54話 やがて入ったヒビ
その後、学園にて改めて本格的な事情聴取が行われた。
それもそうだろう。ただでさえ公にリンチ未遂が起こった事でも十分取り沙汰されるべき事件だが、たった二人で全員ポーションじゃ済まない怪我(※)を負わせて返り討ちにしたとなると、色々事態がややこしくなるそうだ。
(※凡そ全治一ヶ月、この世界の人間は漏れなく基礎代謝が高い為、治癒能力もそれなり。現にカーリーも実はゲイザー森林でアルフレッドと対峙した際、腕の骨と肋骨に少しヒビが入っているが、数日でものの見事に完治している。)
特にその場に居たのがロットさん一人、と言うか実質そうと言っても差し支えないと思うが、ならばまだ「(元)大貴族の威厳を示した」的な感じでロットさんの株が上がるだけで済むのだが、冒険者、つまり庶民である私が居たせいで「庶民に貴族が敗北を喫した」と言うレッテルが立つことになってしまう。
要するに、貴族としてのプライドが許さない訳で、口封じのために金貨をいくらか握らされ、半ば脅しの形で他言無用の旨の契約書まで使われて、最終的にこの事件は「貴族同士のいざこざ」と言う扱いになった。
何が困るかと言うと、この事件が公にならない以上、今後も成功するまで似たような事件が続くという事だ。返り討ちにしてしまった事で当然関係者達が報復に来るだろうし、標的があくまで私である以上次も退けられる保証はどこにも無い。
無論私も対策を取らなかったわけでは無い。
それからはなるべく放課後を一人で過ごさない事を意識し、常にナルダ様やビスタさん、ロットさん等信頼に足る人物と共に行動した。
冒険者カードというちっぽけな魔法の紙切れ一枚だが、体操服に着替える際も常に肌身離さず持ち歩いた。
しかし、「自分が守る」というその一心は、すがるはずの藁を次々と自らの手で押しのけて行った。
「…なぁ、カーリー。流石に我の魔法で「収納」しておいた方が良くないか? まだ冬期休暇まで時間がある以上、すぐにそれが必要というわけでもあるまい。」
「…………それもそうですけど…………でも、自分の物くらい自分で守れるようになりたいんです。いつも父さんやナル様達に守られてばっかりだったから、私…………」
再度明確になった超えるべき壁を目の当たりにし、自分の不甲斐なさに苛立ちを感じていた。
とにかく自信が欲しかった。何も達成感を得られないままでいるのが嫌で焦っていた。
第三者視点からしてみればそんなしょうもない事と言えるかもしれないが、皆さんも考えてみていただきたい。過ぎ去った今なら「しょうもない」と思える事でも、当時はそれがとてつもなく重くのしかかり、1ヶ月や2ヶ月、はたまた1年にも渡り悩み続けた事があるのではないだろうか。
「……駄目だ、あまりにもリスクが大きすぎる。ここでそれを奪われると今後の計画に支障が出てしまう。悪いことは言わん、それを渡せ。」
「「計画」って………何ですか、いい加減教えてくださってもいいじゃないですか、裏で何やってるかくらい。どうせ私はナル様の手足みたいな扱いなんですから。」
「教える時はいずれ来る。今お主が知った所でどうしようもないものだ。」
実際、ナルダ様の言っている事は正しかった。
ナルダ様の言う「計画」は乱数こそあれど、破滅が確定していた運命を綱渡りで乗り換え、今に至るという事をこの時の私は当然知る由も無かった。
「その言葉、もう十回は聴きました。
………もういいです。私の人生なんだから私の好きにさせて下さい。」
何と言う図々しい言葉だろうか。
今迄自分の人生を好きに謳歌できたことなど一度としてあっただろうか。
何もできない、自分の居場所など無かったはずが、随分と贅沢な人間になってしまったものだ。
「おい待て!! カーリー!!!
……クソ、聞き分けの無い奴め。」
*
次の日、6限目終了後、渡り廊下にて。
6限が移動教室だったため、クラスに戻っている最中、ビスタさんが話しかけてきた。
「ナルさんから聞いたよ、今日喧嘩したんだって?」
「…………」
「駄目じゃないか、義妹さんは大切な家族なんだろ?」
やめろ
「………………………… うるさい。」
「彼女相当怒ってたよ。でも相当辛そうだった。
きっとね、義妹さんは君の事を心配してるんだよ。」
恵まれた人間が、私に正論を振りかざすな。
知った風な口を聞くな。私がどんな思いをしてきたかすら知らないクセに。どうせまた父さんが絡んでる。私自身が選んだ道もいずれ無かったことになる。
「……………………………………………………………… うるさい。」
無視して歩こうとした瞬間、前に回り込まれ両肩をガシッと掴まれる。
これまで何十回何百回何千回と剣を振り続けたその握力は、私の両肩を痛いほど締め付けていた。
「話を聞いてくれカーリー。」
「………っ!!!!」
目線が嫌でも合ってしまう。
頭の中まで覗いているかのような真っ直ぐな瞳が、私を捕える。
やめろ、視るな、そんな目で私を視るな。
もうほっといてくれ!!!!!!!!!!!
その時だった。
ほんの僅かな、しかし確かに脳裏を<共感>の顔がチラつく。
「(…………!!!!!!!)」
次の瞬間、私は彼を壁にヒビが入るほど叩きつけながら、彼の首を絞めていた。
「か、かぁりぃ……………」
「っ!!!!!!」
それはあまりに唐突過ぎる出来事ではあったが、手の平に伝わる彼の首の鼓動は間違いなく現実のものだった。
周囲のガヤが、一瞬にして静まる。
慌てて彼の首に回した手を離す。そのまま彼は瓦礫が散らばる床に跪く。
「げほっげほっ!!! かはっ!!! はぁ…はぁ……………」
そして。轟音を聴きつけたファーディ先生その他諸々がやって来る。
「どうした!!! 何があった!!!!!!
