17 痛みの夜
目を覚ました場所は、ギルドの医務室の中だった。
後から聞いた話だが、ナルダ様の事が気になって気配を殺しながら仕事をサボ…追いかけてきた受付さんに運んでもらったそうな。
どうやら一部始終とまではいかないが、途中から「金」との戦闘も見ていたらしく、私が気絶したタイミングでこれはまずいと思い割り込んでくれたらしい。
Bランク以上のダンジョンには入るのに条件がいる為、ギルドが正式に発行した入場券がいるのだが、危険度が低いゲイザー森林はこっそり(<共鳴>にも聞こえないレベルで気配を殺して)入ってきたようで、末恐ろしい。
もう全部この人1人でいいんじゃないかな。
「金」の目的はダンジョンに置かれた結界装置の奪取のようで、私が来たときには既に目的は達成されていたらしい。
私と戦ったのはナルダ様の挑発(?)もあり、気が向いたからのようだ。迷惑極まりない。
なんで色付きほどの冒険者ががこんな辺鄙な所に来たのかとか、誰にも言っていないのになんでナルダ様だと一目でわかったのかとか(戦う必要はあったのかとか…)。
冷静になったらツッコミ所が満載だが、私の予測する範囲ではそれが正しいことが証明できたとしてもどうしようもないので、ひとまず置いておくことにした。
当面の目標は採取、討伐等のクエストをこなし、冒険者ランクをCまで上げることだ。一応私も自力でCまで上がり、その後「錆の邂逅」でBに上がったがクビになって結局Cに下がってしまった。
パーティを立ち上げるのは…また今度にしようかな。
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「………ん……あれ、ここは………」
木造の部屋、ほとんど空のベッドが並べられたその一番端。
少し硬め、とはいえシーツと布団はしっかり洗浄されており、清潔なベッドの上で目が覚めた。
「金」の拳が直撃した胸部と腹部は依然痛いままだが、少しは良くなった気がする。
あれからどれだけ経ったのか、外は暗く、月明かりが窓越しに部屋を照らしている。
ぼやける視界も相まって見える範囲は限られているが、周囲に2~3人程寝ている人が見えることから、恐らくギルドの医務室あたりだろうか。
体を動かそうとして指先に意識が向いた瞬間、そこに何かの感触が走った。
それはふにふにとしていて、ハリのある弾力性に富んだものだった。
前に一度父さんのお土産にあった「ましゅまろ」なるお菓子によく似た感覚。いつまでもこのまま触り続けていたいと思えるほど、その低反発の質感は今までに感じたことが無いほどの幸福感を得た。
起きて早々は寝ぼけて思考がはっきりしないと思っていたが、どうやらそれは違うらしい。視界はまだぼやけているのに、指先の意識だけがやけにはっきりしている。今なら微細な温度変化でさえ感じ取ることができるかもしれない。それ程までに鋭敏化した感覚。
まるで脳がこの幸福感を少しでも多く得ようとしているかのように、呼吸すら忘れる程に、私の意識はその耐え難いやわらかな質感に吸い込まれて行った。
気付けばそれが何かさえ確かめずに数秒が経過していた。
一心不乱に指先だけを動かし、表情筋を緩ませるその姿はただの変態だろう。
風俗で大金をばら撒く貴族がこんな顔をしているイメージだが、まさか庶民の私がこんな顔をするとは思うまい。
だらしなく口元を垂らした無様な格好は、完全に酔っぱらいの変態である。
「(気持ちよすぎて気付かなかったけど、この柔らかいもn
あっ(察し))」
さて、感触を数秒間ひたすら楽しんだ後ようやく我に返ったが、私のベッドに入ってくる、つまり添い寝する人など1人しかいるまい。
いつもは余計な思考に走りがちだが、今回は珍しく問いから解まで一直線だった。
まず第一に襲いかかるのは羞恥心だった。
急いで起き上がりブンブンと顔を振り回し周囲を確認するが、幸いにも今は夜で誰もいない。つまりあの顔は見られていないとほっとする。
そして次に来たのは緊張とも違う、何とも言えない感情だった。
手を繋いだりおんぶしたりはあったが、自分から積極的に彼女(?)に触れたのは初めてだ。
