63話 乱入者 その2
間一髪。「小手先の悪あがき」と言うものを咄嗟に思いついた。
心臓の移動。無機物にさえ同化できる魔人の特性からしてみれば、思いつくまでも無い基礎中の基礎。
当然アクロモスのレベルになれば、心臓部の位置は魔力の流れから感知できたはずだ。
しかし現に彼女は位置を読み間違えた。
既に何度も四肢を切られ、手足に行き渡るはずの魔力の流れが胸部を中心に滞り続けていたのだ。
リルナの<迷宮地図>のように、天性の能力による完全なる魔力の把握であれば狂いは無かったが、あくまでも経験に基づいた捉え方であったため、僅かにズレてしまったのだ。
何百年と磨かれ続けたその剣は、アクロモスの強固な肉体をいとも容易く斬り裂く。
傷は心臓部まで届いており、無茶な戦闘による反動もあり、見るも無残な姿になってしまった彼女はその場に倒れ込む。
体中の到る所から血を噴き出し、腕はもう二度とロクに動かすことはできない位にボロボロになっている。寧ろこの数十秒間よく動かせたものだ。
【ああ、貴様は本当に強かったぞ。
………殺すのは惜しい。】
体中に突き刺さっていた刀を全て圧し折り、彼女の喉元に剣の切っ先を向ける。
「泥」による回復阻害は殆ど効果が消えており、もう同じ手は通用しない。内臓をぐちゃぐちゃにして、血反吐を吐いてまで切り刻んだ決死の作戦は失敗に終わった。
【どうだ? まだ間に合う。我等の同胞にならないか?
貴様はまだ強くなれる。私すら超える怪物になれるやも知れん。】
『………断る。さっさと殺せ。』
【そうか…………………………ならば死ね。】
刃先を喉元に向けた剣に力を込める。
その瞳は、まるで親友を看取ったかのような、何とも言えない表情だった。
『今だ。』
しかし、その刃先は空を切った。
同時にジュッと肉が焦げる音が鳴る。
【ッ!!!!!!!!!!!!!!!????】
止めを刺そうとした瞬間。
僅かに油断したその隙を突いて、いつの間にか背後を陣取っていた金髪の男が背中を切りつける。その振動で手先がズレたのだ。
傷口からは血が流れていない。奴の剣は刃先が魔力により加熱され、切り口が焼かれる仕組みになっている。遺物程の神秘ともなれば、その魔力量で上位魔人すら押し勝つ事ができるようだ。
【クソッ!!!!!!】
ノーモーションで腰を回転させ背後を斬りつけるが、切っ先は空を舞う。
男は続けざまに転移し、赤髪の女を抱えて距離を取った。
【さっさと潰して…………】
すぐに追おうとして脚に力を込める。
が、背中の疼きに違和感を覚えた。
意識せずとも自動的に肉体が修復される魔人だからこそ、その現象には驚きのあまり脚が止まる。
【(何故……癒えていない!!? この程度の傷、先程の剣戟に比べれば一瞬で……………)】
魔力を意識して集めるも、未だ傷は閉じない。
治りが悪いなんてものじゃない。泥による回復阻害とは訳が違う。
治癒能力そのものが封じられている。
治癒能力の否定、それ乃ち恒常性の否定、自浄作用の停止を意味する。
人間でさえ細胞サイズではナノ秒単位で破壊と再生が繰り返されている。常に何千万という細胞が増殖され、その内フィルターを掻い潜って発生するがん細胞を破壊し、平常を保っているのだ。
魔人程の代謝ともなれば、魔力を含めた相当なエネルギーが内部で循環しているため、必然的に修復と破壊が繰り返されているが、その修復が抜け落ちてしまった以上、破壊のみが引き起こされている状況だ。
全身がガタガタに崩れ落ちる。
血が噴き出るなんて茶地なものでは無い。
文字通り「崩壊」しているのだ。
皮膚と爪が剥がれ落ち、筋肉が削ぎ落とされる。
人間で言う細胞分解酵素、リソソームの内部が溢れだし、体中をドロドロに溶かしている。
正に「自分の毒で死ぬフグ」だ。
【な……んだこれは!!!!???
貴様ッ一体何を――――――――――】
言葉を途切れさせるように、死にかけだったはずの赤髪の女が一瞬で接近し、その首を斬り落とす。そして返しの手にもつ黄金の剣で骨格諸共脳髄と心臓を真っ二つに圧し斬った。
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「(……こいつは転移陣か…? しかもご丁寧に使い捨て用に保存の術式を省いてある。人間からすればコスパの面から確実にあり得ない事だが、こと逃走に置いてはこれ以上ない逃げ道だな。
……しかし奴め、どこまで用意周到にしていた? まるでワタシが表に出てこられるのが最初から分かっていた程じゃあないか。
それもここまで綺麗にワタシに対して有効的な術式ばかり揃えてある。ナルダに気付かれないよう最小限の術式構築だったとしても、マーカーや中継器の設置は流石に感付かれるはずだ。
ならば………………あの仮面の男、奴が裏で何か仕組んでいたのか? いや、それならば理由が無い、そんな事をして何のメリットが……?)」
思考を巡らせる。
獲物を完全に逃したと理解したため、<共感>の疑似人格は至って冷静になっていた。
そもそも私達の身には不可解な事が起こりすぎている。
一言で言うならば「あまりにも偶然が多い」。
私がナルダと接触するまでは仕組まれていたとして、それから最初に向かった先で「金」と接敵、その後少し間を置いて村に精神侵蝕型のAESが突如出現、そして本来平民であるはずの私が、何故か貴族御用達の学園の推薦状を受け取った。
おまけにそこは魔人達の巣窟に加え、ワタシやナルダでさえ知りえないレイナ・モータル(知りえる家名にモータルという名は無いことから、確実に偽名だろう)という存在までいると来た。
裏で誰が操っている…………?
『久しぶりだね、カーリー。』
それに、私の父親…「白」の存在も謎だ。奴から採取できた悪意はあまりにも少ない。
ワタシによって悪意を持たない異常なまでのお人好しになった私とは違い、奴は普通の人間のはずだ。悪意は生存本能の付随品である以上、それが極端に少ないと言うのは、生まれきっての七罪を持たない聖人か、死ぬ直前の生気を失った人間のどちらかだ。
ナルダは生きていると言っていたが、あそこまで死に体であれば、仮に生命維持装置のようなもので生き長らえていたとしても、私が辿り着けるまでに死ぬだろう。
だからこそ、今目の前にいる存在、私の父親の姿を象る奴は……
「………貴様は何者だ?」
お久しぶりです。私です。
リアルが色々忙しくてしばらく筆が止まっていました。
結局不定期ですが、ぼちぼち復帰します。




