59話 怪物の実力 その2
突如として首なし騎士の体が膨れ上がり、破裂する。
まるで割れた巨大な水風船のように、黒い汚泥を噴き出し始めた。
確かに挑発は効果を見せたが、相性的に最も相手にしてはいけない部分にまで手を出してしまったらしい。
「チッ!!!」
即座に剣先を赤髪の少女の首元から奴に向け、振りかぶる。手加減はしたつもりだったのだろうが、それでも余波で校舎が裂けた。
だが、最早原型をとどめていない首なし騎士は全くの無傷だった。恐らく不定形に姿を変えた事で、直線的な攻撃は無効化できるようになったのだろう。
寧ろ衝撃波が通過した部分が破け、更に溢れている。
噴水、いや瓦解した河川のような勢いで流れ出す黒い塊。
それはヴァースを飲み込まんとばかりに波となって彼女へ襲いかかる。
「(面倒な事になったな……!!!)」
剣を下げ、左手を構える。拳のエネルギーを通して波を吹き飛ばそうと言う魂胆だ。
だが、波を斬りつけても意味は無かろうが、黒い波に触れたのは失敗だった。
ジュゥゥ、という音とともに、手先が蒸発した。
空間をも歪める魔弾さえ軽く受け止められる、圧倒的な耐久性を誇るはずの肉体が、いとも容易く、一瞬にして気化したのだ。
物理的にも、魔力的にもあり得ない。まさに魔法のような現象。
しかし、それが今現実となって起きていた。
「…ッ!!!!!!!??????」
思わず手を引っ込めると、手首より上は殆どが消失していた。
痛みも無く、プロセスを認知する暇さえなかった。
幸いなことに欠損部の修復も何とか可能だった。
だが異常なほどに時間がかかり、今までも腕一本生やす程度ならば一瞬で可能だったのだが、今では1cm直すごとに数秒はかかっている。完全再生には1分はかかりそうだ。
課された時間も同じく残り1分であるため、もうこの戦いでは左手は使う事は出来ないだろう。
地面を踏みつけた衝撃波で波を吹き飛ばし、一度後ろへ下がる。
「(この泥は特に異常な魔力を孕んでいるわけでは無い……が、ともすればスキルとやらか。数百年戦い続けてきたが、魔界においても魔力を上回らずして現実改変を起こす存在は初めてだ。
しかし後ろへ下がったのは何年ぶりだ? 少なくともこちらに来てから一度も無いが…古来種か魔竜皇か、もう覚えてないな。)」
再生が可能だからか、それとも経験による余裕か、意外にもヴァースは冷静だった。
「ただの泥のようなもの」から「避けるべき存在」へと評価を変え、慌てることなく戦術を切り替える。
「(コイツが知性を持っているならどこかに「核」があるはずだが…)」
物理・魔力で押し通すことが出来ないのなら、確実に弱点を叩く方向へシフトする。
あらゆる生命体にはそれを模るために、人間でいう心臓にあたる「核」、そして脳に値する「設計図」が必要不可欠である。このどちらかでも欠けてしまうと生命活動を行う事が出来ず死亡してしまう。
それは特異体においても例外ではなく、これまでに発見された6体の特異体は、模るモノと同じ場所とは限らないが、確かに保有していた。
赤髪の少女を床に下ろし、奴との距離を一気に詰める。
そして剣先に魔力を集中させ、その目の前で解き放つ。
一点から半球状に放出された破壊のエネルギーは、首なし騎士の肉体を余すところなく吹き飛ばした。
(さも当然のように使っているヴァース自身は知らないが、これは付与魔法の一つである[マナリリース]と同じものであり、効果は同様だが実際は鎧などの隙間に剣先を刺し込み内部から破壊するという使い方であり、範囲攻撃として用いられることはコスパ上まず無い。)
しかし、見当たらない。
不定形であるならスライム同様「核」と「設計図」が一つになっているコアがどこかに無ければならないのだが、弾き飛ばされた汚泥からは何も出てこない。
未だに汚泥の侵蝕は進んでおり、一度再生の為に収縮したのにも関わらず蛆虫のようにしぶとく広がり始めている以上、今ので破壊できたとは言い難い。
