28話 舞台裏では
某日、未踏破ダンジョンにて。
「………どうだリルナ、何かわかったか。」
「この先大広間。罠は左に矢58本、地雷7。右に爆弾8、起動用のワイヤー8本…って所かしら。あと奥にデカいのが一体いるから、多分それがボス。
その後ろは………ごめんなさい、やっぱりわからないわ。」
「そうか、なら新手を視野に入れつつ…か。
ボスの特徴は? 沸いた魔物から竜種かそれに近い種族であることは確定できるが。」
「サイズ的には天井ギリギリって所、約8mくらい? 「赤」が倒したって言いう「竜帝」に比べれば小さいけど、普通のドラゴンに比べればかなり大きいわ。竜の吐息は当然として、[マナバリア]も戦術クラスに匹敵するわね。長丁場、覚悟して頂戴。」
「…了解した。 ………クソっ、まだ少し痛むか。」
「大丈夫!? …もう、だから言ったじゃない!! 「黄」の調査なんて受けるべきじゃないって!!! アンタはあと2ヶ月は安静にしてなきゃ…」
「………気にするな、ここのところ失敗続きだからな、今度こそ尻尾撒いて逃げるわけには行かねぇんだ。」
「馬鹿ね………ほんとに………」
「ああ、全くだ。」
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目が覚めると、そこはどこかの暗室だった。
少し埃っぽいその部屋は、古い木材とかすかに血の匂いを感じた。
少なくともあまり良い場所ではなさそうだ。
どうやら自分は椅子に座っているようで、口を塞がれているのか息苦しい。学園内にこのような暗室は無かった事を考えると、恐らくここは奴の私有地のどこかだろう。
状況を確認する前に扉が開き、漏れた光が中をほんのりと照らす。
何人かが中に入ってくる。その中にはクリスの姿は無かったが、見覚えがあるのが二人程居た。片方は確か初日にクリスの後ろにいた奴、そしてもう一人は気絶する前に僕が倒した奴だ。
立ち上がろうとするが、足がもつれて倒れてしまう。
どうやら手足を丈夫な素材でできた縄で縛ってあるらしく、力をいくら入れてもびくともしない。
当然手も使えないので顔面から床にぶつかる。
咄嗟に顔を逸らしたから良かったものの、そのまま直撃していたら恐らく鼻の骨が折れていた程床が硬かった。
耐火・耐腐食性が強く、魔力を多く含んでいる為魔法にも耐性がある木材、「シリウスウッド」。魔力濃度が非常に高い環境でなければ育たないので高難易度の森林型ダンジョンからしか採ることが出来ず、かなりの高値で取引されている。また匂いも特徴的で、他の植物よりもひと際強い香りを発している。シリウスウッドとそうでない木の見分け方はこの香りが重要視されている。
なるほど流石はヴァ―ミリア家、目利きが良いな。下手な木材製の部屋なら初級の炎魔法でも十分に全焼する危険性があるが、シリウスウッドなら軍隊級の魔法でも耐えうる耐久力を有している。破壊はまず不可能だ。
「へへへ、生きがいいねぇ。これなら一晩中楽しめそうだァ……」
「おい!まずは俺にやらせろよ!! コイツのせいでまだ肩が痛むんだよ!!!」
「知らねーよそんなモン、テメェが油断してたのが悪ィんだろーが。
ま、俺はあっちの手配を済ませてくるから、死なない程度にしとけよ。」
そう言って一人が部屋を出た。
「(「あっち」の手配………? まさか、この状況、奴はこうまでしてプライドを保ちたいのか!?
予想はしていたけど、それだけの為に!?
