馬鹿
授業が終わり放課後を迎えると、今日は珍しく理香は俺に声も掛けずに一人で教室を出て行った。本来ならこの行動には何かあったのかと不安の一つでも覚えるのが普通なのだろうが、理香を良く知る俺にはどこへ行ったのかはすぐ分かり、違う意味で不安に襲われ、すぐさま理香を追い掛ける事にした。
ヤバい! あいつ舞ちゃんの所に行くつもりだ!
出会ってまだひと月も立っていないが、これだけ奇行を見せられれば理香の思考は嫌でも読めた。
理香は間違いなく舞ちゃんと麻雀の話をする気だ。
確かに男子の俺でも、何切る? だとか何狙う? だとかいうちょっと深い麻雀の話を出来る友達はいないため、そういう友達を見つけたら会いたくなる気持ちは分かる。それでも理香の場合は度が過ぎているため、放って置くのはまずかった。っというか俺がいるじゃない? なんで舞ちゃんなの!
そんな事を想いながら後を追い掛けると、結局理香の驚異の行動力の前には敵わず、Bクラスに着いた時には既に舞ちゃんに絡んでいた。
「ねぇ、じゃあ図書室行こうか? あそこなら本もいっぱいあるし」
「い、いや……別に私本は必要ないから……」
「じゃあ家来ない? 家なら卓あるし、その上で小説書けばきっと良い小説書けると思うよ?」
「いや、私自分ちの方が落ち着くんだよね……」
「じゃあさ」
案の定理香は舞ちゃんを困らせていた。それは舞ちゃんの表情が引きつるほどの勢いで、ほとんど犯罪と変らなかった。
「理香! お前何やってんだよ! 舞ちゃん困ってるだろ!」
「え? あ、優樹。優樹も来たの!」
恐るべし理香! もう悪霊にでも憑りつかれているのか、俺を見ても『あ、丁度良いとこに来た。これから一緒に麻雀しよう』的な嬉しそうな笑みを見せた。
「来たのじゃねぇよ! お前何やってんだよ!」
「何って、これから舞ちゃんと一緒に遊ぼうと思って」
理香ってマジでヤバイね! 一応遊びの誘いだったのあれ!?
「お前遊ぶって、舞ちゃん嫌がってるだろ!」
「え? そうなの? えっ! そうだったの舞ちゃん!?」
何を驚いてんだよ! 今さらそんな顔で見ても舞ちゃん困るだけだよ!
理香にとっては全く悪気はなかったらしく、俺の言葉に異常なまでの驚きを見せた。
「ごめんね舞ちゃん! 私そんなつもりなんて無かったの! だから御免! 本当にごめんなさい!」
「べ、別に良いよ、気にしてないから」
「ほんとに?」
「うん。だからそんなに謝んなくても良いよ?」
「でも……」
「良いよ良いよ。私もはっきり言わないからいけないんだから」
「そ、そう?」
「うん。だから気にしないで?」
「う、うん。ありがとう舞ちゃん」
本気で謝る理香には舞ちゃんもそう言うしか無いのだろうが、二人を見ていると、二人は幼い頃からの友達のように見えた。
それは理香の明るく人懐っこい性格がなせる業なのだと思うと、なんだかとても幸せな気分になった。
「じゃあ私用事あるから先に帰るね。二人は頑張ってね。じゃあね」
しかしそれはそれで問題があるようで、あまりに距離を縮め過ぎた為、舞ちゃんは遠慮のえの字も無くばっさり別れを告げるとそのまま帰って行ってしまった。
「え、あ……うん。バイバイ……」
このタイミングにはさすがの理香も対応できずただ見送るだけだったのだが、そのあまりにも華麗な躱しには頭の良さを感じ、理香とは違う意味で是が非でも麻雀部に入って欲しくなった。
「おい理香。ちょっと天満呼んで作戦会議しようぜ?」
「え?」
「舞ちゃんを麻雀部に入れたいんだろ?」
「ま、まぁそうだけど……でもなんで急にやる気になってるの?」
「いや俺は初めから本気だから!」
え!? 理香にはずっと俺がやる気ないように見えてたの!? 確かに理香に任せっぱなしだったけどそれなりにやる気はあったよ!?
理香にそう思われていた事にはかなりグサッと来たが、それでもこの先もし舞ちゃんが麻雀部に入ってくれれば、理香と舞ちゃんという両手に花……じゃなくて、やっと麻雀部が設立されて女子と麻雀が打てると思うと、善は急げ、じゃなくて、時は金なり? ……とにかく行動ありだった。
「――じゃあ先ず天満。お前が知ってる限りで良い、舞ちゃんの情報をくれ」
「え……うん、分かった」
早速天満を捕まえた俺達は、いつもの如くCクラスの教室で作戦会議を始めた。
「名前は新垣舞。歳は多分十六。夢は小説家になる事。……あと……あ、女性」
「ちょっとテンパイ君! それは私でも知ってるわよ! ちょっと真面目にやって!」
「えっ! ご、ごめん……」
いきなり情報をくれと言われれば、多分普通の人は天満と同じような事を言う。そう思いスルーしていたらいきなり理香がツッコミ始めた。
「ちょ、理香。先ずは一旦落ち着け。天満なりに話しやすい流れ作ってんだからもうちょっと待てよ?」
もう何なの理香って? 理香って我慢できなくなったらルールとか関係無く勝手にツモ切っちゃうタイプなの?
