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55話 逆回転の螺旋

Tips:「魔人」とは


「魔人」とは、現世とは別の次元である「魔界」に存在する人型の生命体である。

人間を遥かに凌駕する圧倒的な身体能力と再生力を誇り、例え四肢が粉みじんになろうと、脳か心臓のどちらかが残ってさえいれば即座に修復し、何事もなかったかのように活動を再開する。


同じく別次元の存在である「天使」や神獣の力であれば、完全に消滅させることは可能だが、魂だけは魔界へと帰り、数十年、はたまた数百年の時を経て肉体を再構築する。その為事実上殺すことは不可能である。

また、魔人の魂が魔界へ帰る現象の事を「回帰(ロスト)」と呼ぶ。


人類のみの力では今まで一度も「回帰(ロスト)」を起こした試しが無く、人類最強と謳われていた「赤」でさえも一歩及ばず至らなかった。

同じく不死とされるアンデット系と違い、聖属性も何ら効果が無く、また魔法への耐性もかなり高い為、神獣の魔法や契約書といった概念魔法レベルでなければ通らない。


また有機生命体の皮を被ることで、その生命体の姿形にとどまらず、記憶や経験すら模倣することが出来る。他にも有機・無機問わず物体と同化することが出来たりするなど、その能力は多岐に渡る。


弱点と呼べる弱点は存在しない、絶望的な存在である。



しかし対抗策がないわけでは無い。

魔人が現世にとどまるためには「(ネームタグ)」と呼ばれる、魔界での正式名称を肉体に刻む必要があり、それを存在証明の楔として世界に打ち込むことで存在を保っているが、その名を眷属以外に詠唱されると、途端に再生能力を不可逆的に失ってしまう。


ただし魔人本体が音速よりも早く動くため諱を探す暇などあるはずも無く、人類の技術だけでは、時間を止めるスキルだったり触れるだけで相手の記録を知ることが出来るスキルでも無ければ知ることは不可能である。




そして極めつけに、魔人は存在そのものが「悪」であり、<共感>との相性がすこぶる悪い。最悪<共感>保有者が触れるだけでその部位が消滅し、再生不可能になるレベルである。(なお保有者の安全性は保障しない)


逆に言えば<共感>の力さえ手に入れば、人間界と魔界の両方を手中に収めることが出来てしまう。


――――――――――


生徒会長が部屋に入り扉を閉めるや否や、指をパチンと鳴らす。

周囲の魔力がざわめき、一瞬にして薄い不可視の壁を作る。恐らく盗聴防止の吸音結界だ。


「会長さんよぉ、今取り込ん……… アンタ何を―――」





トンッ







「っ…!!??」



いくら狭いとはいえ、部屋は最低でも4m×3mはあるはずだった。

しかし先程まで入口にいたはずの生徒会長は、いつの間にかファーディ先生と向かい合ってる机の横側に立っていた。


まるで瞬間移動―― それと同時にファーディ先生が気絶する。

あまりに一瞬、あまりに無駄のないであろう動きに、まるで寝てしまったかのようにそのまま机に伏す。



「(魔法、それとも当身…!?  どちらにせよあのファーディ先生が一瞬で…!!!)」



複数人の生徒達を相手にしている中、完全に気配を遮断した生徒の一瞬の不意打ちすら防いでみせたファーディ先生の目と反射神経、それを持ってしても何が起こったかすら分からず気絶させられてしまった。


そしてそのまま右手をこちらにゆっくり伸ばしてくる。


「うっ、うわああああああああああっ!!!!!!!!」



無駄かもしれないと思いつつ逃げようとするも、体が上手く動かず、椅子から転げ落ちる。立ち上がることも出来ず、後ずさりしかできない。


やがて壁際まで追いつめられる。

もう逃げ場はない。


「(や、やられるっ!!!!!!)」



思わず目を瞑る。

お得意のホワイダニットを考える余裕も無いほど、カーリーの頭は恐怖で混乱していた。まるでシリアルキラーに出くわした非力な一般人のように、正常な思考を保つことはできなかった。




瞬間、防音結界が砕けると同時に勢いよく扉が開き、白髪の少女―ナルダ様が入って来る。


「カーリー!!!! 早く逃げろ!!!!」



ゲイザー森林で「金」と対峙した時のように人差し指を構えており、その指先には周囲からゴッソリ奪った魔力が渦を巻いていた。


*


[スパイラルショット]。

魔力の塊に「回転」の魔法文字を加える事で先端が螺旋状に回転し、威力と貫通性能を格段に向上させた魔法。本来魔法使い達が一番最初に習う「発火」の魔法文字を加えた[ファイアショット]、その次に覚える程度の、非常に初歩的な魔法である。