リスクとリターンが全く釣り合わない、金をどぶに捨てるのに等しい。
いや……まさかこれは引き金…!? 貴族派閥を動かし始める為の……)」
思考を巡らしている所に、袈裟切りされた例の男が近寄ってくる。
「ケッ、ブチ殺せねぇのが残念でたまらねぇ、なっ!!!!」
胸ぐらを掴んで持ち上げられたところに、ゴッという鉄のような拳が顔面に直撃する。初めての実技の授業で木刀をもろに喰らった時のような、鈍くも明確なそれ。頬が赤くはれ、ひりひりと痛む。
近接系スキルを持った者の身体能力の成長速度は凄まじいものであり、たった一年の違いでも相当な差が生まれる。ましてや中流以上の貴族ともなると、その速度に余裕で追いつける栄養を摂ることが可能であり、また専属のコーチ等も雇えることから、結果としていくら下流貴族が剣の腕を磨こうと、上流、ましてや中流貴族にすら勝つことはできない。
仕返しとばかりにキッと奴を睨むが、その拳は止まるどころか勢いを増して僕の顔を抉る。
額が割れ、血が目に入ってしみる。
「いいねェその顔!! いつまで持つか見物だァ!!!」
再び、怒りに満ちた拳が降ろされる。
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「ねーねー、ナルちゃんの住んでたとこってどんなとこ?」
「ん~…森がおおくて~」
「うんうん」
「魔物もけっこういたなぁ~」
「えー!! 怖いー!!! 襲われたりしなかった!? だいじょうぶ!?」
「へいきへいき! だって私強いもん!」
9歳児とはまだ情緒を学ぶ前であり、何事にも興味津々で秘密を公にせずにはいられない。隠し事をしているこちらとしては厄介極まりないな。
シャルラッハに魔結晶を貰い、脳機能も大分成長してきた。欲を言えばあと二年程は加速させたかったが、無い物ねだりをしても仕方がない。
理性的な行動、言動にもエネルギーの消耗を抑えることが可能になり、魔法の発動も大分楽になってきた。元が少なすぎると言うのもあるが、軽く倍以上は魔法を撃てるだろう。
流石に人前では怪しまれるので、カーリーとそのジロジロ見てくる同居人以外では知能指数を肉体相応に戻してある。
とはいえお陰様でバルガ村の道中のような誇りの欠片も無いような幼稚な言動は無くなったが、精神的な成長に対して肉体面は四年分、つまり九歳までしか成長していない。
カーリーのように15、6まで上げるのは無理にせよ、最低限改造が可能になる12歳前後まではあげておきたかった。また12歳から初等部後期に入るが、9~12歳の初等部前期と比べて支給される金額が大分増えるため、魔力で成長可能なのだから受けられる恩恵は可能な限り受けておきたかった。
加えてやはりと言うべきか、カーリーと別れて暮らすようになってから感情の起伏がかなり緩やかになっている。ゲイザー森林で「金」…ああ、口にするのも忌々しい…、奴と相対した時に感じた心の底から湧き上がるような怒りという感情。
我ら神獣は新支配者である人類と友好的なコミュニケーションを取り、彼らに恵をもたらすとともに「信仰」という形で世界に楔を打ち込んでいた。その為の手段としてこの「ナルダ」という人格モデルを形成し、かの森にて多くの人間が「神獣」と信じる白き獣のテクスチャを被った。
当然疑似人格にあるのは人間の真似事であり、神様は我々に本物の心を与えてくださらなかった。だから憤怒、嫉妬、強欲、怠惰、色欲、暴食、傲慢といった七罪から始まり、焦り、呆れといった予想外の出来事に対するもの、また喜び、哀しみ、愉しみという残りの感情も、ある一定のレベルまでしか存在しない。
だが仮初の肉体を得たからか、それともカーリーの影響か、形式的に動くはずの感情が今にも溢れんばかりに膨れ上がり、「ナルダ」という作られた人格が本物の心へと形を変えようとしている。
作られた人格の中に、獣が生まれようとしている。
それが緩やかになり、悲しんでいるか? 残念なのか?
いいや、全くの逆だ。
今はほっとしている。
自分が変わるのが、この内なる獣を育てるのが怖いのだ。この恐怖すらも彼女の影響により生まれたものだというのに、どうしようもなく怖い。
数百年生きていて、ここまで「恐怖」という感情を思い知らされたことは初めてだ。
あの日、カーリーに埋め込まれた■■■■の記憶を取り払う際に、彼女の感情を一部吸収してしまった。怒り、哀しみ、焦り、妬みと言ったネガティブな感情、獣に餌を与えてしまった。少しずつ、しかし確実に、コイツは成長している。
だから、彼女と少し距離を置いている。この獣が、我という殻を破り、顕現しないように。
同居人と会話をしながら余剰分の思考能力でそんなことを考えていた時、コンコンとドアがノックされた。
「あ、私出るね。 は~い。」
ガチャリという音とともにドアが開く。その瞬間
「キャッ!」
と叫びながら、彼女は思わず尻もちをついてしまった。
可愛らしいリアクションとは裏腹に、その体はふるふると震えている。
当然だろう。
何しろ、そこには威圧感溢れる大男が立っていたからだ。




