47話 変わらない現実
「……なお、前回の最後であれほど大見得を切っておいて2か月後。
木剣を用いた模擬戦では誰にも勝てなくなりました\(^o^)/
なんでや。」
「……? 誰に言っているんだい? そんな壁を見つめて」
――――――――――――
現実に気付いたのは数日が経過した頃だった。
そもそも私の成果の大半は<共鳴>によるストックした技量の再現に依存しており、それが使えない今は直の実力でどうにかするしかない。
何だかんだ<共感>の時からスキルを用いて相手の動きを先読みするのが私の基本戦術であったため、それが根底から使用不能になるともうどうしようもなくなる。
かと言って<共鳴>を得たからかはわからないが、バルガ村に移って以降大分向上した身体能力を扱いきれず、それに適したスタイルを確立できていない為、攻撃の精度も極端に下がる。
用は人より少々ある筋肉を振り回すだけのただのゴリラになってしまったわけだ。
当然まともな近接系スキルであればその程度の身体能力はごく普通に身に付けており、私が毎日欠かさずしている筋トレのようなものが無くても勝手に成長しているのだ。羨ましいことこの上ない。
その上肉体の成長はおよそ18歳ごろがピークになるので、これでもまだ成長段階となると嫌気がさしてくる。
そして<剣聖>は勝手に修得できるから勿論のこと、<瞬足>や<縮地>、<剣舞>といった近接系スキルの人達はそれぞれのスキルを活かした戦い方を身に付け、強みの無い私は置いてけぼりにされる一方だった。
そしてそのまま2ヶ月の月日が過ぎ去った。
まだ1年なので本格的に勉学に励む必要は無いが、私は今図書館に籠って独りで勉強している。
特にその道の専門家になったり、将来の商いにするわけでも無いのに、魔法学や数学等様々な分野を齧り、今日は天文学の勉強にひたすら打ち込んでいる。
この2ヶ月の間にクラスの中で何人か中の良い人ができたが、俄然「友達」と呼べるような関係までには発展していない。私の立場というのもあるかもしれないが、一番の原因はあの事件以来人と話すときに嫌でもフラッシュバックするもう一人の私の顔がチラつくからだろう。
さらには3日前に第二期中間考査が終わったばかりであり、わざわざ勉強しにくるような物好きは殆どいない。現に今も図書館を利用しているのは私以外に二人程度であり、それも今まさに帰ろうとしている所だ。
「まだこんなところにおるのか。中間考査が終わったのならまた鍛錬に打ち込めばいいものを。」
ナルダ様が戻ってきた。という事は部活が終わり今は18時半ごろだろうか。
実力派閥に入った3人だが、ナルダ様は特に鍛える必要は無いので会合には参加しておらず、放課後は魔機部に入っている。肉体の維持と成長に魔結晶が必要なので、ばれないようこっそり食べているらしい。
文字を並べてみて何だが、鉱物を食べるって何だよ………鉱物が好物とか洒落でも嫌だわ。
「今日は実技で疲れたので、少し休もうかなと。
それに、考査でもわからない問題があったので復習を兼ねて。」
本音半分嘘半分、咄嗟に出すにはちょうどいい言い訳を出したが、ナルダ様には通らなかった。
「は~ん、さては最初の頃は経験がモノを言っていたが思っていたより周りの成長が早くて泣きそうになっておるな。
さしずめスキルが無い自分の力不足を受け入れられず、勉学に意識を向けることで現実から目を背けようとしておる。
人間の防衛機制は倫理学で習ったな? その一つ、逃避の一種だ。」
「はは……ナル様は何でも御見通しなんですね。」
「これでも百年単位で顕現しておったからな、人間の心理なぞ見飽きておるわ。ま、お主は特別ナイーブが目立つ。今まで悪意を知らなかったのは仕方ないとはいえ、それを学んだ今、少しは興味以外でも他人を疑う事を知った方が良い。」
ナルダ様の言う通り、今の私は良い気がしない。
胸の中を蝕み続けるもやもやが、一向に晴れる気配がしないのだ。
恐らくこれが不安、焦りと言うものなのだろう。大層な夢を掲げたのはいいものの、現実を思い知らされ、Bランクにすら届かない今の自分に嘆いている。
倒さなければならない「金」は、私より何倍も筋力があり、更にはカウンターでなければ避けることが出来ない謎のスキルも持っている。
子供の頃からの目標である父さんは、ナルダ様の口ぶりから恐らくその「金」よりも更に上の力を持っているはずだ。
本来ならこんなところで油を売っている時間を鍛錬に費やすべきなのだろう。こうやって魔法学以外は特に興味もお金にもならない知識を積んでいる間、他の派閥のみんなやビスタさんはどんどん力をつけている。
「(何故私はあのように強くなれない?
