2.約束
「······わかった?絶対に外にでないのよ。絶対ね」
「わかりましたよ。でもそれ二つ目の願いにならないですかね?」
「うるさいっ。いい?誰が来ても出ちゃダメよ。わかったわね?じゃあ行ってきます」
ごねる悪魔を背に力強くドアを閉め、私はバイトに向かった。変な噂をたてられたくはないので、カーテンを閉めきって、部屋から絶対に出ないことを無理矢理約束させたのだ。
借金が出来て会社をやめてから、私はずっと深夜のコンビニバイトをしていた。どうやら家とコンビニまでの距離ぐらいなら悪魔と離れることが出来るらしく、バイトは続けられそうだ。願いが叶ったとは言っても借金が返っただけで、お金が増えたわけではないので、生活費はやはり稼がなければいけない。いい加減カップ麺だけを食べる生活を脱却したい。それにずっと滞納している家賃も払わなければ。本当に優しい大家さんで良かった。
バイトが終わって帰り道、足早に駅へ向かう通勤する人たちとは反対方向に歩きながら、私は考えた。やはり二つ目の願いもお金にすればいいのかもしれない。
借金のせいで私はたくさんのものを失った。仕事はもちろんのこと、家族には見放されたし、いつの間にか友達もいなくなった。もしまたお金を手に入れて、もとの生活に戻れたとしたら、それら全部、帰ってくるのではないか?
考えていたらいつの間にか家の前にいた。結局二つ目の願いは決まらなかった。
部屋に入ると悪魔が退屈そうにしていた。
それにしてもただいるだけでは悪魔も邪魔でしかたがない。なにか家事でもやってもらえないだろうか。
「ねえ悪魔さん、あなた食事はいらないの?」
あわよくば二人分の食事ぐらいはつくってもらえるかもしれない。
「食べることはできますが、食べなくても死なないので」
「ふーん······。じゃあ料理とか出来ないのね?」
「それは二つ目の願いごとですか、高田様?」
「出来るの?」
「······まぁ、多少は」
うーん怪しいなあ。それにここで二つ目の願いごとを使ってしまうのはもったいない。でもカップ麺はもう食べたくないし······。
「ねえ悪魔さん、願いを三つ叶える前に契約者が死んでしまったらどうなるの?」
「······それは······契約破棄となって魂はもらえませんが······」
「悪魔さん、人間は、食事をとらないと死んじゃうの。わかる?」
「どう言うことですか?」
「私、悪魔さんが料理してくれないと死んじゃう!」
「では願いを一つ使って······」
「えー?私が死んじゃってもいいのかなぁ?」
しばらくの沈黙のあと悪魔はおもむろに口を開いた。
「······わかりました。料理だけですよ······」
「えっ、いいの?ホントに?毎日だよ?」
「······いいでしょう」
「やったぁー!」
まさか本当にうまく行くとは思わなかった。これで当分食事は困らなくてすむ。
「ねえ悪魔さん、悪魔さんは掃除とかも出来るの?」
「······掃除はやらなくても死にませんよね?」
さすがにこれはだめだったか······。まあ掃除するほど部屋にものがないのも事実だけど。それにしても料理をしてくれるだけでもありがたい。
「ねえ悪魔さん、悪魔さんは名前とかないの?」
「私ですか?そうですね、人間界で言うところの名前みたいなものはありませんが」
「えー、じゃあ何て呼べばいいのー?悪魔さん、じゃあ他人行儀すぎるでしょ?」
「お好きなように呼んでいただいて結構でございます」
「じゃあ私が名前つけてあげるよ。えーっとねえ、じゃあ、悪魔だから反対から呼んで、まあくん!どう?」
「高田様がそれでよろしいのであれば」
「あっそれから、高田様もナシ。清華って呼んで?」
「かしこまりました、清華様」
「よろしい!」
かくして悪魔、もといまあくんに契約外で料理をしてもらう約束を取り付けることに成功した。
「それでは早速簡単に朝食でも作りますか?」
「ん、よろしく」
さすが、気が利いている。せっかくこんなにしてもらったのだから。なにかお返ししないといけない。でも、なにか渡そうにも部屋には何もないし、なにか買うお金もない。
そう思って部屋を見渡してみると、押し入れのすみに本が何冊か積み重なっているのが見えた。そういえば唯一の趣味の読書だけは、と思ってどうしてもお気に入りの本だけは何冊か残していたんだった。たしか悪魔がでてくる小説が一冊あったような気がする。あれを読ませてあげよう。気に入るかどうかはわからないけど。
そんなことを考えていると、突然後から声がした。
「ところで清華様」
「ん?なあに?」
「食材は何処にあるのでしょうか?」
あ、そうだった。私の家には冷蔵庫がないんだった。