56話 消えゆく最後の
今迄も度々あった、時間の流れが物凄くゆっくりになる瞬間。
加速し続けるギリギリの攻防戦で僅か数cmで相手の剣を避けた時とか、予想だにしなかった罠を踏んでしまった時とかに、それは起こる。
他のあらゆる事象が緩やかに進行し、「思考」だけが唯一その時間に追いつくことが許される。
黒色の魔力で「強化」された手刀によって貫かれた胸から、鋭い痛みがいつまでも頭から離れない。
「(痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいだいいだいいだいい゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛!!!!!)」
体感時間でもう100秒は経っただろうか。
指先一つ動かすことはできないが、現実のものとなった死への恐怖と、受け入れられない事実、そしてこのどうしようもない痛みが円を成していつまでも回り続けている。
自ら死を望みそうな程、髪の毛から足爪の先端まで届くような鋭い痛み。
叫ぶことすら許されず、ただただひたすらにその神経電流を耐えるしかない。視界に火花が飛び散り、やがてモノクロへと変わっていく。
「(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……………痛い痛い……………………………………痛い…
…………………………………………………いたい……………………………………………………………………………………………………どうして…………………………………)」
段々と思考に実時間が追いついてくる。
あまりに激しすぎる痛覚の電流と、胸部を抉られた物理的なショックで意識が遠のいていく。
思考が 続けられない。
とても ねむイ。
「ご……んね…………めん………ね……………………………………………………………な……………………………で…………………………………や…………………て………………………………………………」
聞こえナい。
みちみちみちみち。
ねちゃっ。
しカい が ぐルぐるする。
ずるるるるるるうううう。
ぐちょぐちょぐちょ。
ねちねち。
ぼちゃん。
ひキ 抜かレるう デ。
らっカす るわたシ のにク。
どうシ て?
わ タした チとモだ ちじゃナ かっタの?
なン でこん ナこト す るの ?
いた イ 。 く ル シい
いた イ。い タ い。 イ タ い 。イた イ 。
タ すケ て……………なる ダさ ま…… … ビ すタ さん………
死 iq h u e /
u y w@ ,ue w . k /
――――――――――
「う……………はっ!!? …………俺は何を………………」
目が覚めると、俺は懇談室に居た。
3×4m平方の、まるで教会の懺悔室のような小さな部屋にある小さな机、それに備え付けられた一対の椅子の片方に座りながら。
よっぽど眠かったのか、それともこんなところでヤケ酒でもしてたのか、ひび割れた机の欠片が顔に刺さり出血までしているのに、何故ここに居るのか全く皆目これっぽっちも検討がつかない。
だが、誰かと話してて…………
「そうだ、確か誰かと話してて……………その後………………
(いや、話してたのか…? 本当に…? 懇談室だからって懇談の為にいつも使われてるわけじゃねぇ、特に俺はここでよくこっそり酒を飲んでいた。一人で酔っぱらってついうっかり机を壊しちまったってのも考えられる…………真実は何だ? わからねぇ…記録結晶でも持ってりゃよかったな………)」
しばらく考え込むが、一向に思い出せる気配はない。
状況証拠にも限度がある。ましてや、その証拠すら危ういなら尚更真実は暗闇の中だろう。
酔いがまだ回っているのかと思い毒物分解の魔法である[キュア]を掛けてみるが、特に効果は無い。
「………駄目だ、思い出せねぇ。何故俺は寝込んじまってたんだ?
こんな壊れかけの机で俺は誰と話してたんだ…………?
ん?」
記憶に占める空白にもどかしさを感じる。今まで記憶喪失にはなった事は無かったのだがなぁ…
そう思いながら教室を見渡す前に、彼はある異変に気付く。
「(足音がしない………? いや、そもそも人の気配が無い……
ここは職員室の近くだ、誰かしら職員がいつも慌ただしく2~3人出入りしている以上、その気配と足音が聞こえてもおかしくない………)」
とりあえずまず教室を見回すが、誰もいない。
そのまま壊れた机を初歩的だが知り得る限りの修繕の魔法でごまかして、職員室まで歩いて行く。
「…………おわっと。 ………まさか何もないところでバランスを崩すとは、俺も衰えたな。」
しばらく歩いていると、職員室から物音や話し声が聞こえてくる。
「(ふぅ、冷や冷やしたぜ。という事はあの教室に誰かは知らねぇが人払いの結界辺りでも張りやがったな。)」
職員室の扉を開け、再びいつも通りの業務に戻る。
しばらく酒は控えないとなぁ………
―――――――――――
後悔、謝罪、罪悪感。
取り返しのつかない事をしてしまったという覆しようのない事実に、絶望に打ちひしがれる。
私の手で、友達を、カーリーを殺した。
血に染まった手と床と服、いくら大粒の涙を流そうとも、べったりとへばり付いて離れない。
両親を殺した「吸血鬼」への復讐を決意したあの日から、私の人生の全てを犠牲にする覚悟で彼女の提案を受け入れた。人の身である事を捨て、それをひた隠し続けた。
