41話 踊る道化師
あり得ない、そんなはずはない。
偶然だの思い出しただのそんな簡単な話ではないのだ。
一つの体に二つの心、私が生物として持つ悪意はナルダの手によって消され、空いた枠をワタシという悪意の概念そのものが埋めた。
ワタシがいる限り私が悪意を持つことはできない。どれ程怒り、嘆き、悲しみ、憎もうが一切その感情を知ることはできない。
「限りなく低い」なんて曖昧なものでは無く、0%。
だが現に奴は「殺意」を取り戻してしまった。
目の前に傷だらけの体で佇む私。
その背後に潜む殺意は「金」と対峙した時に感じた本能的な恐怖に近かった。
『(なんだ…………この震えは…………これが恐怖というものか………??
…………ふふふふふふっ、ゾクゾクする…………!!!!!
ああ!!!! 素晴らしい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)』
人間の悪意を取り込み成長する、疑似人格を纏った概念そのものであるワタシは、その性質上悪意を知ることはあるが理解する必要は無い。ワタシにとって悪意とは餌であり、顕現するまでの蓄えに等しい。
しかし、私から放たれる殺気は最早餌と呼べるものでは無い。
丁寧に肥やしていたはずの家畜が、牙を剥いて襲いかかってきた。
狩るに相応しい獲物となって返ってきた。
全身に突き刺さるようなピリピリとした殺気、そして背筋がゾクゾクする恐怖に快感を覚える。
感情の爆発とともに赤黒い靄が私を包み、やがてそれは右腕に鎧を被せ、その手の先に一振りの凶悪な大剣を模った。
赤黒い、意志の鎧と剣。
どこかあの時の化け物に似た、生きた武器。
―――――――――――
「殺す…………殺す…………」
薙ぎ払われる感情の剣。
威力・範囲・速度、その全てにおいて遺物クラスにすら匹敵する性能。
傍らで倒れているビスタをギリギリ巻き込まない角度で、半径10mはあろう横薙ぎが起こる。
よく見てみると、振った瞬間剣の大きさそのものが変わっていた。
刃渡り80cm程度の普通の長剣のサイズだったのが、軽く数mは有りそうなほどまでに巨大化していたのだ。
そもそも私の感情の復元とともに発現した物であるため、姿形が変わることに特段驚くことは無いのだが、よもやこれほどとは。
『くははははははははははははははははははっ!!!!!!!』
脚部を瞬間的に強化し、爆発的なエネルギーを以て跳躍する。拉げて肉片とボロボロになった骨は肉体のデータを基に魔力で再構築する。
躱されたことを理解した私は虚ろな目でこちらを見上げ、再び靄を右腕に集約させていく。
「殺す………殺してやるっ!!!! 」
再度薙ぎ払われる巨大な大剣。
だが甘い、甘いのだ。
『うひひひっ…!!』
空中では空間的な座標の移動はほぼ不可能だ。だが軌道を曲げることくらいならいくらでもできる。
木剣を下に向かって投げる、その反動で一時的に加速しギリギリで躱す。
そのまま宙で関節を外し、体を捻り回転させる。
最初の跳躍に加え空中で追加された遠心力のエネルギーが全て右腕の拳に集まり、着地の寸前に私に届く。
「っ!!!!! ―――――っあああああああっ!!!!!!」
咄嗟に大剣で防ぐが、いくらその剣が頑丈であろうと私の体は限界に近い。当然耐えられるわけも無く後方へ吹っ飛んでいく。
ごっそりと赤い欠片となって消えた右手首から上は魔力で再構築。この痛みと快感がたまらない。
あああああ!! もっと殴りたい!!!! もっと殴られたい!!!!!
五体の砕ける感覚を味わい続けたい!!!!
もっと!! もっとぉ!!!!
もっと…………
もっと…………………………………………………………
あれ?
もう終わりなのか?
『…………は?
弱い、弱すぎる!!また一発で終わりか、もっと楽しめると思ったのに!!
あれほどの隠し玉を用意しておいて、ワタシに期待を抱かせておいてこれだ。
ああつまらん!!!! これなら街で大道芸人でもした方がマシなんじゃぁないのかァ!!!? えぇ!? カーリーさんよォォ!!!!
その剣は飾りか!? 鎧は飾りか!!?
立て!!!! さっさと立ってワタシを楽しませろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
だが、私は最早着地する体力も残っておらず、背中から地面に激突する。
都合のいい奇跡も、溢れ出る悪意さえも、私が扱うのにはまだ早すぎた。
身の丈に合わないモノを使うとどうなるか、私は分かっていると思っていたのだがな。
はぁ。
つまらん。
飽き飽きする。
何もかもが弱すぎる。
何故、人はかくも脆いのか。
…………やはり高揚感が薄れるのが早いな。
私が悪意を取り戻したおかげで、私を補完する為に生み出されたこの疑似人格の存在意義が揺らいでいるのは大きかった。
しかし今の攻撃で確信できた。
憤怒、後悔、憎悪。
あれほどの悪意を持ってして何故私がワタシを仕留めきれないか。
そもそも殺意と言うものは相手の命を奪うという明確な意志と覚悟を以て初めて意味がある。「殺」す「意」志、それが殺意だ。
だが今の私はどうだ、あんな大振りな剣で何を狙う?
怒りで何を斬ろうとしているのかも分かっていない、ただの八つ当たりだ。そんな奴にはワタシは殺せない。
ロクな意志でもあれば、満身創痍であっても多少は堪えるだろうに。
「うううぅぅぅぅぅぅ…………………あああああああああ!!!!
うわあああああああああああ!!!!!!!!」
怒りの行き場が無くなり、子供のように泣きじゃくる私。
…もっとも、この調子じゃいくら怒りや憎しみを持とうが関係ないがね。
そう言えば私が感情を爆発させたのは今回が初めてだったか。
『………はぁ………興冷めだなぁ。』
木剣を回収し私の下へ歩み寄る。
私は腕で顔を覆ったまま動かない。
余興は終わりだ。
今度こそ私を殺して、ワタシがこの身体の支配権を握る。
そして、剣を振り上げ――――――
ズドン。
霧の中で、鈍い音が響いた。




