71話 無力な者達
『使える魔結晶はこれで全部か。
………あまりにも少なすぎるな、先を越されたと考えるべきか。』
戦闘の余波で職員の大半が瓦礫によって圧死しているため、見張りが居ない校舎内の保管庫を堂々と漁っていた。
協会公認機関、つまりは協会の息のかかった学園ならば、中々に上等な魔結晶を蓄えているはずだった。それこそ戦争が起こったとしても2週間は前線を維持できる程度の貯蓄があった。
しかし、どういうことかその大半が無くなっている。
『(我が物顔で闊歩できる奴らが居る以上、この手の備蓄品は実行前に盗られてると考えた方が良いだろうな。)
そら、お望み通りの魔結晶だぞ。神獣サマ』
「……まさか貴様に助けられる日が来ようとはな。」
『ほざけ。私や貴様がどうなろうと知った事では無いが、共倒れだけは看過できんだけだ。』
メイ・クラウンのスキル<管理人>によって残っていた僅かな境目の神獣としての権能さえ奪われ、世界からのバックアップを失ったナルダの身体は、徐々にその機能を停止させている状態である。しかしナルダの魂(正確には神獣は生み出された生命であるから魂と呼べるものでは無いが)自体は肉体にあるままなので、魔結晶などで魔力を補充しなければ、いずれナルダは死亡し、カーリーごと共倒れしてしまう。
「まぁ好きにしたまえよ。どちらにせよ我は貴様を止める術を失った。」
そう言いながら魔結晶を飲み込む。壊死しかけていた四肢に血の気が戻っていくのが外から出も分かる。
すぐには動けないが、とりあえず魔力切れで死ぬことは無くなった。
『知るか。貴様が死にさえしなければどうだっていい。
全く、当に余計なことをしてくれたものだ。
(神獣の権能が使えない以上、コイツは最早やかましいだけの荷物に過ぎない。今すぐにでも殺してやりたいが、無害であれば顕現するまで力を蓄えるとするか)』
先ず術式の効果範囲外まで出ようか、そう思い踵を返した瞬間、足に掛けていた力が緩んだ。
『…あと10分と言った所か』
いよいよ身体の自由が利かなくなってきた。時間の猶予はまだあったはずだが、先程の天司の衝撃で私の精神が覚醒段階に入ったのだろう。
出力の落ちた肉体で10分ではよくて半分と言った所か。それにナルダも監視下に置かねばならないため、範囲外への到達はまず不可能。
仕方がないが次の機会を待つとするか。ここの「監獄」の神獣とやらも機能が停止し、ナルダも権能が使えないのならば残る敵は私だけだ。
どの道すぐに封印されたり切除されたりと言った心配はなくなった。
ついでに先の一件で支配力も徐々に取り戻しつつある。
「なら、少し話でもしないか?」
『!! ………は?』
唐突に会話を提案される。つい先日まで自分を消そうと画策してきた相手がだ。
だが嘘を言っているわけではない。言葉に意味を含ませるとき、その感情に応じた味がするが、その言葉は無味無臭だった。
まるで急に人格が変わってしまったかのようだ。
いや、或いは本当に人格が変わったのか?
『…時間稼ぎか、それとも開き直りでもしたか?』
「それは想像に任せるとしよう、互いに何もできない身だろう。
それにこんな状況で何だが、今はとても気分が良い。」
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これは何の冗談だろうか。
4割が破損し、校庭にも大穴が空き、今にも建造物としての体裁を保てなくなりそうな校舎の中、野晒の部屋で同じ顔の二人の女性がいがみ合いながら話している。
『正気の沙汰では無いな。貴様が視界に入るだけでも忌々しいと言うのに。』
「まぁそう言うな。貴様も一人称があるのなら、集合無意識そのものではなくカーリーの別人格という体の代表なのだろう? 少しは余生を楽しんだらどうだ?」
『…知識だけは無駄にあるようだな。』
「伊達に長生きしとらんからな。貴様が…いや、貴様等がいつ生まれたのかは知らんが、何故生まれたのかは察しが付く。大方「魔王」の大本を倒す為…とかじゃろ。」
『知らん。生憎ワタシにその記憶は無い。誰に削がれたのかは知らんが、今のワタシは私の触れた物から得た知識しか残っていない。後は本能だけだ。』
互いの持つ知識を共有する。
ナルダはかつての大戦を生き延びた神獣であり、その知識は図書館に匹敵するが、そんな存在であっても全てを見抜いているわけではいない。
そして、<共感>も誰かからその力と記憶を削がれているというのが現状である。
「本題に入ろうか。この1件で協会は確実に動くだろう。「吸血鬼」の件も考慮すると既に動き始めているかもしれん。じきにここも封鎖されるが、その前に拠点を移したい。」
『だからどうした。来るなら全員殺せばいいだろう』
「たわけ。何故魔人共がわざわざ先遣隊なんてものを送っているのか考えろ。天使との対立もあるだろうが、それ以上に魔人を抑え込める力があるからに決まっておろう。」
『……………遺物、魔術…辺りか。面倒だな。』
カーリーは既にリオンと会っており、彼女の記憶から<共感>は魔術の効力についても理解している。「黄」や「紫」達が使うそれが、かつて魔界と、そして天界とを引き分けた力というのが過言では無いことも。