親しい者さえ犠牲にするのも厭わなかった。社会的弱者である事を利用して、子供を失った大貴族の養子になり、大金を元手にあらゆる武術の訓練を受けた。終いには色付きから学びさえもした。あの人がローズ学園というハコモノの権限を掌握したと同時に養父母を毒殺し、その金を持ち去り元々の両親と縁がある元冒険者を使用人に雇い今の別荘に移り住んだ。
復讐だけが、私の生きる理由。
それ以外は何もいらない。
何も、要らなかった。
それなのに。
どうして彼女の事になると話が変わってくるのだろう。
この瞬間の為だけに、「奴」を殺す力を得る為だけに彼女の信頼を勝ち取り、騙し裏切るためだけに近づいたのに。
端から彼女と仲良くなるつもりは無かったのに。
あの日から私の感情は死んでいた。はずだった。
それなのに。
どうしてここまで心が苦しいのだろう。
どうしてここまで自分に怒っているのだろう。
どうしてここまで残酷な運命を呪っているのだろう。
「 あ、」
彼女の心臓を潰そうと、まだ脈打つそれを掴む。
瞬間、ある光景が眼前に迫る。
「 なんで?」
それは、その光景は、あってはならない事だった。
だってそれは、あまりにも理想的で、あまりにも幸福で、あまりにも遠すぎる光景だったはずだから。
「なんで私が、彼女と一緒に奴と対峙しているの?」
これは夢、だってこれが現実になるはずがないんだもの。
そう、きっと夢。そのはずだから。
しかし、あろうことか、私はその光景に見覚えを感じてしまった。
あり得るはずの無い、まだ、そしてこれからも永遠に叶わない光景を、葛藤に苛まれた原因であったその光景を、
私は懐かしく感じてしまった。
理性ではなく直感が、この光景は夢や理想ではなく、現実になるはずのものだったという事を伝えていた。
ああ、そうか。
「………………やめろ…」
私は、失敗したのだ。
「………………………………やめろ…………」
私は、選択を間違えたのだ。
「…………………………………………やめ………………」
私は、最後に残った大切な物さえ失ってしまったのだ。
「………………………や……………………………………………め………………………………………」
私の、せいだ
私の、せいだ
私のせいだ
私のせいだ
私のせいだ
私のせいだ
私のせいだ
私のせいだ
私のせいだ
私のせいだ
お前のせいだ
お前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだ
『ロットは、大きくなったら何になりたい? 母さんも父さんも、ロットを全力で応援するからな。』
「ロットさん、あなたの剣には何か信念めいたものを感じる。折角試合ができたのだから、是非話を聴かせてもらえるとありがたい。」
『ロットちゃんって、将来なりたいものとかある? 私はね~、お茶屋さん!! みんなにいい香りのお茶を振る舞うの!!! いいでしょ!!えへへ~』
「ロット、少し肩の力を抜いてみたらどうだ? 理由はともかく焦りは禁物だぞ。動きに無駄が出ちまってる、お前らしくも無い。」
『ロットさんは、どうしてこの学園に入ったんですか? 』
「私は………………」
『お姫様を守る騎士になりたい』/「復讐さえ果たせればそれで良い」
――――――嗚呼、恐怖たれ、怖畏たれ、畏敬たれ、敬賛たれ。
――――――――――――
「なぁ、本当に大丈夫なのかアレ…かなりドスッと行ったけど。」
「大丈夫だ、心臓は潰されていない。脳と心臓、つまり「核」と「設計図」があれば、魔力次第でいくらでも再生できる。」
『狂気の発想だな。……そう言えば「十二の環獄」を一人一獄担当で攻略しようとか頭アンデットな事昔から言ってたなお前。』
「なに、最終的に生きてれば問題ない。俺のプランは全て命だけは助かる構成だ。」
『…巻き込まれる身にもなってもらいたいものだな。』
「ほんとに!! いくら俺のスキルが有能だからって、いっつも無茶させて!!!!」
『………………お前はもう少し謙虚に生きろ。』
*
『……なるほど、お前が以前提出した特異体に関する書類、間違いでは無いようだな。』
「あの女装癖のおっさんもちょっと苦戦するくらいだから、まだあの子達には早いんじゃない?」
【天然モノと比べて突然変異の養殖モノはさほど強力では無いわ。無論、私達上位存在にとっての話だけど。それに今回の場合はベースが既に人間辞めてんだから、いくら「心の獣」でも解錠直後のリハビリじゃぁキツイと思うわね。】
「………………問題ないさ。何せアクロモス、君の姪であり、私の娘なのだから。一度目の覚醒で満たされた条件と、それを持って余りあるポテンシャル、あの子の「心象武器」は我々の想像の遥か上を行くさ。
………というかアルフレッド、お前シャルラッハの事そんなふうに思ってたのか…? 今までずっと………?」
『まるで何でも知っているかのような口ぶりだな。本当に一児の父か?
厳密には二児だが。』
「それは君の想像にお任せするよリーダー。
…まぁアルフレッドの処罰はさておき、作戦開始だ。いつものアレ、頼むよ。」
『…………………流石にこの歳でやるのは恥ずかしいのだがな……
まぁいい、ここ数年ロクな事が無かったからな、久々の景気づけだ。
スゥー…………………』
『いっくぜェェェェェェェ!!!!!!! 野郎共ォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!!』
「「オーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」
【アンタらバカじゃないの……………………?】




