42話 認知
☆前回のあらすじ☆
・お待たせしましたビスタ君
・でもやっぱり強すぎ偽カーリーさん
・腹パンされたよビスタ君
・心のぶつかり合いに必要なのは、なんだろうね。 ここは少年漫画の世界じゃないんだよ
助けてくれるヒーローなんて、どこにもいない。
私の姿を模した死神が歩いてくる。
その右手に死神の鎌を携えながら、じわりじわりと距離が詰まる。
奴が一歩一歩足を進める度心拍数が跳ね上がる、ただでさえ朦朧とする意識の中で鼓動が早くなり、耳鳴りがより一層ひどくなる。
ビスタさんの体を奴の拳が突き抜けた時、私は生まれて初めて心から怒りを感じた。まるでこれまで感じてきたモノが全て偽物だったんじゃないかと言う程の、心の底からの叫び。
殺してやる、そう思った時、右手に大剣ができていた。
使い方がわからなくて、ただただふりまわした。
あいつを殺したい。 ちがう、このいらいらをはらしたい。
なにもかもめちゃくちゃにしたい。
こわしたい。
でも、だめだった。
くやしい。
嫌だ。
死にたくない。
怖い。
………………死ぬのが、怖い?
―――――――――――
状況は先程と同じ、加えるならばビスタさんの死が早まっただけ、だと言うのに、今までに無かったはずの後悔と、死への恐怖が沸きあがる。
スキルを得る前にはそんな経験をすることも無かったし、冒険者になってからも戦闘が怖いとか、何度か死にそうな目に遭った事はあるが、悪寒こそ感じれど明確な死に対する「恐怖」と言うものは感じなかった。
父さんが失踪した時も、母さんが死んだ時も。
はたまたバルガ村でアレを見た時も。
そもそも何でもう一人の私が出てきたんだ?
クリス・ヴァ―ミリアの悪意に触れたから?
たかが一人の人間の悪意程度が、あんな大層なモノを呼び起こすことが出来るのか?
……………わからない。
私はナルダ様じゃないから、詳しいことは全くわからない。
もしかしたら一定以上の感情を持つ人間であればだれでも良いのかもしれない。
もしかしたら奴との遭遇が無くともいずれにせよ出てきたのかもしれない。
もしかしたらナルダ様の力が不完全で完全に押しとどめることができなかったのかもしれない。
思考を巡らす中で、一つのターニングポイントに辿り着く。
先程までの疑問とは違う、核心的な部分。
私の感情は、いつから消えた?
*
ナルダ様に記憶と一緒に消されてから?
スキルが発現してから?
母さんが死んだ時から?
父さんが失踪した時から?
それとも、生まれた時から?
スキルという存在にそもそも疑問を抱いていた。
仮にそれが神様からの授かり物なら、何故細分化される?
もっと万能的なモノで良いではないか。
まるで、当たり外れがあるような、それぞれに役割を持たせているような。
生まれた時に既にスキルが決まっており、肉体の成長か魂の成長かはわからないが、とにかく「ある時点」でそれが顕在化する、才能の一種のようなもの。
「外れスキル」と呼ばれる非生産的なスキルも、必ず使いようによっては生かすことができる。
そう言うものでは無いか?
仮にこの説が正しいとしたら、<共感>は生まれた時から私の内に秘み、大小に関わらずリーゼ村の悪意を貪り続けてきたことになる。
そして私は今まで「悪意」を持てなかった。
外部からの影響は全て<共感>の餌になるから、私が「悪意」を肉体が知る事こそあれど、精神が知ることは無かった。
そうか。
なら。
このどうしようもないドロドロとした複雑な感情も、必死に訴える死への恐怖も、耐えきれない後悔も、何もかもが初めての体験。
ナルダ様が感情を消した事によって、私は生まれて初めて「悪意」と言うものを知った。
クリス・ヴァ―ミリア、そしてもう一人の私を許せないという怒り、憎しみ。別れ、痛みへの恐怖。もっと生きていたいと足掻く渇望。
何て素晴らしく、醜いモノだろう。
風切り音が、重なる。
『な………………に………………!??』
「………!???」
もう一人の私の木剣が振り降ろされる瞬間、もう一つの凄まじい衝撃音が鳴り響く。
それもビスタさんを奴の拳が貫いた時とは比べ物にならない程の、体一つが粉々に吹き飛ぶほどの音が。
異変を感じ目を開くと、そこには見覚えのあるシルエットが居た。
見覚えのある服。
見覚えのある腕。
見覚えのある姿。
―――――――――――
『「漂流者」……………!!? まさか……貴様………!!!!!』
【おっと、それ以上はいけません。】
そう言いながら、もう一人の私の腹部を貫いていた異形の右腕を引き抜く。まるで獣が嚙み裂いたかのようなギザギザとした跡を残しながら、ビスタさんと同じようなぽっかりとした空洞を開ける。
『がっ……!!!!』
急に引き抜かれ、支えを失った足では体勢を維持することが出来ず、後ろに倒れてしまう。
何らかの回復阻害効果があるのか、今までの自壊した手足のように修復するような気配が無い。
いや、修復自体はしているが、傷跡から腐食しているかのように損傷部が広がり、修復と拮抗しているのだ。
「あ……あなたは………」
【ご飯のお礼を返しに来ました。赤髪のお嬢さん。】
振り返り、しゃがんで左手を差し伸べる漂流者。
あまりにも突然すぎる状況に驚きを隠せないが、彼女がバルガ鉱山からの帰り道の途中で出会った異邦人であることは間違いない様だ。
覚束ない足取りだが、伸べられた左手と肩に回された右腕を支えに何とか立ち上がる。
「うっ………あ、ありがとうございます…………
でも、どうして…」
ここは私の精神世界であり、少なくとも他人の意思が易々と介入できる場所では無い。ビスタさんも恐らくナルダ様達の助けを借りて入ってきたのだろう。
ありがたいことこの上ないが、心の中に土足で踏み入られるのは少し怖い所もある。
【とある事情で少し存在証明が外れやすく………まぁ要するに半ばゴーストみたいな感じでしてね、<縁>を頼りにしないと動けないんですよ。
それと…………あなたに呼ばれた気がしましたので。】
解答になってない気がするが、今はどうでもいい。
手段はどうであれ、とにかく彼女が助けてくれたことは間違いない。
【さて、私はもう行かなければいけません。私が離れると同時にアレは再生を開始するので、すぐにケリを付けてください。アレはあなた自身の心であるという事は忘れないで。心と向き合う方法は暴力じゃありません。
それと最後に。彼はまだ死んでいません。ここは精神世界、意志の力が現実になる場所ですから、まだ助けられます。】
それを伝えると同時に、漂流者は足元から粒子化していく。
原理はわからないが、どこかあの森で光の粒となった「憧れ」の私の最後に似ている気がする。
「…っ!!! 待ってください!!!
どうしてそこまで親切にしてくれるんですか…!」
ビスタさんがまだ助かる事を知り安堵すると共に、一つの疑問を問う。
漂流者は一瞬困ったような顔をして、その後すぐに愛想笑いをした。
恥ずかしそうに。嬉しそうに。
【こういうのは経験済みですから、力になれると思って。
それにあなたから、知り合いのような匂いがしましたから………。】
そう言って、彼女は霧散した。
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