37話 狂える少女
☆前回のあらすじ☆
・事後報告だよビスタ君
・勘が鋭いよファーディ先生
・正体明かすよナルダ様
・悪意に負けるなカーリーさん
追記:話数間違ってました ごめんなさい。修正済みです
「バルガ村…でしたっけ。ここからそこそこ近く、多少なりとも交流があったみたいでちょっとしたニュースになってました。でも盗賊団にやられたって話でしたけど………」
「ああ。ついでに言えばその村の近くのダンジョンの結界装置が盗まれてクラブ協会が派遣されたなんて話も出てきたな。知り合いからの受け売りだが。」
バルガ村。確か新米の冒険者達が集まりやすい場所だ。
そこの鉱山は魔力濃度が薄く強い魔物が殆ど出ないのに鉱石の含有量が多く、駆け出し冒険者にとってダンジョンを探索するという経験に加えて駄賃までもらえるうってつけの場所なのだ。
『否。否なのだ。
何者かがAESを放った影響で精神汚染のパンデミックが発生し、全員が自殺ないしは発狂したというのがその事件の真相だ。』
「っ!!? おいおいおいおいおいおい!!!!!!! AES!!?? ハァ!?」
目を見開いて、信じられないといった表情で、彼は驚いた。
初等部後期から学園に入り、かれこれ先生の授業を受け始めて4年目になるが、今初めて先生が慌てる姿を目にした。
今義妹さんが言ったAESとは、それ程凄い存在なのか…?
「え……先生、AESって何ですか…?」
「…………………そうだな、俺も視た事は一度しかないからそこまで詳しくは無いが……………アレは魔物なんかよりもよっぽど恐ろしかった。
魔物はダンジョンといういくらでも復活できる環境があるとはいえ、進化の過程で魔力との適合、そして種としての保存を選んだ種族、極端な話野生動物みたいなものだ。
だがAESは違う……アレはただ「生きている」だけで「生物」じゃない。
何故生まれたか、何故他種を殺すのか、何故、何故、何故。殺せること以外は何もわかっていない。」
その言葉にどれ程の重みがあるのか、先生の人生をあまり知らない僕にはわからない。だが彼が幾つもの修羅場を潜り抜けてきたことは分かっている。そんな彼をしてここまで言わしめるとは、AESとは相当な怪物であることは間違いないだろう。
でもそんな化け物を何で辺境の村に放ったのだろうか。
そもそもそんな化け物を生み出すことなんて可能なのだろうか。
『説明ありがとう。
先程言った通り精神汚染に特化されたヤツは、見るだけどころか、ヤツが原因で発狂した奴が振りまいたパニックでさえも、伝染して精神を蝕んでいく。そして最悪の行動、言語化するだけでさえ精神障害を引き起こすモノを、カーリーは直接見てしまった。私が記憶を消していなければ、コイツは既に廃人になっていたところだ。』
「廃人だなんて………そんな………
そんなの、あんまりじゃないか………」
「落ち着け。仮定はどうあれ結果は違う。
代わりにコイツの悪意…いや、生存本能が消えたっつーことだな?」
『ああ。消すべき記憶はカーリーの恐怖と密接に結びついており、恐怖が存在する限り同じことになってしまう。だから恐怖の源である生存本能そのものを停止させたのだ。生存に必要のないポジティブな感情を残して。
限られた魔力と権能では、そうするしかなかった。すまないとは思っているさ。』
「…………………」
悪意とは、拡大解釈をすれば彼女の言う通り生存本能と等しい。
憤怒は体のリミッターを外す。 怠惰はストレスを回避する。
強欲はまさにその名の通り。 色欲は種を保存させる。
傲慢は言わばば自尊心と等しい。 暴食は肥えた食欲。
嫉妬は理想の発見と等しい。
まるで哲学の授業でも受けている気分だ。
『こうしてカーリーは悪意という生存機能を失ってしまった。
彼女は痛みに狼狽えたりしないし、死への恐怖も感じない。
怒りも、悲しみも、絶望も感じない。ただ悦びだけが残された哀れな人間となった。』
『ようやく本題だ。待たせてすまなかったな。
そこで問題となったのがクリスというあの青年だ。