全員が近接系スキルを持っているわけでは無い、中には補助系スキルを持っていてもなお近接系と肩を並べる者もいる。
なのに何で私だけ……)」
「…………………まずは寮に戻ろうか。そろそろ門限だ。」
*
暗くなり始めた煉瓦通りを、二人で歩く。
中等部の学生寮と初等部の学生寮は途中まで道が同じなので、最近はこうやって一緒に帰っている。
「……はぁ………………」
「答えは出ているのだろう? 何を躊躇する必要がある。」
「ナルダ様は良いですよね……何でも知ってるんですもん……」
「我とて全知ではあるまい。こと魔法に関しても我が「境目」に関するモノ以外で扱えるのは現代の魔法程度よ、こと魔法文字ができるより前の古代魔法に至っては「ザヴァン」や「シャルル」と言った魔法に関する概念を司る神獣の方が我より優れておる。」
「……っ、そうじゃなくてっ、私は…!!!!」
これが鬱憤と言うものか。「思い通りに行かない事に対する欲求の抑圧」、ストレスとも呼ぶ。私は案外我慢弱い人間だったようだ。
そして、
「おい。」
一瞬、時間が停止した。
勿論比喩表現だが、洒落では無い。
「っ……………!!!!
す、すみません。つい……」
ナルダ様に鋭い視線を向けられ、背筋を何か冷たいものが通り抜けたような気がした。殺気、だろうか。明らかに十歳前後の少女が持ちうるような代物では無い。
「………やれやれ。我を羨んでも仕方なかろう。そもそも我は元から完全体として生み出された。吸収しうるものは全て既知であり、成長の余地が無い存在なのだ。例えるなら鳥と比べて自分は何故飛べない、と嘆いているようなものだぞ。身の程を弁えろ。」
「はい………………」
一瞬にして凍り付いていた空気が解け、ついさっきまでのように緩やかに流れ出した。
まるでその時間だけ飛ばされたように、何事もなかったかのように、ナルダ様は再び話し始める。
「寧ろ我からすれば見渡せば未知が広がり、役割に束縛されることなく無限の探求が待ち受けるお主等人間が羨ましく思えるのだがな。」
「そんなもんですかね…………」
「それにお主の成長が周りより一段遅いことなど幾度となく経験してきたことであろう? 何を此度が初めてのような反応をするのだ。」
確かに、ナルダ様の言う通りであることは間違いない。
何度も私は村の子達や他の冒険者達との成長速度の差に項垂れ、それでもめげずに「錆の邂逅」で冒険者として生活してきた。
「………でも、でも…………。
……………でも、私には―――」
「我はこちらの道だ。では。」
「は、はい………」
私の弱音を遮るように、ナルダ様がきっぱり宣言する。
それにつられて私も返事をし、二人の道は別れて行った。
まるで、二人の運命を暗示するかのように、その先は暗くて明るいいつも通りの帰り道であった。
図書館では魔法学や数学、植物学等も勉強していたが、今日はその時間の大半を天文学に費やしていた。
昔、父さんに星がきれいな丘に連れて行ってもらった時に観た光景が、あまりに綺麗すぎて、それからずっと宙に興味を持っていたからだ。
本来であればいつも通り1時間前に図書館を出ていたはずが、今日はいつもに増して熱中しており遅くまでかかった。
星々が輝く宙を見上げて言葉を綴る。
「一体何でこんなに辛いんでしょうか。
今迄分かり切っていた事が、改めて事実として出てきただけだと言うのに。」
返事は無い。
「私は、夢を叶えられるのでしょうか。
それとも、結局何も成せず死ぬのでしょうか。」
返事は、無い。
「私は、このままでよいのでしょうか。
私は、どうすればいいのでしょうか。
私は…………………」
返事は、無い。
――――――――――
ちょうど一時間前。
「あれぇ~? いつも通りならこの時間帯に一人で通るはずなんだけどなぁ、十分経っても来ないなんて……
はぁ…にしてもこの喋り方疲れるなぁ。人間界だと絶対浮くよねこれ…
そう言えばこの皮、チラッと見たけど過去に結構面白いことになってたけど…まさかね…」
瞬間、全身から冷や汗が噴き出し、背筋が凍る。
悪寒が吹き抜け、足が震え出す。
背後に、ナニカがいる。
「………(なんだ、この気配は!!?
人間でも無い、魔物でも無い、「魔王」系列のものでも無い、
そもそも何故ここまで接近されているのに気付かなかった!?
とにかく距離を……っ!!!)」
ぐゎしっ。
肩を鷲掴みにされた。
その手は再生の途中であり、出血は大分抑えられ、肌色が大部分を占めるも所々から肉と骨が見えていた。
「っ!!!!!
(馬鹿な!!! 確実にコアを破壊した、とどめは刺したはずだ!!!!!
何故生きているッ!!!!!!?)」
『はぁ~、酷いじゃないか。その皮結構気に入っていたのに。
細部までこだわってるから複製に時間がかかるんだよ? 君はまだ若いからわからないだろうけど、人間って意外と細かいところに気付くもんだからさ。』
「き、貴様は……一体……」
『魔界に還ったら教科書読み直してみな、不良君。
ま、あと二百年もしたら治ると思うから、その間にしっかり賢い選択ってのを学んでおくんだね。
それじゃァ、バイバ~イ』
言い終えると同時に、「彼」の手には無骨な鎌がいつの間にか握られており、そして通常の血よりもはるかに黒い、魔人の血が滴るそれは、既に獲物を仕留めたことを物語っていた。
あともう100年、皮の歴史を遡っていたら、あと数分は生きていられたかもしれないが、どちらにせよ「彼」に手を出した時点で死は確定していた。