まるで初めて他人に触れた時のような、後悔でもないが幸福でも無い、何か達成感のような、どこかしら成長したような気持ち。
だが決して悪いものでは無かった。
行為が行為でなければの話だが。
『うむぅ………んぅう…?』
「(やばい起きちゃう起きちゃう…)」
急いで布団を戻し、頭をさする。
昔は寝付けないときはよくこうやって頭をさすってもらったものだ…
さすってもらい安心したのか再び眠りに落ちて行く様子を見て、私ももう一度ベッドに横になる。
ちらっと顔を回すと、幼女の健やかな寝顔が映し出される。
外見は昔の私と瓜二つだけど、神獣の時の毛色と同じ真っ白な髪。唯一の相違点。
まるで妹ができたようだった。一人娘の私は兄弟姉妹がいる同世代の子達が羨ましくてしょうがなかったことを思い出す。
そして、それを父さんと母さんに言うと、いつも二人とも一瞬悲しい顔を見せた事も…
「ふふ、おやすみなさい。ナルダ様。」
でも今なら、その理由が分かる気がする。
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数時間前の事。
受付さんがカーリーとナルダを背負い、ギルドの医務室まで何とか辿り着いた後の話。
「すまない、助かった。シャルラッハ」
「お気になさらず。少し奇妙な形ですが、昔の恩を返したまでです。ナルダ様。」
「…やはり既に気付いておったか。」
「一応今も貴方の契約者ですから、ある程度のシンパシーは働きますよ。」
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シャルラッハ。神獣ナルダとの契約者の1人であり、かつて最前線で名を馳せていたSクラス冒険者。
次期「色付き」になる事は間違いない成績を収めていたが、とある事情により冒険者のライセンスをはく奪された。今はギルドと依頼人を仲介する受付役をやっている。
なおこれまで性別を伏せていたが、齢50に届きそうだというのにピッチピチの美男子である。客商売は好調なようだ。
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「冒険者を辞めたとは聞いておったが、まさかこんなところで呆けておったとはな。」
「その点については申し訳ありません。私も自暴自棄になっていましたから…」
「生を誓った伴侶を失えば、誰でも我を忘れるのは仕方あるまい。寧ろ逆恨みでお主が殺されなかったのは幸いだった。憎しみの連鎖程恐ろしいものは無いからな。」
「しかし、何故そのような姿に?」
「まぁ、少し長くなるが…」
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「…やはり「金」が関与していましたか………」
「ああ、おまけに頼みの綱のアイボリー…「白」も行方知れずの状況だ。お主も公には動けないとなると、今我に残されているのはカーリーしか居ない。」
「「白」の娘さん…でしたっけ。彼女も私達同様あまり良いスキルに恵まれなかったようですね。いえ、幸いと言うべきか。」
「だからこそ今我は危篤状態にあるわけだがな。
…さて、話を戻すが、今我々に必要なのは遺物クラスに対抗できる武器と、我の肉体を維持、促進させるための魔結晶だ。アテはあるかの?」
「…ないわけでは無いですね。遺物クラスとなると相当熟練の工房に依頼しなければなりませんが、それには大量の資金が必要になりますし、それに使うのは彼女でしょう? 今の彼女の腕前では、持て余すことが目に見えてますが…」
「まぁ技術に関してはどうとでもなるが、肉体面に関しては同意せざるを得ないな。スキルによる成長促進の恩恵はほぼ皆無に等しい。」
「魔結晶に関しては私が何とかしましょう。ここいらで手に入るものは純度が低いので促進は厳しいですが、肉体の維持であれば何とかなると思います。」
「では問題はアレに対抗するための武器か………
いや、待てよ……確か200年程前に1人……もしかするとアイボリーも…」
「…? どうしました?」
「装備に関しては我の力でどうにかなるかもしれん。一歩間違えれば全てが終わるかもしれんがの。」




