25話 醜い心
「何だぁお前…?」
赤髪の女ァ…? 見ねぇ顔つきをしてやがる。
ああ、あれか、編入してきた中等部の1年か。
ったくこれだから冒険者は。身の程をわきまえねぇ下種な奴らだ。
「中等部1年2組、カーリーです。」
「んなこと聞いてんじゃねぇよ、何様のつもりだって聞いてんだコラ。」
「まずは私の質問に答えてもらえませんか? それに私の解答は済ませたはずでしたが。」
「このッ…………!!」
何だコイツ話が通じねぇ。
舐め腐りやがって、一発ここで立場ってモンをわからせて………
「………………」
落ち着け落ち着け、ここで騒ぎを起こすのは良くないことぐらいよォーーーーーーッく分かってる。そう、いつだってシンキングはクールに、ハートはヒートに、親父がよく言っていた言葉を忘れるな。
俺は上級貴族ヴァ―ミリア家の長男だ、この程度では狼狽えてはならない。
「……ケッ、後で楽しみにしとけよ。」
どの道後であの編入生には「洗礼」をくれてやらねばならんのだ。汚らわしい冒険者風情が、この俺様と同じ空気を吸う事さえ重罪に値する。
今はその時を楽しみに待つとしよう。
なに、すぐに訪れるさ…………
―――――――――――――
そう言って、先輩は去っていった。
相変わらず最後まで何が目的なのかわからない人だ。
「逃げられてしまいましたか………」
「あ、ありがとう………」
「いえ、ビスタさんにはお世話になっていますから。」
こ、怖いな… 狩人の目をしてる…
彼女を敵に回すと地平線の果てまで追いかけてきそうだ…
ともあれ、彼女のお陰で何とかフライサンドを守り切ることができた。
今週は若鶏のフライサンド。引き締まったモモ肉は最高の歯ごたえで、噛めば噛むほど旨みが肉汁と共に溢れ出てくる。そして満遍なく漬けられた下味のタレが、鶏肉の持つ他の家畜の肉と比べて薄味な部分をカバーし、ソースの旨みをこれ以上ないほどに引き立たせている。
一口食べれば口の中に多幸感がとめどなく溢れ、さりげなく添えられたスパイスが揚げ物特有の後味の悪さを完璧にシャットアウトし、最後まで心地よいフレーバーに包まれさせてくれる。
そして主役はフライだけでは無い。一緒に挟まれているこの野菜もフライサンドの主役なのだ。
これまで基本的に野菜を生で食べることは殆どなく、大抵煮込み料理として出されていた。しかし王都である人物が新鮮な生野菜を使ったサラダを発明し大ブームが巻き起こった。
中でも揚げ物との相性は抜群で、王都から少し離れたこの学園にもその波が来ているのだ。
シャキシャキとした程よい歯ごたえに、甘味、酸味、苦味が同時に襲いかかる。しかしこの苦味こそがフライによってフィーバーしている幸福のほとぼりを冷ましてくれる、再びあの幸福を味わう事ができるのだ。
当然新鮮な野菜となると出荷量は限られてくるが、協力者に仰ぎ学園分は別途で確保してもらっているらしい。
そしてこのもっちりとした食感の白パンがまた…おっと、少し熱が入りすぎてしまった。僕の悪い癖だ。
ああ……でも幸せ…………
彼女にも分けてあげればよかったなと思いつつ、ふと目線を上げる。
すると満面の笑みが視界に飛び込んできた。
何とゲテモノメニューである魔物肉のステーキを頬張りながら、最上級に幸せそうな顔をしている。
うん、多分彼女の事だから値段で選んだんだろうけど、どういう神経してたらあんな悍ましいもの食べられるんだろう。
前からそうだったけど、本当に美味しそうに食べるね君………
「んん~美味しい!! ここにきて本当に良かった~!!!!!!
もうずっとここに住みたい!!! ほんとに!!!」
また大げさな…と思うが、至極嬉しそうな表情を見ると、本気でそう思っているのかもしれない。
「これ、お主の目的はどうなる。いつまでも道草を食われては敵わんぞ。」
「あ、ナル様も食べます? はい、あ~ん。」
「え、いや我は結k むぐっ!!!!?」
「どうです? 美味しいですよね?」
「……………(生気の無い顔)」
あらら、折角の妹さんと話すチャンスだったのに……
と言うか大丈夫だろうか、白目向いてるけど……
―――――――――――――
とまぁなんやかんやあり、無事初日の授業は全て終えた。
結局妹さんは保健室に運ばれることとなり、その日は早退した。
無理もない、あんなゲテモノを口にしたら何があるかわからないからな…
何とまぁ見事な事に、彼女が提出した編入課題の出来が非常に良く、先生たちも感心していた。
特に良かったのが魔物生態系の分野で、初等部で習わない所まで事細かに記してあり、スライムの粘液の危険性からダンジョンに生まれる魔物の種類、はたまたごくまれに発見される古代の竜種についてまでレポートがまとめられていた。
彼女、Bランク冒険者って言ってたけど本当かなぁ………
そして帰り道をとぼとぼと歩いていた。
今日も今日とて図書館に寄りたかったが、明日から休み明けのテストがあるので早速寮に帰って勉強しなければ。
僕の志望している「ダイヤ協会」は文武両道なので、座学の点数も多くとらなければならない。
しかし魔物学はどうも苦手なんだよなぁ…あの面を見てるとどうにもイライラが治まらない。僕の前世は魔物にでも食われたのだろうか。あり得る話だ。
時刻は午後5時、綺麗な夕日がレンガの道を朱色に照らしていた。
そこで異変に気付く。
「(見られてる……?)」
学園から寮までの間には雑木林があるのだが、そこに鳥や犬などの野生動物が住み着いている。とはいえ明らかにこちらに向けられた視線とプレッシャーは獣のものではない。
と言うか、確か園内の林は結構管理が施されていて、野生動物も既に野生では無くなっているはずなのだ。
という事はこの目線の主は2通りに分けられる。
人間か、魔物か。
だが学園内にはダンジョンのそれよりもさらに強固な結界装置が置いてあるため、魔物の自然発生や侵入は無いとみていいだろう。
つまり、この視線は人間が向けているものになる。
他の寮生達は基本的に何かしらの課外活動、所謂部活に参加しており、結果としてこの道を歩いているのは現在僕一人だけであり、目撃者は居ない。
迂闊だった。そもそも昼の時点で接触して来ているのだから、警戒するべきだった。
荷物からこっそり訓練用の木剣を取り出す。
近接系スキルの生徒は自己訓練用として校舎外でも木剣を持ち歩くことが許可されているので、いつも夜中にこっそり練習している。
一撃必殺なら自身がある。二撃決殺ならお手の物だ。
これで襲いかかってきた所に反撃してやる………!!
だが僕はやはり迂闊だった。
何しろクリス・ヴァ―ミリアは不良集団のリーダー、当然そんな奴が一人で仕掛けてくるわけが無い。
左足を軸に急回転し、先に飛び出してきた男に袈裟切りを喰らわせる。
「ウグァッ!!?」
突然の反撃について行けずにモロに剣が直撃した。
うめき声を出して男は倒れ、手に持っていた木剣をカランと落とす。
「………ふぅ………」
一息ついた瞬間、ゴッという音とともに後頭部に鈍い痛みが一瞬走る。
そして、僕の意識はそこで途絶えた。




