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51話 水色の裏と表

「若い、それも私達と同じくらいの年頃の女性をターゲットにして、その人が人目のつかない暗闇に紛れた瞬間、どこかへさらってしまうの。そのさらわれた人が数日のうちに死体として見つかってるから、まぁロクな事されてないでしょうね。」



『また繁殖という点において、ダンジョンにおける植物は、我々が知っている普通の植物とは全く異なる。ここテストに出るからしっかり聞くように。


まず我々が良く知る植物の繁殖方法は、基本的に雄しべの花粉が雌しべに受粉、人間で例えるなら男性器で作られた精◯が性行為などで女性器、まぁ細かく言えば子宮の中にある卵◯、に着床することで子供という"実"をつける。また人間のように雌雄別々の個体もあれば、ジャイアントスネイル(カタツムリの魔物)等のように雌雄同体の個体もある。』



こちらを気にせず流れる授業をよそに、エイラさんは話を進める。

少々卑猥な言葉が聞こえて男子が何人か変な顔をしている気もするが、特に興味は無いので気にしないでおこう。



「そして"吸血鬼"なんて仰々しい名前で呼ばれるのにも訳があって、その見つかった死体からは一切の血が抜かれてるの。ほんとに一滴残らず吸い尽くされてるのよ。それに下手に魔力に近づけさせると食人鬼(グール)化するから魔法による調査ができないみたい。パパから聞いた話によると、協会の人達は被害者の事を魔物上の吸血鬼になぞらえて「眷属」って読んでるみたいね。」


「グールって、比喩じゃなくてあのアンデットの事ですか? 面倒だな…」




食人鬼(グール)とは肉体を持つアンデットの一種であり、土葬した人間の屍に魔物の精神が宿ったリビングデッド、人間の骸骨に宿ったスケルトンに並ぶ、アンデット系魔物の代表格である。

アンデット系の中でも屍の王(リッチ)程ではないが中々の上位種であり、魔物の中でも豚人(オーク)鬼人(オーガ)に匹敵する身体能力と高速再生に加え、アンデット系に共通する痛覚無効も持ち合わせている為、一発で首を斬り落とさなければ相当な被害を被ることになる。これにより熟練の冒険者でもグールとの戦闘を天秤にかけた場合、損切りすることが多い。


ただし吸血鬼と同様に聖属性には滅法弱いので、それが唯一の救いであろう。惜しむらくはその聖属性魔法は魔力消費が高く、誰しもが扱えるわけでは無いという事だが。



また食人と名にあるが、捕食対象は人間だけでなく家畜や他の野生の魔物も被害に遭っている。




「かと言って目撃証言もその特性上殆ど無くて、人さらいの方法もあくまでそれしか考えられないっていうだけだから、ほんとはもっと想像もつかないやり方かもしれないっていう。兎に角謎だらけで、唯一わかるのは被害が出ているだけっていう事。」


「どこの区域で出てるんですか?」


「被害件数は主にクレセント郊外の東側に集中してるって言ってたわね。幸いにも園区内はまだ報告されてないから私達は大丈夫だと思うけど、折角の外出が満喫できなくなっちゃうのは残念ね。」



*



それから時刻は午後16時を回り、下校途中。いつものように強化魔法をかけながらランニングをしている時の事であった。

コース上にロットさんを見かけた。



「あ、ロットさん。こんにちは!」


最初の時よりも体への負担が少なくなり、比較的呼吸も整ってきたが、やはり強化魔法をかけたままだと声が大きくなってしまう。

にしてもロットさんは確か園区内に下宿しているはずだが…何故寄り道を?