とはいえ、だ。
そして飛び散った汚泥のいくつかが一点に集まり、何事もなかったかのように再び自己増殖を始めた。
二度同じことを繰り返すも、依然として結果は変わらない。
寧ろ下手に接近したことで反撃を許してしまう為、一度距離を取った。
「(おかしい……何故出てこない? コアも肉体を形成するデータを保有する以上それなりのサイズが必要、且つ明らかに別の器官として形成されなければならないはずだ、だが…………)」
なおも押し寄せる黒い汚泥を払い除けながら、思考を回す。
神獣の並列思考や生徒会長の情報処理能力のような、ミリ時間での思考は不可能だが、神経を研ぎ澄まし体感時間を引き延ばせば似たようなことは可能だ。
「(コアのサイズを操作することができる? だが、コアはあくまでも器官に過ぎない。特に不定形は混ざらないよう完全なる別物でなければならない。
…そもそも既存の生命の枠組みから外れているとしたら…? いや、そこまで行くとどうしようもなくなる。こうして奴が私を認識して攻撃するという知性を持つ以上、それは無いだろう。と言うよりそれならば倒す手段が完全になくなってしまう。)」
[マナリリース]で掻き消し、瓦礫をぶつけて潰し、なおそれを上回る速度で自己増殖を続けている。汚泥に接触するのは時間の問題だろう。
「(そもそも何故あの方は魔戒術式まで使おうとしていらっしゃる? 奴程度の魔力量ならば魔力法術でも十分消し飛ばすことは可能だろうに。完全に1ミクロンとも残さずと言うのは無理があるかもしれないが、それでも十分核か設計図のどちらかは破壊できるだろう。
…………………1ミクロンとも残さず………
まてよ、そういう事か!!!!
あの汚泥、一つ一つが生命体なのか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)」
――――――――――――
「(流石にこの身体で魔戒術式は堪えるな……っ)」
人類が編み出した魔力の指向性を定めた術が魔法、もとい魔力法術であれば、魔人が編み出した術こそが魔戒術式である。同様に天使が編み出した術を天獄術式と言う。
ごく一部の例外を除いて、魔戒術式と天獄術式は体内を流れる魔力を調整しなければいけない為相いれない存在であり、どちらも人間が使用することは不可能。逆に魔法は人間程度が扱えるレベルのモノであり、魔人も天使も使用可能である。
(ちなみに人間界は魔法、魔界は魔戒術式、天界は天獄術式で無ければ100%の効力を発揮することはできないという法則が存在する)
取り回しよりも威力に特化させた魔戒術式は、魔人のように膨大な魔力があるからこそ使用が可能であり、当然発動に必要な魔力を全力で出そうとすると、いくら人払いやごまかしの魔力抑制の結界を張っていようと気付かれてしまう。
いくら風紀部委員長と同様に魔力抑制の腕輪を外しているとはいえ、魔戒術式はそれ以上の魔力を要するのだ。
現在構築中の術式は「魔戒術式/第三十三号『業』」。
あまりに強力すぎる故に禁忌に指定された、魔界版の[マナバースト]([マナリリース]の威力を一点に集中させたもの)こと魔戒術式『絶』。その取り回しに優れさせたモノであり、威力こそ『絶』にかなり劣るもの、地平線になぞって打てば都市一つを更地に変えることができる破壊力を誇る魔力砲である。
そしてその『業』を精密な術式構築によって砲撃の範囲を極限まで抑え、代わりに未だ及ばずとはいえ首なし騎士を葬るのに十分な威力にまで強化させたものが、今彼女が発動しようとしているものである。
