4.金
二十五日になったので、やっと給料がでた。二つぶんのバイト代で合計二十二万。家賃を引いて十六万が使えることになる。これまではほとんどを借金の返済に当ててきたので、意外と使えるお金が多いことにびっくりする。何ヵ月か貯めれば冷蔵庫や、その他売り払ってしまった家電も買えるだろう。
「まあくん、一ヶ月で食費はいくらぐらいに押さえられる?」
「そうですねえ、余裕をもってですとだいたい六万あれば足りるかと」
「分かったわ。じゃあ今六万渡しておくからこれでおさめるのよ」
「承知いたしました」
つまり私が自由に使えるお金は十万ということだ。とりあえず今ほしいものは、冷蔵庫。あとは新しい服や、再就職するんだったらパソコンもあればいいかもしれない。明日はバイトが休みの日だし久しぶりにショッピングでもいこうかな。このなかで最も簡単に買えるものといえば······
「まあくん、明日服買いにいくわよ」
「服、でございますか。それに、私がいっても大丈夫なのでございますか?」
「私、服もほとんど売っちゃったから今着てるやつともう一着しかないのよ。それにあなたと一緒にいけばあなたの意見も聞けるでしょ」
私の服のセンスのなさは折り紙つきで、自分でもよく分かっている。悪魔と言えども私よりは見る目があるだろう。
次の日、朝の八時に起きるとまあくんはもう朝ごはんの支度をして待っていた。どうやらまあくんは早く外に出たいらしい。まあくんは三日前に二度目の買い出しに行ったきり外に出ていないのだ。
わざとゆっくりご飯を食べてみる。じれったそうなまあくんの顔が愛おしいとさえ思えてくる。
「そんなにすることないのなら、この前あげた本でも読んでればいいじゃない」
「あぁそうですね。読ませていただきます」
そう言って本を開いたはいいもののページがいっこうに進まないのが傍から見ても分かる。そろそろかわいそうだから急いであげよう。
家が郊外にあるためショッピングモールまでなかなかの距離がある。しかし電車賃もバカにならないので、片道一時間を歩いていくことにする。
「ねえ、疲れたまあくん。何とかして」
もとから体力がないのに、日頃の運動不足が相まって、ちょっと歩いただけでもすぐ疲れてしまう。
「それは無理な話でございます、清華様」
「疲れを一瞬で消し去る魔術とかないの?」
「悪魔にそんな力はございません」
あっ、そう。またひとつ悪魔に対するイメージがショボいものになっていく。
と、そこで見覚えのある後ろ姿を発見した。間違いない琴美だ。あの鞄についているストラップは私がお金があった時にプレゼントしたものだ。
琴美とは、大学の時に同じゼミだったことがきっかけで知り合った。当時は一番の大親友だったが、最近疎遠になっていた。こんなところでまた会えるとは。
追い付いて後ろから声をかける。
「琴美、久しぶり」
「わっ、えっ清華? うわぁ、久しぶりー。どうしてここに?」
「わたし、この辺に住んでるのよ。琴美はなんでここに?」
「私はたまたまこの近くに用事があったのよ」
私はここである違和感に気づいた。久しぶりの再会だというのに琴美があまり嬉しそうではないのだ。もちろん、言葉自体は喜んでいるようではある。しかし、それ以上に私を警戒しているように見えるのだ。
「清華、後ろの男の人誰なの?」
「え? ああ、この人は私の親戚だから安心して」
「そう······。ねえ清華、あなたが借金を背負って大変だって聞いたんだけど、ほんとなの?」
「借金は本当よ。でももう解決したから大丈夫よ」
「ほんとに?」
「本当よ」
「ほんとのほんと?」
「だから、そうだって言ってるでしょ」
その瞬間、琴美から警戒の色が消えた。
「よかったあー、私心配したんだからぁ。ちょっとぐらい相談してよね。私たち親友でしょぉ」
「はは、ごめんごめん。じゃあ私、ちょっと急ぐから。また連絡して」
「うん。また飲みにでも行こうね」
そう言って足早に角を曲がった。
琴美が完全に見えなくなってから、まあくんが私に言った。
「あれだけでいいのでございますか? 私に気をつかわれたのなら大丈夫でございますよ」
「いいのいいの。そう言う訳じゃないから。それに······」
「それに、なんでございますか」
「······ねえ、やっぱり人間お金が一番大切なのかな?」
「と、言いますと?」
「見たでしょ、琴美の、今の彼女の反応を」
「······そうですね」
「お金があると分かった瞬間人が変わるんだよ。でも、別にそれは琴美だけじゃない。多分人間なんてみんなそう。今の私だって、この前までの自分を見て友達になろうなんて思わないもん。それに今でもほとんど収入ないし、友達なんて出来っこない」
「そんな風に自分を悲観しないでください、清華様。そんなことを考えてもいいことはひとつもありません」
「そうね、決めたわ。二つ目の願いはお金にするわ」