「分かってるわよそんな事。でも多分十六って何よ? テンパイ君と舞ちゃんって同じ小学校だったんでしょ? なんで不確定要素みたいに言うの?」
そこなの!? 理香が怒ってるのってそこなの!?
何が理香をそうさせるのかは知らないが、火が点き出したようで勝手に熱くなり始めた。
「ぼ、僕、マイの誕生日知らないんだよ……だ、だから、もしかしたら早生まれかもしれないから、も、もしかしたら十五歳かもしれないから……」
てんまーん! お前もどこに拘ってんだよ! そこは大体でいいよ!
「そ、そうなの? それなら別に良いわ……なんかごめんねテンパイ君」
「う、うん。べ、別に気にしてないから良いよ」
理香―! お前もどこに拘ってたんだよ! この二人本当に大丈夫なの?
この高校に入れたからには多分二人は馬鹿ではないはずだが、あまりにも不毛な話で進まない二人に、早く舞ちゃんが加わってくれることを切に願った。
「で、天満、他に舞ちゃんの事で知ってることは?」
「う、うん。ちょっと待って…………」
余程接点が無かったのか、天満は記憶を探るように天井を見上げた。
「う~……ん」
「…………」
「…………」
「…………」
「それくらいかな」
「それだけかよ! お前舞ちゃんと小学校からの幼馴染だろ! もっと良く思い出せよ!」
「え! う、うん……ごめん」
超ビックリ! 今の不毛な時間を返せ!
確かに俺も小中学と女子と遊んだ記憶はほとんど無いが、それでもどの辺に住んでるとか、どんな友達とよく遊んでいたくらいは知っている。そんな俺よりも知らない天満に、何故か瞬時にサッカーの時は絶対キーパーをやらされていたと分かってしまった。
「ちょっと優樹、落ち着きなさいよ? 大体そんな事聞いてどうする気なの?」
さっきまであれだけ天満に注意していた理香なのに、何故か今度は天満の味方をするように俺を宥めにきた。
お前は一体何なんだよ! 理香は一体何がしたいの!?
だがここで理香のペースに合わせればまた話がややこしくなると思い、ため息を吐いて落ち着く事にした。
「天満の時と同じで、何かしらのメリットを舞ちゃんに提示して麻雀部に入ってもらうんだよ。その為に舞ちゃんがうんって言いそうな物探してんだよ」
「麻雀とか!」
「トランプとか!」
「ちげぇよ!」
何なのこの二人? この二人って自分が好きな物なら皆好きだと思ってんの?
どんな状況でも自分の好きな物に僅かでもチャンスがあればテンションが上がるのか、まるで息を合わせたかのように天満と理香は声を上げる。それはそれでちょっと腹正しい。
「じゃあ何よ? あ! また〇✕で勝負しろって言わないでよ! もう私あんな高いトランプなんて買わないんだから! 次買うなら優樹が買ってよね!」
「なんでだよ! なんで舞ちゃんにトランプあげなきゃなんないんだよ!」
どうした理香!? 理香って麻雀以外は何も覚えられないの!?
「じゃあテンパイ君出して」
「え!」
「テンパイ君ならあれより良いトランプ持ってんでしょ? 一つくらい舞ちゃんにあげられるトランプくらいあるでしょ?」
「や、やだよ! なんで僕のトランプマイに上げなきゃなんないんだよ!」
「コレクションしてるなら二つ持ってるのあるでしょ? 一個くらい良いじゃない?」
「やだよ! それなら君の麻雀牌あげればいいでしょ!」
「それは駄目よ! 私は二つも持ってるのなんて無いんだから!」
「じゃあ僕だってやだよ!」
「いいから出しなさいよ!」
何の話をしてんだよこの二人! マニアって馬鹿なの!?
「落ち着けよお前ら! なんで舞ちゃんにトランプとか麻雀牌あげようとしてんだよ! 舞ちゃんはトランプも麻雀牌も望んでねぇよ!」
そう怒鳴りつけると二人はピタッと動きを止めた。そして自分のお宝が取られないとでも思ったのか、何故か二人は安堵したように穏やかな笑みを見せた。うぜぇ!
「な~んだそうだったんだ。ごめんねテンパイ君。なんか酷い事言っちゃって」
「う、ううん。僕の方こそ御免。理香ちゃんの大切な麻雀牌あげろとか言っちゃって」
「ううん。私の方こそごめんね。テンパイ君がトランプ大切にしてる事知ってたのに」
「良いよ別に、僕は気にしてないから」
「なら今度お詫びとして私の麻雀牌見せて上げる」
「え、本当に?」
「うん」
「じゃあその時は僕の宝物も見せて上げる」
「うん。じゃあお互い見せ合いっこしよう?」
「うん」
「じゃあいつにする?」
「そうだね……」
「もう良いよ! お前らいつまでやる気だよ!」
結局その後もぐだぐだと話は続き何も良い案は出ず、その夜俺は一人で小説家についてググる羽目になった。
毎回思うのですが、私の作品に出てくるキャラクターは基本アホです。理香はどちらかと言えば私の中では主人公を任せられるほどしっかりしていたはずなのですが、何かが狂っていました。なんだかんだ言って、何も取り柄の無い優樹みたいなキャラクターが主人公向きなのかもしれません。