38話 それは現か幻か
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「っ!!!!」
『ひひひひひあはははははははは!!!!!』
ナルダ様が記憶を消した事で失われた私の感情、怒り、悲しみ、恐怖。
乃ち生存本能そのもの。
彼女の言葉が真実であれば、恐らく彼女は私であって私では無い。
あの霧の中で戦ったもう一人の私のような、私のアイデンティティだけを反転させたなんて細かいものじゃない。
もっと根本的なモノ。
私が理性を持つ限り、アレは本能を手放さない。
何度目かの突撃。
まるで魔弾のように超高速で突っ込んでくる。
しかも空中で回転を交えているので躱すのに加えタイミングを合わせて向こうの遠心力の乗った木剣をガードしなければならず、いくら刃が無いとはいえ一歩判断を間違えれば致命傷は避けられない。
現実では無いことは確かだが、疲れや腕の痺れ、痛みなどはしっかりと感じる。なんとも都合のいい世界があったものだ。
それに魔力も満ちている。ナルダ様の御膝下を再現したのだろうか。
確かにあの場所は私にとって大きな転換点となった事は間違いないが…
着地するまでの僅かな時間で「修復」を終え、急転換し再度木剣を振り回してくる。その一回一回がとても重く、防御の剣を支えている腕ごと圧し折られそうだ。
実際にそうなっていないのはこちらの成長なのかもしれないが、毎度毎度相手の強さが釣り合っていない。
「<共鳴>!!」
<共鳴>は宣言せずとも自動的に交えた剣や拳から相手の技術に関する経験を盗むスキルだが、<共感>も同様に声に上げることで確実に効果を発揮する、もしくは盗んだ技術を再現できることは知っていた。
しかし
『ははははははははっ!!!! 遅い遅い遅いぃぃぃ!!!!!!』
「くぅぅっ…………!!! そ、そんな………なんで………」
いつもなら状況に合わせて<共鳴>が勝手に技術を選び、体を動かすはずだが、今回は違った。
反応速度も、力の加え方も、重心の移動も、全部平常時と変わらない、つまり私自身の意思で動かしている。スキルの無い私の反射神経なんてただのCクラス冒険者だ。
霧の中での戦い、そして「金」との戦いやこちらでの冒険者稼業で魔法の扱いを含めて多少は基礎能力も上がってはいるが、逆に今度は力のムダが目立っている状態だった。そんな中<共鳴>が何故か動かず、より顕著になっている。
力加減が上手く行かず、一発一発の威力に速度が反比例しているのだ。
防御やステップにおいても同じで、オーバーパワーのせいで反応がどうしても遅れてしまう。
さらに、いくら筋力を上げたと言っても、根本的な部分に絶対的な差が生じていてはどうしようもない。
奴が腕を振るう度、脚で地を蹴る度、骨が砕ける音に加えぐちゃぁという肉々しい音が鳴り、四肢があらぬ方向へ曲がる。
いや「曲がる」なんて表現など生ぬるい、もはや「拉げる」と表現するのが正しいだろう。
複雑骨折なんてレベルじゃない。最早それが四肢であることすら疑うほどにぐちゃぐちゃに拉げており、所々圧縮に耐えきれず骨が皮膚を貫いて飛び出てしまってすらいる。
前回同様であればステータスは私と同じ。恐らく肉体を維持できない程に強烈な負荷を掛け、脳のセーフティを外し筋肉から文字通り100%の力を引き出しているのだろう。人間の肉体と言うのは最低でも制御下の2倍はエネルギーを出すことができる。
奴の四肢からはとうに肌の色は消え失せ、ただただ赤黒い色に染まるだけである。
そしてそれを持って余りある異常なまでの回復力。
『痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!
あああああああああ痛いぃぁああああああああああはははははははははははははた楽しいいいいぃぃぃいいいいいいい!!!!!!』
<共鳴>が無くとも解る程の膨大な魔力が、魔法文字を抜きに指向性を持ちもう一人の私の中に吸い込まれて行く。
紙クズのように腕や脚が壊れようと、圧迫された肺の悲鳴と肉肉しい音を鳴らしながら時間が巻き戻ったかのように全てが元通りになってしまう。
周囲に魔力がある限り、奴は無敵なのだ。
「っ…!!」
『もっとぉ!! もっともっともっともっともっとぉ!!!!