しかし不意打ちには十分な火力であり、弾道上以外は余計な被害も出ないので意外と愛用者は多い。更にナルダが使うとあまりにも魔力制御の精度が高すぎる為、光が捻じ曲がる程の引力と斥力を生み出す。



分割思考による圧倒的演算能力で精度の低い魔力探知をカバーし、ほぼ不意打ちに近い形で心臓部目掛けて螺旋弾を放つ。


対して生徒会長が人差し指をスッと弾道を塞ぐ様に置いただけだった。

本来ならばあれほどの威力の魔弾ならば余程の[マナシャット]や[ディスペル]でも使わない限り無傷で防ぐことは不可能なはずだ。当然何の魔力も纏っていないただの人差し指なぞ、一瞬にして抉れるはずだった。






そして、螺旋弾は確かに効力を発揮し、弾道上の空間を"削り"ながら真っ直ぐ対象へと進んでいった。


しかし、

それはいとも容易く、そして流れるように止まってしまう。



「(悪魔や天使程度なら一発で屠る威力だぞ!? 部位欠損ならまだしも、そもそも修復の跡すら無いだと!!!

我の魔力探知網に異様な存在感を放ってはいたが、これ程とは…!!!)」



光すら歪める威力の魔弾をいとも簡単に、しかもただただ純粋な耐久力だけで受け止めた。衝撃で形状を保てなくなった魔力弾は自壊し、強力な引力を伴って爆発したが、それでも彼女は全くの無傷であった。






「(空間を隔離するか? いや、今の魔力量ではすぐに破られる、転移も同様に不可……

神獣としての権限を使えば足止めくらいは可能だが、確実にこの身体は持たない上どれだけ止められるかの保証は無い。レイナ・モータルとかいう得体の知れない存在であれば守り切る事は不可能ではないだろうが、奴が我の望み通りに動く保証も無い……



…………しかし、今カーリーを魔人共の手に渡すわけにはいかん、「義体」が壊れるのは取り返しがつくが、「心の獣」を奴らに渡すことは、カーリーを殺させることだけは絶対にしてはならん!!!!)」



並列思考で次の手を考える。その間僅か0.01秒未満。

未来予測には程遠いが、少なくとも不意打ちで一瞬動きが止まった生徒会長が次に動き出すまでの間に、決断を下す時間は十分だった。





ナルダは今、カーリーのDNAから生み出されたクローンに魂を宿し存在証明を保っている状態ではあるが、持ちうる魔力を総動員すれば神獣としての権限をある程度行使する事も出来る。

例えば本物の瞬間移動や、次元跳躍、不可視を始めとした認識阻害等と言った、魔法の範疇を超えた事象を引き起こすことが出来る。


しかしそれにはかなりの魔力が必要な上に、世界のルールを改変している以上その"反動"で術者に物理的負荷が伴うため、神獣は実質的に神域(ナルダの場合は「ナルダ様の御膝下」が該当する)以外では肉体を持つ事が許されない。


だが、肉体への負荷は魔力で肩代わりすることが可能であるため、肉体的成長も含めてナルダはこれまで魔結晶を摂取し、体内に魔力を貯蓄し続けてきたのだ。



「(アイボリーの記憶を見る限り、奴が「視た」未来でカーリーの持つ「心の獣」が顕現する危険性がある事件は今回含め残り3つ……名残惜しいが、この身体ともここでお別れだな。)」




経過時間0.032秒。

脳内で立てるべき術式、行うべき筋肉への命令を2進数で構成する。

「仮想詠唱」と呼ばれる頭の中で術式を組み立てるこのやり方は、魔法文字と比べて実際に書く時間を短縮して直接発動できる為すぐに効力を発揮できるが、想像もつかない程複雑で膨大な0と1の羅列を正確に並べなければならない。