床に、頭上に、横に、空に、幾重にも魔法陣を展開し、精密に術式を描いて行く。魔法のある種の頂点とも呼べるその術式は、少しでも魔法に触れたことがある者ならば、否応にもその完成度が一目見るだけで分かる。僅かな魔力の無駄も許さない完全なる循環、ただただ破壊だけを目的にした魔力砲は、魔法陣一つとっても下手をしたら構築段階で暴発しかねないものだ。それを何重にも展開しながら、全体のバランスを保っている。最早神獣の扱う魔法のレベルに等しい。
戦術クラスや軍隊クラス等の人間界の魔法など遠く及ばない、国家クラス、国中の選りすぐりの魔法使いたちが全員で構築することでようやく完成する魔法で渡り合える程の極地、それを一人で発動しようと言うのだから、彼女が如何に規格外な存在であるかわかるだろう。
「(神獣の知識と『器』の中身、それさえ手に入れば良かったものを…駄犬め、本当に余計な事をしてくれたな………)」
非常に緻密な魔力操作により肉体にも相当な負荷がかかり、血管が所々破けて出血を起こしている。修復に割く魔力も無い為、ただ耐えるしかない。
「(「境界」か「自由」、または「施錠」のいずれかの力がこの巻物に宿っている。これさえ読むことが出来れば、計画は最終段階に移行できる。わざわざこのハコモノの地下に眠る『遺産』とやらを使わなくても良いというのに…!)」
演算にピリオドを打ち、僅かに浮いたリソースで魔力探知器官を稼働させ、ヴァースと目標の位置を確認する。
そもそも彼女であれば当然のようにコンマ1秒であろうと回避することは可能だとは思うが、念のためだ。
計画に狂いが在ってはいけない。
だが、その瞬間、自身へ高速で接近する存在を知覚する。
当然配下の魔人二人は取り込み中であり、一人は相変わらず音信不通のままだ。
普段なら何も問題は無い。しかし今は演算能力の大半を魔戒術式につぎ込んでおり、回避すらままならない状況。
「(馬鹿な!!!?? 認識汚染は確かに発動しているはずだ、誰一人として私の存在どころか、魔物一体とて認識できない筈…………)」
ルベルグの術式は現に機能しており、それは少なくとも学園区域内のあらゆる人間の認識が歪められている事を示していた。
異常を異常と認識できなくさせるもの。何が起ころうと「いつも通り」と記憶を含めてその都度都合がいい様に改ざんさせる。
しかし、その人間は、常に過去の幻影と戦い続けていた。
かつて勃発したある戦争、その副産物のせいで仲間を失い、心に深い傷を負った。
――目を開くといつも彼らの死体が移る。赤黒く染まりながら、腹から頭から紅色の物体を散らして倒れている姿が。
やがて麻薬を通じてみる幻覚か、それとも今自分が見ている光景か、どちらが現実か分からなくなった。
目を閉じれば奴が襲い来る。どこへも逃げる術はなく、私は蹂躙された。
唯一、あの子だけが、私を助けてくれた。あの幼子の存在だけが――
そう、彼女にとって、血生臭い世界こそが「いつも通り」なのだった。
寧ろ、ロットと言う人間のお陰で幸せな夢を見れていた。
それは傷んだ赤い髪の女だった。
彼女の目は怒りに染まっており、少なくともまともな状態では無い。当然だろう、まともならば認識改変の術式の中戦闘を仕掛けることなどできやしない。
全くと言う程ではないが、メイ・クラウン本人はその狂人の憎む者との関係性は無い。しかし過去の幻覚を現実だと認識してしまっている彼女の前ではそんなことはどうでもよかった。
振り降ろされた二振りの剣と、硬化させた腕がぶつかる。
「やっと見つけたぞ…………魔王の眷属!!!!
殺す!!! 今ここで必ず殺す!!!!!!! あいつらがテメェにやられたように、今度はオレがテメェの脳髄ぶちまけてやる!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
大変お待たせしました。
忙しい事には変わりないですが、年明けの時ほど余裕がないわけでは無いので、モチベがある内に空いた時間で書こうと思います。
え? マスターデュエルしてるから時間が無いんだろって?
ソンナコトナイヨー(プラチナ5)