もっと刺激をワタシに寄越せえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』
過剰吸収により肉体に魔力が納まりきらず、プレッシャーとなって溢れ出ている。まるで突風を受けているかのように、視えない圧に押される。
向こうが左手を地につけ、突撃の姿勢をとる。
まずい、体にガタが来始めている、次は受けきれない。
思考を回す。私にあって、奴に無いモノはこれだけだ。
「(回避――ダメ、間に合わない。向こうの剣が一瞬先に届く。
防御――耐えきれない、あの時のように剣を弾かれる。丸腰じゃ奴には勝てない。
ならイチかバチか賭けに出るしか―――)」
こちらも攻めの姿勢に出ようとした瞬間、
「(え…――――――?)」
足が動かない。
物理的では無い、少なくとも血液は問題なく通っているし、ダメージも許容範囲内だ。過度な目眩や視界の狭窄も無い、現に上半身は普通に動いている。
ただ足だけが、まるで地面と融合してしまったかのようにびくともしないのだ。
「(そんな………なんで………………
なんで動かないの…………?)」
純粋な肉弾戦では、理性が本能に敵うはずが無かった。
だが彼女は気付いていないが、そこには確かに――――
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手順はこうだ。
まず結界の魔法の応用で、僕の精神と肉体の境目を融和させる。
そして持ってきてもらった高純度の魔力で編まれた短剣を彼女の胸に刺し、彼女の暴走を抑えると同時に精神世界へと閉じ込める役割でもある檻の魔法を無理矢理突破することで、僅かに隙間をあける。
ちなみに短剣の魔力の純度がかなり高く、また檻の魔法は肉体保護も兼ねてあるので彼女の肉体については心配ないらしい。
最後にその隙間に僕の精神をねじ込み、彼女の精神世界へ入り込む。
一歩間違えれば僕の精神は焼き切れ、廃人になってしまう。また仮に成功したとしても彼女を救えるかどうかはわからないし、もしかしたらもっと状況が悪化するかもしれない。
「(でも、だからと言って何もしないわけにはいかない…!!)」
僕は多分運が良い。
状況が悪くとも、それを打開できる手段が丁度持ち合わせていた。
他の人には出来ない事だし、恐らく次は無いことも確かだ。
何しろ肉体と精神を近しくさせる魔法なんて、誰が知っているであろうか。僕に魔法を教えてくれた祖父亡き今、この国で知っているのは僕だけだろう。
義妹さんに不足分を予測で補ってもらいながら、記憶の中の術式を羊皮紙に書きだしていく。
僕は義妹さんのようにその場で魔法文字を描くだけで行使できる程魔法に精通していないので、一度きりの魔法はこうやって巻物として発動している。
「なぁ、本当にやるのか? 失敗したらお前は確実に実質的な死を迎えるし、例え成功しても戻って来れるかわかんねぇ。
つまりなー……えーと……
……生徒だけに無茶はさせたくねぇんだ。」
「先生………」
この人は、こんなにも優しい顔を持っていたのか。
4年間もの間、ずっと、遠い存在である冒険者は野蛮人だと思っていた。
でも彼女と接して、この人の知らない顔を見て、彼らも僕達と同じ人間だったことに気付かされた。
「大丈夫ですよ、先生に挑んだ回数学園最多なのはご存知でしょう?」
「―――――――
……けっ、凡才が言うようになったじゃねぇか。
戻って来れたら、実技の評価上げといてやるよ」
「お願いしますね。」
この人は苦手だ。それは今も変わらない。
でも今は不思議と悪い気はしない。
『最後に聞くが……… 可能性は0に近い。それでもやるのか?』
「もう、諦めるのはやめにしました。」
『そうか………
では始めよう。短剣を突き刺すと同時に術式を発動する。
準備はいいかね?』
「大丈夫です。」
覚悟はとうにできている。
彼女の為なら、僕はどうなったっていい。
『よし。念のためファーディ氏は離れていてもらいたい。
いくぞ、 3……2……1…… 今だッ!!!!』
「えぇいっ!!!!!!!!」
短剣を彼女の胸元に突き刺す。乳房の隙間、心臓部に一番近い所。
何かを押しのけるような感触はあり、思いっきり彼女の胸に刃が刺さっているが、不思議と傷は無い。
そして巻物に記した魔法が発動し、僕の意識は暗転する。
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