21話 顔合わせ
「彼女は一体何者だったのでしょう…人間でも、魔物でもない、「神」とでも言えばいいのでしょうか、私には分かりません。」
―「神獣」について何かご存知ですか?
「噂に聞いた所で、この学園の卒園生のうちの何人かは神獣との契約者になったという事までは。知人の情報網は確かなものですが、こうも量が少ないと意図的な隠蔽があるのではないかと私は考えております。」
―では最後に。22年前に起きた事件について、何かご存知でしょうか。
―――――――インタビュー記録から一部抜粋
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それは初夏のある日のことだった。
日差しが暑くなり始めた頃、前日の雨でジメジメとした空気の中でいつものように学園から帰寮し、今日の分の日記を付けようとした時の事だった。
コンコンとノックの音が聞こえた。
何だろうと、僕は訝しんだ。
当然だろう。
何しろ僕は下級貴族の生まれであり、都市部出身ではあるものの上流階級の生まれの生徒会の奴等のように、付き人をそう何人も雇える程の余力はまだ無い。一応週一で実家の執事を務めているライジュさんが来てくれているとはいえ、今日はその日でも無い。
それに特に成績が優秀なわけでも、逆に何か問題を起こしたわけでも無い、この学園ではいたって平凡な生徒の一人なのだ。
思い当たる節と言えば、また学園内の派閥争いの勧誘だろうか。生徒会会長兼学園長の孫であるメイ・クラウンさんを頭とした貴族派閥と、最近目立つようになった主席候補生のレイナ・モータルさんを頭とした反貴族・実力派閥、この2つがにらみ合いを利かせており、普通の授業でさえ緊迫感に包まれるというのに、実技となるとまぁ大変である。
先週は貴族派閥が、更に先々週は実力派閥が勧誘に来ており、こんな下級貴族に何を求めているのか、お高い人々の考えは全く読めない。
『えーっと…ビスタさん……であってますか?』
扉の向こう側から聞こえてきたのは、見知らぬ女性の声だった。
恐らく同年代、もしくは前後くらいだろうか。
下っ端のパシリがノルマでも課せられてるのだろうか、まぁ僕もパシらされる側なので人の事を言えないのだが。
怪訝な顔をしてドアを開ける。気の毒だが、あいにく僕は派閥争いに興味は無い。進路が確定している奴等と違って、僕は姉さんに迷惑をかけないようちゃんと出世して家を継がなければならない。
「は~い…どちら様で……………………」
その瞬間、僕の時間は止まった。
それは現実世界では一秒にも満たない僅かな時間だっただろう。
しかし、彼女の姿を見た時、僕の世界は確実に生まれ変わったのだ。
それが初恋だと知ったのはもう随分後の話になるが、まぁ悪い話では無かったとだけは伝えておこう。
まず最初に目を奪われたのは、まだ幼くも、親譲りであろうキリッとしたその目つきだった。
僕もよく目つきが鋭いと言われるのだが、その場合高確率で何かしらを観察している時なのだ。恐らく彼女も同類、もしかしたら僕よりも、観察眼に優れた人なのだろう。服装からして村育ちの推薦枠だが、その能力はまず必須と言っても過言ではないだろう。
現に今冒険者界隈で注目の的である「錆の邂逅」のリーダーである「シン・ストラトス」もとある学園に推薦枠で入園しており、当時から彼の鋭い目つきに畏怖する者は少なくなかったと言われている。
しかし彼女のそれはまた違い、幼さと共に別の何かを抱えていた。
まるで世界の闇を見たかのような、絶望に近い、少なくともポジティブでは無い何かだった。
次に飛び込んできたのはその琴線の取れた肉体。
風紀部副委員長も随分筋肉質な女性、端的に言えばマッチョだが、それとは違い、限られた体積に詰め込まれた筋の質は僕でなければ見逃していただろう。
外見上の差異は殆ど無く、少し発育の良い女性程度のものだが、恐らく彼女は中々の怪力であることが伺える。もしかしたら自覚していないかもしれないが、すぐに気づくことになるはずだ。
そして次は破廉恥ながら胸部に目が留まる。
決してふくよかとは言い難い、しかし張り詰めた胸筋の上に確かに「在る」それは、大地に芽吹いた種のように将来性を期待させるモノであった。
あまり詳しく書くと怒られそうなのでここまでにしておく。
赤髪のロングヘアー、切りそろえはされていないものの手入れは怠っていないようで、艶やかな輝きを放っている。
冒険者は仕事の都合上基本的に髪を短くしているのだが、デメリットを加味してまで髪を伸ばす人は少なからず居る。
例を挙げるならば白髪が適任だろう。この国では髪色は黒、茶、赤、紫のように暗い色が多く、白髪は珍しい。その為商業的価値としてその手の接待のクエストを専門的に生業にしている冒険者もいると聞いたことがある。
若々しさを備えた強いハリ、そして少しハネたクセ毛が可愛らしい。
決して追及された美では無い。だがその在り様は美しく視えた。
華やかな貴族たちの装いを観て、徹底的に美と智と力を追求した生徒会長を目にして、なお何かが欠如していた部分、最後のピースが埋まった気がする。
そしてここまで見終え、一秒が過ぎた。
『あの……どうかしましたか……?』
「い、いえ、何でもないです。」
凄まじい情報量が脳裏を駆け巡ったが、僕は至って平常運転だった。
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同時刻、ローズ学園某室内。
「メイお嬢様、手配された資料をお持ちいたしました。それと紅茶も。」
「ご苦労、フリューゲル。いつも最高のタイミングね。」
「これも執事の務めでございます。」
「(1人目は……………なるほど、この記録の少なさ、そしてベルファスの家系なら、色々と辻褄が合いそうですわね。とはいえ3年前に広まった悪評や「錆の邂逅」をクビになった事も踏まえて、彼女の実力は大したものでは無いと考えるのが妥当だけれど、はてさて…)」
「(…そして問題はもう1人の編入生。初等部の第一学年だけど、編入生用のプレテストの答案は、必要な点数分以外は白紙、そしてこの解答のレベルは、明らかに中等部すら逸脱している。理論の簡略性は高等部のそれと等しい程…
更にはこの初等生、あまりにも情報が少なすぎる。生年月日や出身地、性別などもフェイクである可能性すらあり得る。
ん…? そう言えば確かあの地方は………)」
「お茶の御代わりはいかがですかな?」
「あ……ええ、いただくわ。」
「あまり煮詰め過ぎるのはお体に触ります。少しご休憩なされてはいかがでしょうか。」
「…………そうね、夜も更けてきた所。今日はもう床に着こうかしら。」
「かしこまりました。」