「こんにちはカーリーさん。ちょっとお時間いいかしら…?」


「ええ、大丈夫ですけど  ……?」





今日は特に予定が無く、いつも通りトレーニングルームで筋トレをするつもりだったので、そのままロットさんについて行った。


場所は彼女の下宿先であり、そこまで豪華では無いが、決して質素と言うわけでも無い、必要最低限の質は備えた、家というよりも立派な豪邸であった。

二階建てで各部屋に窓が備え付けられており、庭木もきちんと手入れが施されていた。

装飾の量で言えば私の家と負けず劣らず程度だが、門のデザインから倉庫の配置まで、不調和を感じさせない見事なグラデーションを成している。

僅かに不規則に並んだ石畳が、逆に相乗効果をもたらしているのもポイントだろう。今まで何回か貴族の屋敷を見てきたが、このタイプはお気に入りだ。



「さぁ、どうぞ。」



「えっ、良いんですか!? 一応私庶民ですよ!!?」



何の事前情報も無くいきなり家に上がるよう言われたので流石に驚いた。私のクラスの人達は皆基本的に人格者の集まりだという事は凡そ理解はしているが、それでも庶民を敷地に入れることは理解しがたい。感覚が麻痺しているかもしれないが、仮にもここは貴族たちが集まる学園であり、庶民を忌嫌う資本・血統主義者ばかりである。


ロットさんも例に漏れず、クラスの中ではフリストさん他数名と同じ上級貴族の立ち位置であり、彼女の性格も相まって話しかけてくる事さえ予想外だったが、まさかこんなことになろうとは。



「メイド達にも話は済ませてあるから、遠慮しないで上がって頂戴。」


「えっでも流石に」


「ほらほら、いいから!!!!」


「あでででででででっ!!! 引っ張らないでください~!!」




カチッ




*



半ば強引に上がらされてしまった…まさかの不作法。

既成事実はどうしようもないので家の中を描写しようと思う。


細かなモールドが施された美しいシャンデリアが照らす広間は、白黒まだら模様の大理石の上にシンメトリー調のカーペットが敷かれており、厳格さと穏やかさを一度に味わうことが出来る。


それと同時にある異変が起こる。

それは玄関の敷居を跨いだ時だった。





「たたた、ただいまぁ~。


ピリス~帰ったわよ~!!」



『う~い。』






「(………ロットさんってこんな言葉訛ってたっけ………?)」



突然それまでロットさんが纏っていた冷たい覇気のようなものが感じられなくなり、か弱い幼子のような何とも滑稽な状態になった。

そして、そのまま恐らく仕えているハウスメイドの名前を呼ぶと、壁越しにやる気のない女性の声が聞こえてくる。


「はいはい、お嬢、準備はできてまっせ。」


「そ、それじゃ、後をよろしく頼むわね!」



駆け足で廊下を走っていく。仕草一つとっても本当に子供のようだ。

確かビスタさんが言っていた、小説に出てくる「二重人格」というものによく似ている。一つの体に二つの精神が宿り、まるで二人の人間がそこにいるよう振る舞うらしいが、私も<共感>が肉体の主導権を握っていた時はそのように映っていたのだろうか。



そして部屋から出てきたのは私の今まで見てきたハウスメイドとは天地がひっくり返りそうな程違っていた。この家の人達インパクトが強すぎる。


赤色のポニーテールはあまり手入れがされておらず傷んでボロボロになっており、来ている白黒のメイド服も皺が目立つ上所々破けている。

口調も訛りが強く、本当に召使いという役職かどうかさえわからない。頬の傷から察するに元冒険者か協会の派遣員か、とにかく危険な職業についていたことは間違いないだろう。


そして極めつけは蒸かしているキセルだ。まだあまり葉の栽培は進んでいなくキセルは嗜好品ではあるとはいえ、ロットさんの家に仕えていればそれ相応の給料は貰えるだろうからあり得なくはない。

だが少なくとも体に悪いことは確かなので、常識的に考えて夜中ならともかく夕方という勤務時間中に吸っているのはにわかに信じがたい。

どういう精神してんだこの人…



「………………………」



こちらがまじまじと見ていたのに気づいていたのか、向こうも負けじとじっと見返してきた。ロットさんよりも更に鋭い目つきはまるで心の奥底まで見透かされているようで、あまりいい気はしない



