50話 鍛え直し
帰り道の途中、いつものレンガ通りで、カーリーは一人立ち止まって深呼吸をしていた。
「すー……はぁー……すぅー…………はぁー………… よし。
[エンハンス・ベーシック]!!」
魔力を生命エネルギーに変換させる、「強化」の魔法文字を心臓部に書き込み、魔力を流す。1文字だけで発動条件を満たせる非常に簡単な魔法であり、距離さえあれば戦闘中に使う事さえできる。
と言うか普通科近接コースの模擬戦は基本的に魔法の使用が禁止されているので忘れていたが、「錆の邂逅」でサポーターを務めていた時ですら、魔物と接敵した際は常に「強化」を心がけていた。
この2か月間で随分平和ボケしてしまったようだ。
実際魔力の減少による僅かな倦怠感と共に、それ以上の力が沸きあがる感覚があるが、久々に心拍数が急上昇したことに体がびっくりして、血管が破裂して皮膚の色が何か所か赤く染まっている。
「(痛ててててて…………また鍛え直しかぁ………ソルトンが知ったら怒るだろうなぁ……
…………別に今更私の事なんか気にしてないか。)」
基礎的な魔力の扱い方はベルファス家宅にある教科書で学んだが、実践的な部分はソルトンの教えを乞いており、その際に「強化」「再生」系の魔法は常日頃から体を慣らすために使用しておけと言われていた。
トレーニング前の軽い慣らしとして、入学前は食堂に行くためと言うのもあり、中々に距離のあるこの道を以前は体力づくりの為のコースとしてよく使用していた。流石にご飯の後は歩いて帰ったが。
まずその場で軽くジャンプし、足の筋肉を動かす。そして跳ねるリズムを見計らって走り始める。
普段の倍ぐらいの速さで足が前に出て、物凄い速度で進んでいく。風を切る音が気持ちい。何度も言っているように私は足は速い方だが、それでもここまでの速度を体感したのは数か月ぶりだ。
寮までの道のりは走っても15分はかかるのだが、今日は半分に短縮できた。代わりに息が切れ切れである。
そのままエントランスでチェックを済ませ、備え付きのトレーニングルームへ足を運ぶ。
只今の時刻は17:28分。
息を整えたら再び心臓部に手を当て、魔法文字を刻む。そしてそのまま腕立てや腹筋、素振り等のトレーニングに勤しんだ。
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さて、正直な話トレーニング自体は実力派閥の集会所である例の謎の部屋で行った方が効率は良い。練習用の自立型木人等のトレーニングに使う道具がいくらでも出てくるので、種類を選ばず満遍なく鍛えることが出来る。
では何故わざわざその権利を放棄しているかと言うと、お察しの通り実力派閥の会合に行きたくないからである。
派閥に行きたくない、でもトレーニングはしたい。接近‐回避型のコンフリクトを解消する方法が、ロットさんの言う「魔法を併用した自己鍛錬」であった。
元より都市部にある学園を始めとした教育機関はあくまで協会に入るための養成であり、冒険者としての養成では無い。その為近接系スキルホルダーには魔法に頼らない地の実力、魔法系スキルホルダーには身体能力に依存しない地の魔力が求められている。
その為一応最低限の教育は行われるが、併用できるまでの応用段階には至らない。
例の謎の部屋は場所を感知されないという意味合いの方が強いが、近接コースは実技の授業は勿論の事、決闘においても魔法の使用が許可されていない。とことん肉体のみで戦わせてくる。
詰まる所、「筋力と魔力の併合」なんて冒険者としての理想形という考えはハナから存在しないのだ。
スキルに関してもそうだが、この国はやけに臨機応変な対応が欠けている気がする。
また2週間ほど月日が経った。そろそろ肌寒くなる頃合いであり、運動後の汗でお腹を下しそうになる嫌な季節だ。
その間にも2回ほど「クラウス&ユミナ」でロットさんとお茶会をし、放課後も帰り道の途中にある雑木林で魔法や近接戦闘におけるアドバイスをもらった。
貴族として教官から訓練を積んだロットさんからの目線は、こちらとしても有意義な情報だった。構える際の足の組み換え、振り降ろす際の力を入れる最適なタイミング、身体能力を高める呼吸法とその訓練方法等、これまでの戦闘スタイルを大きく変えるものばかりであった。