奴は狡猾で、惨忍で、極めて純度の高い悪意に満ちている。判明した事実は彼に対する暴行を除けば比較的くだらないものに過ぎないが、その実腹は真っ黒だ。』
「あのバカ、いつまでたってもしょうもない性格してやがるからな。いつ見てもイラつく野郎だったさ。」
『そしてカーリーだが、彼女は他人の感情に高い感受性を持つ体質なのだ。結果的にクリス・ヴァ―ミリアとの接触によって彼女の中に善意と両義的になるよう模倣された悪意が生まれた。
それが私が止めた時のカーリーだ。
その悪意はあくまで模倣品。均衡状態を保とうとする本来のものとは違い、自己の確立の為に身体の主導権を奪おうとする自由意思。
本来はもっと長い年月をかけて完全な姿としてカーリーの一部となり、それと同時に感情も戻っていくはずだったが、2週間という短い期間ではそれも叶わなかった。寧ろ基盤が作られつつあったせいでより自体が悪化している。
長々と話してきたが、これが彼女に起きた事だ。』
「もし彼女が悪意に負けたら………どうなるんです…?」
『あの狂ったカーリーに逆戻りだ。
ビスタ君や私が見てきたカーリーはもうそこにはいない。記憶と外見はそのままに、ただ殺戮と破壊を繰り返す、AESに近い存在になり果てる。』
―――――――――――
10分程経過し、ようやく落ち着いた。
あまりの興奮に傷が再び開き、服に赤いシミを作っている。
深呼吸を繰り返す。
「彼女が今どんな状態なのかは分かりました。
でも、本当に……僕たちができることは見守ることだけなんでしょうか。
何かもっと…できる事とか……」
『無い。今の彼女の戦いの場は彼女の精神世界そのものだ。
それに外界からの影響は、彼女を抑え眠らせた代償としてシャットアウトされている。何をしようと、意味が無いのだ。
我々にできることは、見守る事だけだ。』
「そんな…………」
「………………。」
防音結界が張り巡らされた静かな部屋の中で、彼女の魘される声だけが響き渡る。苦悶の表情を浮かべ、汗もかいている。相当苦しい状況なのだろう。
………クソッ、彼女がこうなってしまった原因は僕にあると言うのに、その僕は彼女に何もしてやれないというのか。
謝罪も、贖罪も、力になってあげることも………!!!
「頼むよ神様…お願いだから彼女を救ってくれ………………」
彼女といた期間はたった2週間。
それも朝と夜だけの短い時間。できる事と言ったら話をすることだけだった。
でもそれでも僕は幸せだった。
中等部に進学してから、ただでさえ少ない友達と過ごす時間もだんだんと減り、孤独を感じつつあった所に君が来てくれた。
嗚呼、幸せだったとも。
変だな。僕は。
3年間過ごしてきたルームメイトが離れていった時でさえ、今のような寂しさは感じなかったというのに。
たった2週間しか過ごしていない君がいなくなると思うと、胸が締め付けられる。心臓を鷲掴みにされたような錯覚すら覚える程だ。
気が付くと、僕は彼女の手を握っていた。
乾いた血の貼り付いた鉄の匂いのする真っ赤な手。
もう二度と会えない、もうあの笑顔を見ることが出来ない、
そんなの嫌だ。
そんなの、絶対に嫌だ。
「頼むよぉ……………」
「ビスタ…………」
『ビスタ君…』
瞑った瞼の隙間から、涙が落ちる。
悲しさ、そして悔しさに泣いたのは、何ヶ月ぶりだろうか。
平凡に過ごすあまり、悲しさや悔しさとは程遠い感情を抱き続けていた気がする。
諦めとでも言うのだろうか、初めから自分はクリスや生徒会のような奴らには勝てないと、希望を捨てていた結果がこれだ。
その時、僕はある本の内容を思い出していた。
昔、家の倉庫にあった本、それに書かれた詩の一節。
『――――――嗚呼、恐怖たれ、怖畏たれ、畏敬たれ、敬賛たれ。
百三十一万八千の針は厄災を産むに易し。』
『されど心より生まれし獣は心にて死す。
百三十一万八千の針の産み出したるは厄災のみに非ず。
其れ乃ち――――――』
「先生、義妹さん、少し手伝ってもらえませんか?」