おい、カーリー、何があったんだ。」
「違う……………私じゃない……………」
「は?」
「私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない…………
違う違う違う違う違う違う違う!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
錯乱し、その場から走り去る。
弁明の仕様が無いとはいえ、疑いを残したまま逃げると言うのは一番最悪の行動であったのにも関わらずだ。
「あっ、おい!!! 逃げるなコラ!!!!!」
*
十分後、結局捕まり、編入初日の放課後にファーディ先生と会談したあの小部屋に移された。
なお担任の先生は出張中の為、取り調べの先生は次いで接点のあるファーディ先生が担当している。
「で? 何であんなことしたんだ? お前の事だ、感情的な理由じゃあないとは思うが、その行動に利益があるとは俺には思えん。」
「…………」
言葉にいつもより怒りを感じるのは、生徒が傷ついたことへの苛立ちか、それとも私への失望か、まぁどっちでもいいや。
「それともあれか? あのクソガキとの決闘の時みたいにまた別人格にでも入れ替わったのか?」
「…………」
うつむいたまま、私は何も言えなかった。
これに関しては本当に何故そうなったのか私もわからない。
あの日、あの時、私は確かに<共感>を封じ込めた。父さんから貰ったこの「鍵」を使って、スキル諸共封印したはずなのだ。
なのに何故今になって…………
「ボケっとしてないで何とか言ったらどうなんだ!!!!!
あれはお前がやったのか!! それとも他の誰かがやったのか!!!
どっちなんだ!!!!!!!!」
机を叩きながら怒鳴るファーディ先生。
ここまで負の感情をむき出しにした人間は久々に見た気がする。
そこそこ良い素材で出来ている机も、彼の拳の前には心もとなく、拳の跡には円形にひびが入り窪んでしまっている。相当力んでいたのだろう。
「……………………」
だが、先程も言った通り本当に何も知らない。
何を言われても黙っている事しかできなかった。
扉が開き、伝言を伝えに別の先生がやって来る。
「…………ン? 何スか? 元はコイツとその妹が喧嘩してて? でそれをビスタの奴が仲裁しようとして? で突然コイツがビスタの首を絞めたまま壁に突っ込んで? ふんふん。その喧嘩の原因は? あー、カードって、アレっスか? 冒険者カード? ふ~ん……
どもっス。とりあえずビスタの奴に「もっとはよ言え」って伝えといてください。はい。あざッス
……………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
怒りに溢れた顔が見る見る内に萎れ、少しだけ穏やかになった。
「お前な、決闘の跡お前が目ェ覚まさなかった時、ビスタの奴何してたと思う?」
「…………」
「べそかいてたんだよ、お前の事が心配でな。
その後お前の頭ン中で何が起きたかは知らねぇが、戻ってきた時アイツは疲れ果ててひっでぇ顔だったけど、それでも満足そうな表情してやがったよ。まるでプロポーズが成功したガキんちょみてぇにな。」
「………………………………」
「なぁ、さっきは取り乱して悪かったがよ、とりあえず、起こしちまったことはどうしようも無ぇんだ。この机のように、どう取り繕うが俺が壊したっていう「事実」は変わらない。
でもさ、この机を壊れたままにしておくか、俺が弁償代払って新しいのを買うか、それとも修繕の魔法辺りを学んで直すかは選ぶことが出来る。ま、俺は金払って済ませるけどな。
一度関係が壊れたとしても、まだアイツは死んだわけじゃねぇ。喧嘩をしても、また仲直りからやり直せばいいのさ。」
「……………………………………(ガリッ)」
「いいか? 俺は男だから女のお前の考え方は分からねぇ。性差っていう生存機能のどうしようもない違いがあるからだ。お前が俺の考え方が分からねぇようにな。
だがビスタの考え方なら多少は分かる。
アイツは、多分だが、お前に好意を持ってる。惚れてんだよ、お前にな。」
「………!!!! (ガリガリガリ)」
「それにアイツは嘘を付けるタマじゃ無ぇしな。アイツがお前に言った事は全部本心なんだよ。だから、後はお前が本心をぶつけりゃ、どうにでもなれって感じだ。
でも、なんとかなるさ。」
「(ガリガリガリガリガリガリガリガリガリ)」
気付けば、一心不乱に左手の甲を掻いていた。
何度も何度も削り取ったせいで、手の甲は血だらけになり、右手の指には赤黒い皮膚がこびりついていた。
ズキズキと痛むが、今はそんな事気にならなかった。
兎に角イラついていたのだ。自分の醜さに。
もう言うのは何度目だろうか。
どうしようもない、自分の嫉妬深さにイライラする。
「何とか………なりますか…………?」
「ああ、経験談だからな。」
いつの間にか私は泣いていたらしい。目から涙が流れ落ち、絞り出した声は掻き切れそうな程震えていた。
この自分の弱さと向き合うなら、今だろうか。
本当に仲直りできるだろうか。
もう一度やり直せるだろうか。
「あの………!」
次の瞬間、扉が開かれる。
「はーい、今取り込み中で…」
「失礼するわ。」
バッサリと切り込むその声は、前に一度だけ聞いたことがあった。
確か、編入するときの始業式で、一度だけ。
金髪の乙女、美辞麗句の体現者。
「生徒………会長……?」




