。
パンは石みたいに固いが口の中で柔らかくすれば問題ない。
逆にじんわりと小麦の味が滲み出てきて良い塩梅である。
時間に追われることなく過ごせる快適な空間。
自然と涙が溢れてくるのは安心感と喜びからだ。
「ーーー…アマリリス、言われたものを」
足音にも気付かない程に食事に夢中になっていた。
名を呼ばれた為、振り向くとそこには化け物でも見たように驚いているユリシーズの姿があった。
「……どうか、されたのですか?」
「それは、お前だろう…アマリリス・リノヴェルタ」
「え……?」
「何故、泣いている?」
泣いていると言われて初めて自分の頬に触れた。
(こんな静かな場所でゆっくり借金のことも気にせずに食事出来るなんて嬉しすぎて………つい)
急いで涙を拭うと、表面がツルツルしていたパンが手のひらから滑り落ちた。
パンが床にゴチンと音を立てて、コロコロと転がっていく。
すかさずパンを追いかけて、拾い上げると丁寧に砂を払った。
三秒ルールの適応である。
(はしたなかったかしら………でも牢屋で令嬢らしく振る舞っても仕方ないものね)
その後にパンを何事もなかったように皿に置いた。
すると、それを見たユリシーズの目が更に大きく見開かれる。
「……申し訳ございませんが、今見たことは内緒にしてくださいませ」
「………!」
「それよりも、わたくしが言ったものを持ってきて下さったのですね……ありがとうございます」
涙を拭いながら軽く頭を下げると、今度は眉を顰めながら此方を見ている。
普段無表情でいるせいか、表情がコロコロと変わって新鮮である。
ユリシーズは此方に向かって手を伸ばす。
ユリシーズが皿に置いてある食べかけのパンを取ろうとするのを見逃さなかった。
パンを取られないように必死に皿を遠ざけるように持つ。
「そのパンを寄越せ…!」
「…っ」
「………どういうつもりだ」
パンを渡さない事で、めちゃくちゃ不機嫌そうである。
しかし、此方だって譲れない。
それに「どういうつもりだ」と言うのは此方のセリフである。
折角のメインディッシュであるパンを取られるのは勘弁して欲しい。
後でゆっくり噛んで長く長く楽しむつもりが、ここで持っていかれてしまえば食べるものが無くなってしまう。