今の<共感>にとっては荷が重い代物だ。
「場所が場所なだけに、奴らも出し惜しみはしないだろう。」
『貴様の権能は良いのか? ワタシを切除する貴重な切札だぞ?』
「勝てぬ相手に無理に挑むほど愚かでは無い。それに、残っていたのは我の演算能力が必要な力だったからな。我からすれば自動から手動になっただけだが、他者に扱えるのは「金」に奪われた分が全てだ。
ま、貴様に関してはカーリーに頑張ってもらうさ。」
『随分楽観視するじゃないか、貴様らしくも無い潔さだな。』
「できることをするだけ………いや、そうかもな。合理的すぎるのも、この結果を招いた原因かもしれぬ。」
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魔導国家エイスター。
市場で流通している魔導具の半分を生産しており、魔法に関しては右に出る国家が存在しない魔法大国である。
最たる例として、ローズ学園でも使用されている「契約書」を始めとした、失われていた概念魔法の再現だろう。他にも純度の高い魔力結晶の精製や、一部の魔機の開発もエイスターの技術を元に、カーリー達の住む国であるポートブルーで運用されている。
エイスターは質の良い魔導具を、ポートブルーは高純度の魔結晶を、互いに輸出することで、長年ポートブルーとは太客の貿易相手であった。
しかし、ポートブルーの魔法技術の発達により、質は劣るとはいえ魔導具の国内生産が可能になったともに、彼らはエイスターからの輸入品に多大な関税をかけるようになり、また魔結晶の輸出量も年々減り続けていた。結果としてエイスターは大幅な貿易赤字を出すようになり、また原料である魔結晶も足りないため、徐々にエイスターはその国力を低下させていった。
このままでは次世代の魔法教育に影響が出る事を危惧したエイスターは、半世紀前ついにポートブルーへの宣戦布告を発表し、今日まで戦争は続いている。
初期はポートブルーの圧勝だった。そもそも全国各地に無数のダンジョンが存在するため、その圧倒的なまでのpM値によって魔法のみならず白兵戦においても火力が桁違いだったのだ。エイスターの攻撃は何発当ててもかすり傷程度であり、逆にポートブルーの攻撃は一発が致命傷だった。
だが、結界装置の開発によって戦況は大きく動く。
協会の上層部に入り込んだエイスターのスパイが、ダンジョンの魔物が外に出なくさせるという触れ込みで、周囲の魔力を吸収する結界装置を攻略済みダンジョンに配置させた。実際その魔物達による被害も出ていたため、誰も疑うことなく配置は完了し、国中のダンジョンから放たれる魔力が目に見えて減少し始めた。当然pMも大幅に低下し、魔法や装備の性能も大きく下がることになる。
そうして戦争は泥沼化して、今日まで続いている。
互いに疲弊し始め、膠着状態の中で事件が起きた。
そう、魔人による軍隊クラスに匹敵する魔法の発動である。まして魔戒術式ともなれば、他の国家はともかく魔導大国であるエイスターは既存の魔法体系でないことにすぐに気付く。
エイスター側からしてみれば自分達ですら知らない新しい魔法、それも軍隊クラスの発動は、ポートブルーがダンジョンから回収した遺物による戦略兵器と考えるのが自然だろう。
つまり、次に彼らが取る行動は。
「おい、早く起きろ!!! アレを落とすと大変なことになる!!!!!!」
「……………………あれ、私……確かロットさんに………」
耄碌する意識、曖昧な記憶の中で、<共感>によるかつてないほどのナルダの焦りが、危機的状況であることを確かに伝える。
異質・巨大な魔力を感じ、空を見上げた。
「…………………何なんですか………あれ…………」
それを見た瞬間、誰もが恐怖に支配されるだろう。
光をも飲み込むどす黒い魔力の球体が宙を覆い、今まさにクレセントに落下しようとしていた。
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魔戒術式における『絶』のように、魔法にも生み出されてはいけなかった禁忌がいくつか存在する。例えば、そのあまりの威力ゆえに使い続ければ人類が滅ぶとして世界条約で使用が禁止された爆発魔法[エクステンション]や、その原理を応用して威力を下げる代わりに魔力汚染を引き起こす[オールクリア]などがある。
あれは文献として残る程度の時代、たった一発で大地を汚染しつくし、国を崩壊へと導いた最悪の魔法。
一度球体が落とされると、[オールクリア]の比では無い速度で魔力を汚染させ、着弾地域の魔力の循環を完全に破壊する。一箇所でも魔力の流れが崩されれば、連鎖的に汚染は外部へ流れ込み、結界魔法などで魔力をシャットアウトしなければ陸地全てに行き渡る。汚染された魔力はあらゆる生命にとって害を引き起こし、数十年はどんな生物も生息することが出来なくなる不毛な土地へと姿を変える。
禁忌魔法[ケイオスタイド]。
人類が生み出した全ての物の中で、最悪の存在である。