少しずつモチベーションが回復し、授業に励む態度も向上してきた。相変わらず最後尾orタイムアウトではあるものの、その差は近づきつつある。特に、搦め手が通用せず一方的に負けていたフリストさん相手に一本取れた時は嬉しかった。
また魔法学に付いても、魔法を併用したトレーニングを再開したことで魔力の容量が確実に増えて(戻って)きたことが実感できる。魔法文字を3つ程組み合わせた動作クラスの初級魔法ならスクロールや魔録杖が無くてもいつでも行使できるにまで成長した。
ちなみにファーディ先生は本人曰く「魔法はからっきし」らしいが普通に[ライトニングスピア]や[ショックボルト]、[アイスボルト]等これまでに登場した動作クラスの魔法は一通り使えるし、ソルトンやナルダ様のようなプロフェッショナルともなると、息をするように魔法文字が10数個くらい重なった戦術クラスの魔法を使える。
何度言ったかわからないが、まだまだSランクへの道のりは遠い。
だが、やはり実力派閥の会合に出向こうとはしなかった。
自分なりのペースで頑張ったらどうだとロットさんは言ってくれたが、頭では会合で戦闘訓練を積んだ方が伸びが早い事は分かっているのだが、どうもまだ吹っ切れない。
私は何が怖いのだろう。
まるで理性を持っただけの赤子のように、私の体は理性の範囲外の警告を出していた。丁度スランプと重なりジェラシーをさらけ出していた私の理性が、理解が及ばないそれを「ただの逃避行動」と正確ではない捉え方をしていた事は、この時の私は知る由も無かった。
そんな日の植物学の授業の時だった。
『えー…ですからこのようにダンジョンで生成される植物は、継続的な魔力の供給が無ければすぐに枯れてしまいます。もとより魔力濃度が高い場所で育っているので、適応できないんですね。ちなみ魔法学の予習になりますが、魔力濃度の正式名称は「魔法係数」、単位は「pM」と言います。このpMが3以上一気に変わると、動植物は勿論、我々人間も例外なく結構キツイです。ですから……』
植物学は天文学に次いで私の得意、というか好きな科目なのだが、今やっている単元は「ダンジョンの植生について」なのであまり興味が無い。冒険者にとって「当然のルール」として暗黙の了解になっている部分にもやたらと名称を付けたがるので、覚えるのが面倒くさいのだ。まぁ成績を維持しないと補助金が減るのでやらなければならないのだが。
とりあえず授業の内容を羊皮紙に取っておく。基本的に実技以外の全ての授業においてだが、羽ペンの往復の手間が非常に煩わしい。「黄」の故郷では「万年筆」なるペンの中にインクが入っているという非常に便利な品物があるらしいが、是非量産化してもらいたいものだ。
そうしてペンを走らせている時に、隣の席のエイラさんが話しかけてきた。勿論小声で。
「ねえ、『吸血鬼』の噂、知ってる?」
「吸血鬼? 昔夜に出たって言うあの魔物?」
吸血鬼、またの名をヴァンパイア。
グールと同じアンデット系亜人種の魔物で、人間の血を糧とする。
脅威的な再生能力、圧倒的な身体能力、蝙蝠への局部・全体変身等の特殊能力を幾つも備え持った強力な種ではあるが、アンデット系及びゴースト系全体における聖属性という弱点は克服できておらず、「浄化」を受けた水である聖水を始めとし、聖属性が付与された武器や、魔力の光線を放つ[ホーリーレイ]、十字架型の魔力の杭を放つ[ジャッジメント]と言った聖属性魔法等で攻撃されれば再生する暇なくあっさり死ぬ。
逆に言えばそう言った対抗手段が無い場合はAランク冒険者でも倒すことは難しく、スライム同様厄介な相手として扱われてい"た"。
数十年前は数千体程居たらしいが、今はその数をかなり減らしており、野生の吸血鬼はレアもので、素材が高く取引されている。
クレセントは王都にかなり近い町であり、そこに居住している冒険者のランクもそれ相応の高さを誇る上、そもそも全く見なくなった魔物が貴族たちの間で噂されるなんてことはそうそう無いはずなのだが…………
「違う…とも言い切れないのがミソね。今巷で噂の"殺人鬼"の事よ。」