しかし可能な限りの並列処理をこなし、一瞬にして組み立てていく。

文字通り人間離れした存在の成せる技である。



「(神獣権能術式・「境目」、構築。

目標(ターゲット)、指定。

座標、登録。

推定消費魔力、オーバー。肉体の消費、認可。

術式発動条件、設定。

発動まで残り(タイムラグ)、1。)」




対象を別の座標へ強制的に転移させる術式。

その対象が人間ともなれば戦術クラスに匹敵するが、これは神獣の権能を用いているため、その強制力は既存の魔法の比では無い。

どれだけの魔力量を保有していようと、同じ権能レベルの術式で無ければ世界をひっくり返す程の効力を持つあの国家クラスの魔法でさえ競合に勝てない。


現世より上の星幽界、更にそれよりも上の次元の、世界の根幹、つまりルールを為す領域の魔法。

「魔王」に対抗するために世界が生み出した権能は、上位魔人であろうとその効力から逃れることはできない。








しかし、如何なる魔法やスキルにおいても、必ず発動までのタイムラグは存在する。

簡易的な魔法である[ファイアショット]一つにおいても、術式を構築し終えてから実際に魔力の収束が始まるまで僅か、されど確実に0.2秒のタイムラグが発生する。

このラグは術式が長ければ長いほど広がり、軍隊クラスともなれば最低でも10秒はかかる。


今回の術式においてもそれは例外では無く、ありとあらゆる無駄を省き必要最小限の術式のみを選択し、かつ最高純度の魔力を用いているのにも関わらず、発動まで1秒かかってしまう。





普段の戦闘ならば特段気になるわけでも無いこのラグが、こと現状においては致命傷だった。




「『一手』遅かったわね。神獣。」




螺旋弾を掻き消した時点で、既に生徒会長は動き出していた。

音速を超える速度で、正確な時間に換算するとナルダの術式が発動する僅か0.000088秒前に、攻撃を終えていた。





*




何も見えなかった。

何も見えないうちに、それは終わってしまった。


ナルダ……様が生徒会長の防音結界を破って、それと同時に会長に向かって何かを放ち、それが会長の指にぶつかって爆発した所までは何とか捉えられた。


それでも2秒と経たないうちの出来事であり、次の瞬間には会長の姿は私の前では無く、ナルダ様の前に移動していた。

何が起こったのか私にも分からない、だが確実に何かヤバイ事が起きているという事は認識できた。


魔力の流れからナルダ様が何かをしようとしていた事は間違いなかった筈だが、それも生徒会長が一瞬消えたと同時に止まってしまった。







そして事後報告を終え現在、

素手であった生徒会長の右手には、いつの間にか巻物(スクロール)が握られている。



『先に"それ"を使っていれば逃げられたものを……』



会長がナルダ様に話しかける。

しかし、返事は無い。

ナルダ様の目からは既に生気が失われている。



「(あの一瞬で、一体何が…!?


いや、()()()()()()()()()()()()()()、今は逃げないと……………)」





最低でも4ヶ月、そして転換点の一つであるバルガ村の一件から数えると6ヶ月もの間、平和な日常を過ごしていた私にとって、唐突に訪れる異常事態、そして親しい者の喪失は大きな恐怖を呼び起こした。


その上、今までは負の感情と言うものを理解するにとどまっていたが、例の決闘により結果的に負の感情そのものを得てしまったせいで、感じる度合いは以前の数倍に及んだ。最早失禁してもおかしくない。



思考は完全に怖気づき、逃げる事しか考えられない。手段や建前などどうでもよく、例え血反吐を吐き、汚水を被り、下水道を這ってでもこの場から逃げ出したかった。



状態としてはバルガ村の一件の時と同じ。

しかし私の傍にはこのパニックを治めてくれる存在はいなかった。



『とはいえこれは思わぬ収穫ね。てっきり我が身可愛さに「器」を捨てると思っていたのだけれど。

さて、あとは貴女ね。』



まるで処刑台に連れて行く執行者のように、誰一人として逃がさないようなねっとりとした足取りでこちらに近づいてくる。


やがて再び私の目の前に戻り、私の手首を掴む。



「あ………ああああ………………………

うわああああああああああああああ!!!!!!!!」




全身の恐怖で蕩けた神経に、嫌な感覚が一気に流れ込む。

死や未知への恐怖とも違う、全く別方向の悪寒。

その瞬間、本当に一瞬だけ体に力が入り、全身全霊でその手を振り解き、叫びながら走り出す。



その時の私は何か安心できるものをひたすら探していた。

それだけがこの恐怖から、現実から逃れられる方法だと思い込んでいたのだ。



「どうしたのカーリー、そんなに慌てて。」


「たっ、助けてロットさん!!!! い今生徒会長がっ、ファーディ先生とっ、ナル様をっ、」



ビスタさん、そしてナルダ様と、信頼できる二人が居ない状況で、一番「安心」できるのがロットさんだった。

彼女を見つけた時、心の底から安堵した。安堵してしまった。

誰しもそうするだろう、この行動は何らおかしいわけでは無い。



しかし、


「………ごめんね」


「ろ、っとさん…?」




















「さようなら、ありがとう。カーリー。」





ドスッという衝撃が、胸を襲う。彼女の手が、私の心臓を貫く。


「え、_?」


僅かに遅れて、痛みがやってきた。

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