5.一億
「そんなに急いで決める必要はございません。私が言うのもなんですが、清華様は少々疲れていらっしゃるのです。もう一度よくお考えください」
「いいの。もう決めたわ。ねえまあくん、交渉しましょ。何円までなら出せるのかしら」
「今の清華様には一円もお出しすることはできません」
「なによ、それ。契約違反でしょ。いつでも願いを叶えられるようにそばにいるんじゃなかったの?」
「······それはそうですが、しかし······」
「じゃあ早くしなさいよ。さあ、何円までなら出せるの。言ってごらんなさい」
「······分かりました。ですが今はできません。今日の夜にするというのはどうでしょう」
「はぁ? なによそれ。いいわけないでしょ」
「ですがいまここに大金が出てきても持ち運ぶことができませんよ?」
「······分かったわよ。じゃあ今日帰ったら絶対だからね。···さぁ早く行くわよ」
ショッピングモールに着いてからも私の頭は願い事の話でいっぱいだった。まあくんが私に、ずっと考え直すよう説得していたが、それもほとんど耳に入らず、欲しかった服も適当に目についた三着だけ購入し、早々に帰宅した。
そして、いよいよ二つ目の願いを叶えてもらうときが来た。
「まあくん、あらためて聞くわ。何円までなら出せるの?」
「決意は固いのですね、清華様。分かりました。ですが、あまりに大金は出せないので、そうですね、1000万円でどうでしょう」
「1000万? だめよ。少なすぎるわ。一億でどうかしら」
「一億円ですか······。しかし、そのような大金を持ったところでなにもいいことはありませんよ」
「うるさいわね。あなたはできるか出来ないかだけ言えばいいの」
「不可能ではございませんが、しかし······」
「出来るのならいいじゃない。決まりね、一億円。ところで、どうやって一億円も出すの?」
「基本的に悪魔が力を使えるのは夜、月が出てからですので、今日ですと九時頃ですかね。力の使い方は人間に教えてはいけませんし、周りで人が見ていないときに行わなければいけないので、そのときは清華様には眠っておいてもらいます」
「わかった。それぐらいなら別に問題はないわ」
「ではそのようにさせていただきます」
残念ながら今すぐに一億円を拝むことは出来なかったが、約束はしっかり結べたし、あとは夜になるのを待つだけだ。
これでやっと貧乏生活から脱却できる。一億円もあればなんだってできる。私は今のうちにやりたいことを考えておくことにした。
まずはこのアパートから出たい。大家さんはいい人だけど、それ以上にボロいし立地も悪い。駅近くのマンションかどこかにでも引っ越していい生活がしたい。
それから安定した職業にもつきたい。一億円も、一生遊んで暮らせる金額ではないので、四十歳ぐらいになるまでか、結婚するまでは、それなりの収入がほしい。今のようにアルバイトを何個も掛け持ちして、それなのに人並みに稼ぐことができないのはもう嫌だ。
それから、そうだ、両親に連絡しておこう。借金ができたと言ったときの二人のあきれた顔が今でも忘れられない。今なら大手を振って返済できたと言いに行ける。私を信用しなかったあの二人の驚く顔が目に浮かぶ。
そしてやはり一番は、昔の友達とまた会いたい。借金が返済できたと言えば、みんなとまた元のようにな関係に戻ることができるはずだ。借金が私から奪ったものを取り戻すことが出来るのだ。
願いが叶うことに心を踊らせ、願いが叶った後のことを考えながら、九時になるのを待った。
そして時計の針が九時を回った。
私は、呆けた顔で私があげた本を読んでいたまあくんを子供みたいに急かし、自分だけ布団に入った。
「······では清華様、目を閉じてください。一瞬で眠れる魔法をかけます」
「疲れをとる魔法はないくせに眠らせる魔法はあ······」
言い終わる前に眠ってしまった。
「しまった!寝すぎた!!」
起き上がって時計を確認するともう朝の九時を回っていた。でも、まあいいか。私はもう億万長者なんだし······。
あれ? おかしいな。なぜだか違和感がある。違和感の正体がわからないので、部屋を見回してみる。すると、いつもいるはずの姿がどこにもないことに気がついた。
六畳一間の私の部屋に、まあくんの姿はどこにもなかった。