34話 異常と正常
☆前回のあらすじ☆
・見た目やばいよカーリーさん
・パゥワーすごいよカーリーさん
・治るのはやいよカーリーさん
でもやっぱり怖いよカーリーさん
召喚陣の「門」が開くのを待つ最中、一人の女性が声を掛ける。
とても冷たく、無機質に、無表情に、無慈悲に。
「………貴様、ここで何をしている。」
「カタナ」と呼ばれる僅かに反り上げたした片刃刀を携え、鋭く、しかして静かな殺気を纏い、彼に歩み寄る。
艶やかな赤いロングヘアー、そして誰かに似ている顔つき。
彼女の名はアクロモス。
かつて存在した最強と謳われるSランクパーティのリーダー。義理人情に厚く高いカリスマ性を持ち、破天荒な一癖も二癖もあるパーティメンバー達をまとめ上げていた元「色付き」冒険者である。
姉妹揃って冒険者に就いた彼女は、<剣聖>という標準的なスキルにも関わらずその実力を遺憾なく発揮し、瞬く間にSランクまで登り詰めた。そして圧倒的な殲滅力を以て数々のダンジョンのボスを討ち、最強の証である「赤」の色を与えられた。
全ダンジョン踏破、「魔王」の討伐も夢ではないと言われていた彼女だが、パーティが解散した後、妹の療養の為に「色」を返上してまでエース協会へと入社した。
しかし今の彼女に当時の面影は無い。好奇心に溢れていた目は冷めきっており、纏う気は熱意から殺気へと代わっていた。
エース協会で彼女が一体何を見てきたのか、俺達は誰も知らない。
さて、その戦闘能力についてだが。
実をいうと彼女とは何度か手合わせをしたことがあるのだが、一度も勝てた試しがない。
『ゲッ……… あ、姐さん、久しぶりだねぇ~。 元気にしてた?』
「……」
ポーカーフェイスを崩さず、あくまで平静を装う。まさか既に彼女が動いているとは思わなかった。ナルダから奪った力を使えば逃げ切ることは不可能ではないが、回数には限度がある。
何とかはぐらかそうとするが、逆にそれが彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。
まずい、と思った時には既に彼女の姿は消えていた。
刹那、不可視の、そして不可避の斬撃が襲いかかる。
「………」
『ッ!!!』
一瞬でも剣を抜くのがが遅れていたら、確実に斬られていた。否、例え間に合ったとしても防ぐことはできなかっただろう。
空間を任意的に歪めるという反則級のスキルを以て相手の攻撃する座標をずらして、それでようやく互角。
超高速で繰り出された斬撃は余波ですらこちらの剣をすり抜け、背後の木々を綺麗に切り倒していった。
<瞬足>どころか<縮地>に匹敵する移動速度に加え、スキルによって一番こちらの攻撃が通りやすい位置に座標をずらしてなお余りあるこの威力。
何より恐ろしいのが、彼女の使用しているカタナは量産品であり、背負っている魔法鞄に予備が100本くらい入っている。本来ならば量産品程度が遺物相手に敵うはずも無く一方的に叩き折られて終わりなのだが、彼女のカタナは少しの刃こぼれもない。
カタナの特性を完璧に理解し、寸分の狂い無く力が込められている。
アイボリーやシャルラッハ、スヴァルトも誰にも負けないくらい自分たちの得物を使いこなしていたはずだが、ついぞ誰一人として彼女の右に出るものは居なかった。
「次は無い。質問に答えろ。」
抑えつけられている殺気を少しずつ解放させていきながら、少しずつこちらが押されている鍔迫り合いの中、彼女は再び尋ねる。
―――――――――――――
『それがぁ????』
『それがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁそれがぁ???????????????????????』
「ひっ!!!」
貼りつけられたような笑顔のまま、一切の迷いなくこちらに歩いてくる。
恐ろしい。ただただ恐ろしい。
これが、こんなものが同じ人間だとでも言うのか。
『 そ れ が ? 』
一瞬のうちに距離を詰められ、真正面からこちらの顔をずいとのぞき込んでくる。
近くで見るとその笑顔には歓喜の念が含まれている事を悟る。
奴は愉しんでいるのだ。自分の体がどうしようもなく傷ついてまでも、痛みか、闘いか、はたまた誰かの恐怖に、愉悦を感じている。
ただひたすらに疑問の意を告げているだけなのに、これほどまでに恐怖を駆り立ててくる。
ついに顔の血管までもが破裂し、飛び散る血がこちらの顔にかかる。
生暖かいというより熱い。冷める前の体温と言うのは意外と熱いもので、蓄えられている恐怖も相まって、反射的にたじろぎ、尻餅をついてしまう。
『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
ねぇ!! ねぇ!! ねぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
教えてよぉ!!!! 殺すのぉ? 殺しちゃうのぉ?
ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!』
一言一句吐きだす度、彼女の顔が迫ってくる。
吐息、血の匂い、濁った魔力
もはや、正気を保つことは不可能だった。
「う、うわああああああああああああああああああ!!!!」
一度恐怖に支配されてしまえば、後は転げ落ちるだけだった。
寧ろよくここまで持った方だ。命の危機には何度も瀕したことがあるが、あくまで常識が通用する相手に過ぎなかった。
魔物は狂っている、人間は正常。今までずっとそうだと思ってきた。
自分達人間の価値観が正しい、ダンジョンの魔力という必要最低限のエネルギーは確保されている状態でなお、積極的に闘う奴らこそが異常なのだと。
しかし、はたして証明されているだろうか。人間は狂っていないと。
否。否である。
何故ならば一番狂っているのは人間その人なのだから。
バケモノを生み出すのも、バケモノを殺すのも、どちらも人間。バケモノは狂気でしか倒せないが、バケモノ同士には狂気は存在しない。
逃げようにも腰が抜けて動けない。
そこには最早プライドや貴族なんてものは無い。
「狩人」と「獲物」だけだった。
「く、来るなぁ、くるな…………………………………………
くるなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
壁際まで追いつめられてしまい、後ずさりもついに限界が来た。
悲痛な叫び声とともに、無慈悲にも迫る彼女の拳が今にも振り降ろされる。1秒後にはさっきまで人間だったものは、無残にも赤黒いぐちゃぐちゃした肉片へと形を変えるだろう。
もうだめだ。死んだ。
そう思い、目を瞑る。
その時だった。
突如として轟音が鳴り響き、決闘場に穴が空く。
瓦礫から覗かせるのは巨大な翼、そして尾、そして牙。
硬質な鱗に包まれたその赤い体は、伝説上のドラゴンによく似ていた。
ワイバーン。竜種の血を引く巨大で強力な魔物である。




