9.好意
「···だめっ、まあくん···。それだけは、やめて······」
「そんなかわいい声出しても私は止まりませんよ、清華様」
「ねえお願いだからまあくん。もうこんなことやめましょうよ······。あぁん!」
「はい、これで私の勝ちでございますね」
「もー、なんで勝てないのよー」
これで1勝10敗だ。
土曜日の夜、私とまあくんは二人でオセロをしていた。この前買い物にいったとき、好きでもないのについ衝動買いしてしまい、もったいないのでやろうかということになったのである。
はじめの一回は、経験がある私が勝てたのだが、二回目からはなぜか歯が立たなくなり、今に至る。
「清華様はもう少し考えてから打つべきです。感覚に頼るのは悪いとはいいませんが、それではチャンスにも気づきませんよ」
「うるさいわねっ。ちょっと勝てたからって調子にのらないで。次は絶対私が勝つんだから」
「えぇ? まだやるんですか?」
「なによ、なんか文句あるの? それとも契約破棄してあげてもいいのよ」
「······」
何度か言ってみて気づいたのだが、まあくんはこの言葉にとても弱い。契約がなくなるのはそれほど嫌なことなのだろう。私がこれを言うとまあくんは決まって黙りこんで私を見つめてくる。その顔がみたいから何回も言っているのではあるが。
「さあ、始めるわよ。私が黒でいいわよね?」
「ええ、よろしいですよ」
そう言って始めてみたけれど、まあくんに一向に勝てる気がしない。回数を重ねれば重ねるほどまあくんの石が増えていき、私の石が減っていく。
私がすぐに打っていくのに対して、まあくんは慎重に考えてゆっくりと打つ。オセロでなにを考えるんだと思うが、実際に負けているのでなんとも言えない。
ふとまあくんと私の手が触れた。小さなちゃぶ台にオセロ盤をおいて座っている形なので、必然的にまあくんとの距離が近くなり、まあくんの息づかいや小さな仕草も全て分かってしまう。まあくんの方はというと全く気にしてないようで、こちらに見向きもしないで盤の方ばかりを見ている。今てが当たったことも気づいていないようだ。
「ねえ、こうやってしてみるとさ、なんかほんとの恋人みたいだよね」
しまった、思い付いたことをつい言ってしまった。この人とはそんな関係になっちゃいけないのに。
「ごめんっ。今の忘れて私、つい······」
「いえ、大丈夫でございますよ。この前言ったことはあまり気になさらないでください。私がきちんしていればいいのですから」
悪魔は人間に恋しちゃいけないというのは、一部の悪魔にとっては障害だと感じるのだろう。でもまあくんに限ってはそんなことはありそうにない。いつもクールに決め込んでるし、私がなにか意識させるようなことを言ってもぜんぜん相手にしてくれない。
そう思うと少しだけ腹が立ってきた。私のことは女としてみてくれないってことなの? できないことだと頭では分かっているけど、そう思うのをやめることができない。
「ねえまあくん、なにそんな考えてるの?」
「ん、いやちょっと待ってくださいね······」
「ねえまあくん! ねえってば! あ、ふーん、そうなんだ。私のことなんかどうでもいいんだ。分かったわよ。勝手に一人でやってれば」
「ちょっと、今考えてるんですから静かにしてくださいよ」
「な、なによその態度! もう本当に知らないからね!」
そう言ってもまだまあくんは考えたままだったので、私はおもいっきりまあくんを叩いて一人で布団に潜り込んだ。
「あ、ま、待ってください清華様。まだ勝負の途中ですよ」
「もういいっ。まあくんもオセロも大っ嫌いよ!」
「······そうですか。では片付けておきましょう」
「ねえ、はやく電気消してよ。寝られないじゃない。そんなことも分からないの?」
「清華様、どうされたのですか? なにか怒ってらっしゃいますか?」
こういうところはまあくんは鈍感過ぎる。もっとはやく気づいてくれていいのに。
「もうっ、なんでもないから! はやくしてよ!」
一瞬でもまあくんに期待した私がバカだった。こんな感情を持ってもどうにもならないのだ。
「清華様、あなたは少し勘違いをしておられます」
「なによ」
「私だって我慢してるんですよ」
「え?」
「だってそうでしょう? あなたのような年頃の女性と一緒に住んでいて、なにも思わないわけありますか? ルールがあるから、守らないといけないから、と思って押さえてはいますが、私だってあなたのことをなにも意識しないわけじゃありませんよ」
「え、そうだったの······」
「もちろんです。しかし、これも本来は清華様には言ってはいけないことでしたが、この際仕方ありません」
「じゃ、じゃあ、せめてあなたが帰るまで彼氏のふりしてよ」
「それはできません清華様。この前は一日だけだったからまだ許せましたが、帰るまでずっとそんなことしてたら、本当に私が帰れなくなってしまいます」
「じゃあ分かったわ、せめて敬語はなしにして。それ以上はなにも望まないから、お願い」
「いえ、それもだめでございます。一度妥協してしまうと止まらなくなってしまいます。私も我慢いたしますので、どうか清華様もここはこらえてください」
「······分かったわよ。今日はもう寝ましょ······」
なにもできないのは残念だったが、まあくんの本当の気持ちが知れただけでもよしとしよう。