20 別/Repeat
Apparitional Existence of Subverted 、反転した魔的存在。
頭文字をとってAES、一般的には特異体と呼ばれている。
Sランクダンジョンで目撃されるようになった、これまでの魔物とは一線を画す存在。
魔物なのか、からくりなのか、はたまた惑星外生命体なのか。
いや、もしかしたら自分達の知っているくくりで話すことすら間違いなのかもしれない。
既存の単語では説明がつかない存在、それが特異体。
ただ一つ分かっていることは、そいつらは生きているという事。
規則性もへったくれもないが、殺すことができる。
ある説では、元は人間ではないかという説があるが、真偽のほどは不明である。
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何故事件は起きたのか、その原因はわからない。
私だって逃げ出したいが、あまりの言い表せない何かで体が動かせず立ちすくむことしかできない。
あまりの非現実的な光景に理解が追いつかないという事もあるだろう。しかしかれこれ4年近く冒険者稼業をしてきて、色んな悍ましいものに耐性を付けてきたはずなのに、どうしようもなく現実を受け入れられない。
人間が許容できるレベルをアレは確実に超えている。
ずずずっ、ずずずっ、という音を立てながら、ただ前へ前へとアレは迫る。
距離は凡そ40m、向こうの視界はせいぜい3m前後でこちらを認識していないらしい。
勇気を振り絞ったのか、はたまた精神に異常をきたしパニックに陥ったのか、一人の冒険者が剣を構えて突撃していく。
当然ながら多方向から魔法を受けてなお健在しているその肉塊はただの刺突などもろともせず、逆に剣ごとその冒険者を取り込んだ。
中で何が起こっているのかは想像することすら恐ろしい。
叫び声一つ上げず、聞こえるのは肉の擦れる音と、固いものが砕けるような音だけだ。
恐怖、未知への恐怖か、死への恐怖か。
脳へと入り込もうとする情報の波と、それを阻もうとする本能的な脳機構が火花を散らし、意識を手放すことを許してくれない。
まだアレを見てしまってから30秒も経っていないはずなのに、1日中アレを見続けていたような錯覚。
ああ、苦しい。ただ見ているだけだというのに、どうしてここまで苦しかろうか。
「何を呆けておるこのバカ者が!!!!」
魔力弾が頬を掠め、強制的に意識が引き寄せられる。
あれほど静寂だった世界に喧騒が押し寄せ、汗が再び流れ始める。
止まっていた時間が、流れを取り戻したのだ。
「早く動け!! "アレ"は我々がどうにかできるものでは無い!!!」
震える手をナルダ様が掴み引っ張る。しかし足は依然として棒のように固まり、全く動く気配が無い。
「あ、あしが……」
精一杯絞り出した掠れた声は、まるで瀕死のそれに近いものだった。
鐘が鳴ってから1分と経たずして、人間とはこうも変わるものなのだろうか。
生命を支配する感情、恐怖。未だに私は恐怖を打破することができない。
「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
また一人と犠牲者が増えて行く。
十分なエネルギーを蓄えたのだろうか、今度は獲物を捕食せずに■■■し始めた。
「ッ!! まずいッ!! 見るなカーリー!!!」
ナルダ様の忠告も届かず、私の瞳は閉じることを許さなかった。
■■■が■■■になって■■■■した。
ああ、なるほど。だからなのか。
『天使』や『「」の根源』と呼ばれる理由もよくわかる。
一体なぜ自分が発狂しないのか不思議でならないが、私の手を掴んでいるナルダ様の汗が止まらない事から、恐らく何らかの力で私の認識をとどめているのだろう。
しかしその必死の抵抗も敢無く散る事となるのは明白だった。
少しでもナルダが力を弱めてしまうと、カーリーの認識の境目は間違いなく乖離する。現に"それ"を見てしまった他の冒険者や村の住人、協会のメンバーは全員気を失うか、精神がイカレてしまっている。
例え記憶を消したとしても、このふざけた光景はわだかまりとして残り続けるだろう。
体を動かせないのはまだ乖離しまいと理性が本能を抑えているからだ。
だがアレは刻一刻と距離を詰めてくる上、ナルダの体力も限界に近かった。
喧騒の無い、静かな昼下がりだった。
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パァンッッッッッ!!!!!!!!