「お、お邪魔してます、カーリーと言います。」


「……………」


「え、えっと……私の顔に何かついていますか………?」



無言で凝視して来る。こわい。

ロットさんはもう先に行っちゃったし…どうしよう……



「いやなに、あのお嬢が客を連れて来るって言うもんだから、どんな奴か気になっただけさ。ま、ちょっとまだ社交性が未熟な人だが、仲良くしてやってくれな。

ほれ、上着は預かるよ。」



「は、はい。」



……………言葉にドスは効いているが刺々しさを感じない事から察するに、外見のように悪い人というわけでも無いのだろう。とはいえどうしても第一印象は消えないが…

っていうか社交性が未熟って……恐らく先程の言わば「家の中のロットさん」の事なんだろうけど、随分直球に言うなぁ………



「お嬢の部屋はそっから真っ直ぐ行って突き当りを右。左は物置だから入らないようにな。下手したらここら一体更地になるから。」


「えぇぇ!?!??!?」


「何か重要なモノがあるらしいけど、お嬢なァ~~~んにも言ってくれないんだもの。十重二十重の魔法陣のお陰で掃除も出来ないし。ったく「棺」でもあんのかね、うちには。」



※ちなみに「棺」とは、23話にて登場したあの棺の事である。

何故彼女が知っているかは、カーリーは何の話かさえ分からないが、我々は察しが付く程度のさほど重要ではない理由である。

ちなみに先に提言しておくが、ピリスとアイボリーは特にこれと言った関係性は無い。


*



言われた通りの道を辿り、突き当りの扉に着く。

準備等は出来ていると思うので、そのままコンコンとドアをノックする。




「ロットさん、入りますよ。」


『どぅっ、どうぞぉ。』



扉を開けると、内装の光景が目に入ると同時に少しクセのある香りが鼻孔をくすぐる。

内装は至ってシンプルで、一対のソファ型の長椅子とその間に置かれたテーブル、部屋の隅に置かれたベッド、花瓶、ポーション類らしきものや書類の入った棚、書斎、そして暖炉。


特段変わったものの無い、どことなく父さんの部屋を思い出す場所だった。


テーブルの上には香りの元であるハーブティーが淹れられており、ほのかに湯気を立たせている。



「ささ、座って座って! はい、お茶どーぞ!」


「では、いただきます。」



やはりいつもと違って非常にウキウキしている。普段はもっと声に抑揚が無い気がするが、二重人格とはいえ何か嬉しい事でもあったのだろうか。こんなロットさんは初めて見る。香りのお陰だろうか。


だが、この香りは前に例の店で飲んだものより数倍強い爽やかさであった。これはどちらかと言うと感情を落ち着かせ、思考を整理する種ではないだろうか。ティーポットの隣にある袋は、確か店の商品棚にペパーミントと書いてあった気がする。


となると、家内ロットさんの性格は相当シャイ、ピリスさん風に言うと社会性が未熟なのだろう。

……まぁいいか、美味しければ。



「さ、さて。まずは…」



ロットさんがティーカップを手に取る前にパチンと指を鳴らすと、後ろの暖炉から火が上がる。薪に[ファイアボルト]等の炎を操る魔法の根幹を為す「発火」の魔法文字を予め刻んでおいたのだろう。

他人に付与魔法をかける付与術士(エンチャンター)にとってはとるに足らない初歩的な魔力制御だが、いざ魔法に疎い者がやろうとするとできるようになるまで数ヶ月はかかる。私もまだなぞる程度しか扱えていない。


教えてもらった事があるのでわかるが、彼女はスキルの区分が近接枠のはずなのに意外にも魔法の扱いに長けている。剣の腕もいいのに魔法もできるなんて羨ましいなぁ…………。



「最近寒くなってきたからね。これやらないと怒られちゃうから……


…は、は話を始めるわね… すー…はー…すー……はー……… よし!」


深呼吸を終え、ついにロットさんがその一言を切り出す。




「わ、私と友達になってください!!」




「は、はいいい………???」

流石に唐突にも程がある。説明求ム。

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