乾いた音が響く。
いつの間にか隣にいた受付さんが、私の頬を叩いたのだ。
結果として私は2mほど吹き飛ばされ、どうにかしてアレから視線を逸らすことに成功した。
巻き添えを喰らったナルダ様がぐったりと倒れる。
「レディを叩くのは教示に反するが、どうか許してほしい。」
「あ…………」
麻痺している危機感の代わりに、鋭い痛みが僅かに残っていた痛覚を呼び起こす。周囲の音が今度こそ耳に届き、自分が自分であることを再認識した。
血と土の匂いが鼻を突き抜け、思わずむせかえる。
肺に新鮮な空気が入り、生きているという実感が戻ってきた。
「随分遅かったではないか…シャルラッハ………」
「すみません。気配には気付いたのですが、何分武器を調達するのに時間がかかってしまいまして。」
今なお接近し続けるアレをしり目に、懐から取り出した注射器をナルダ様の腕に投与する。
「ちょっとチクリとしますよ。」
「いッ…………… すまない、助かった………」
効果は即座に現れ、青ざめていた顔色はだんだんと色を取り戻していき、
呼吸も落ち着いてきた。
「すぐに片づけてきますから、もう少しだけ辛抱してください。」
そう言って、剣を一本だけ携えて、彼はアレに立ち向かっていった。
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さて。事後報告をしようと思う。
受付さん…もといシャルラッハさんの腕前は凄まじく、アレを1分とかからずして切り刻み、倒してしまった。
あと、どうやら受付さんは男性らしい。正直胸部がお淑やかなお姉様だと思ってました。ごめんなさい。
如何に剣に負荷を与えないよう研磨されたその剣戟は、シンのそれすら凌駕する程で、ナルダ様の冒険者登録のあの日に発した威圧感は本物であったという事が再認識することとなった。
■■■■…既存の言葉で表すなら「増殖」が一番精神汚染が少ないだろうか。ナルダ様のお陰でその部分の記憶をさっぱり消してもらったが、どうも思い出そうとすると恐ろしいまでの吐き気に襲われる。
初めは一体だけだったアレは、ある程度捕食してエネルギーを蓄えると増殖行動に移り、どんどん仲間を増やしていくらしい。まぁ、知りたくも無い情報だったが。
鐘が鳴ってから…いや、アレが村を襲ってからはや5分、村全体がパニックに包まれ、その大半が自殺してしまったらしい。
どうやらアレによってパニックに陥った者は、同一性の症状を周囲にまき散らすらしく、最終的に残ったのは被害を免れた僅かな村人と、丁度クエストで外出していた冒険者数人だけだった。
シャルラッハさんのお陰で大本が断たれたのはいいものの、既に精神汚染を受けた者はどうしようもなく、村としての機能は壊滅してしまった。
彼のつてで「エース協会管轄生命追求組織『ハート協会』」から事後処理係が派遣され、アレの死体処理と残った村人たちのメンタルケアを行ったが、それでも再発の恐れなどから最低1ヶ月は監察状態が続くだろう。
結果、私達はバルガ村からの移動を余儀なくされた。
何故かシャルラッハさんが持っていた都市部のとある学園への招待状を貰ったので途方に暮れることは無くなったが、バルガ村にも慣れてきた頃でこの事件は、苦しいものがある。
故郷を失ったそれに近しいものだった。
裁縫を教えてくれた織師のおばさんや、いつもお世話になっていた宿屋の店主さんも、パニックに巻き込まれて死んでしまったらしい。
活気あふれる昼下がりのはずが、今度は本当に静かだった。
死の気配だけが村を覆い、この村は二度と今までの日々が戻ることは無いような予感さえ感じさせた。
それでも私は進まなければならない。母さんが死んで、逃げるようにして村から出て行ったあの日から、もう過去に戻ることはできないのだ。
カタルシスに浸ることなど………もう二度と………
…気を取り直して今後の話をしよう。
少し古い招待状だったが、ナルダ様は初等部、私は中等部から参加できるらしい。
謎が多い人物だが、最後まで彼に助けられることになった。
感謝が尽きない。
脳筋な世界だが当然学業は必要であり、リーゼ村にも似たような施設が存在する。学園のような専門機関と比べるとかなりお粗末なものだが。
クラブ協会公認教育機関ローズ学園。
そこは冒険者と言うよりも協会に入るための養成学校みたいなもので、冒険者を排出するのは副産物らしい。
一応冒険者登録の筆記試験において40点以上取れれば問題なく中等部からの授業はついて行けるらしく、留年や退学の心配は無いらしい。
今まで血生臭い冒険者稼業をやってきたわけで、唐突に「学園」と華々しい言葉を言われても実感がわかないが、現に今ローズ学園がある都市、クレセント行きの馬車に乗ってしまっている以上どうしようもない。
しかしあまりにも情報量が多すぎて、まとめていて少し疲れてしまった。
クレセントには休憩時間含めあと3時間ほどかかるらしいから、少し眠るとしよう。
ナルダ様も馬車に揺られてうつらうつらとしている。
「おやすみなさい、ナル様。」
「んん………」
ちょっと導入に無理矢理感がありますが、次回から学園編です。
一応ざまぁタグを付けているので、少しずつ入れていこうかなと思います。




