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君はjunkie   作者: ケシゴム
第一章
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〇✕ゲーム

 〇✕ゲーム。それは三×三の格子のマスの中に交互に〇と✕を書き込んでいき、先に三つ並べると勝ちというゲームだ。ルールは単純明快で、紙と鉛筆、または黒板とチョークがあれば誰でも出来る為、ほぼ全ての日本人が知っている古のゲームでもある。


 もうどこから始まったかさえ覚えていない理香と天満君の口喧嘩は、何故かトランプを懸けての〇✕ゲームとなり、Aクラスの黒板を舞台に繰り広げられることになった。

 そんな見た目は可愛い女子となすび眼鏡太っちょの争いは、まだ新鮮さ残る一年生たちには最高の余興となり、多くの生徒が見守る中での開戦となった。


「ふっ! あんたなんか一瞬で蹴散らしてあげるわ! 先攻はあんたに譲ってあげるから早くして!」


 勝負事には相当自信があるようで、理香は腰に手を当て余裕の表情で天満君を挑発する。


「何言ってんの? 勝負を挑んだのは君の方だよ? 君が先攻じゃなきゃ勝っても何の意味も無いよ?」


 それに対し天満君も相当勝負慣れしているようで、堂々とした態度で理香の挑発を跳ねのける。


「キッ! 負けてももう一回なんて通用しないんだから!」


 盤外戦では天満君が心理的アドバンテージを得たようで、簡単に熱くなった理香は子供のように悔しそうな表情を見せ、乱暴に真ん中のマスに〇を書いた。


「さぁあんたの番よ!」


 もう演出ではと思うほど仕上がった理香は、そう放つとプロレスラーのマイクパフォーマンスの如くチョークを粉受けに投げつけた。その姿はあまりにもオーバー過ぎて、これはもしやと思った。


 〇✕ゲームには必勝法がある。それは先攻を取った者だけが使える。恐らく理香はそれを知っている。だからこそ今まで矛盾だらけの言動で天満君を挑発した。もしかしたら理香は天性の博徒なのかもしれない。


「じゃあはい!」


 しかしこの必勝法には一つだけ条件があった。それは後攻が✕を〇に隣接したマスに描かなければならない。それを知ってか知らずか、天満君は✕を角のマスに書いた。

 こうなると強引に必勝パターンに持って行って相手に悟られるわけにはいかず、引き分けに持ち込むしか無い。


「はい! 次はあんたの番よ!」

「はい!」

「はいあんたの番!」

「はい!」

「はい!」

「はい!」

「引き分けね!」


 理香もそれが分かっているようで、今回は何も悟らせる事無く引き分けに持ち込んだ。


「じゃあ次はあんたが先攻よ!」

「分かってるよ! はい!」


 二回戦は天満君が先攻となり、定石通り中央に〇を描いた。

 後攻である以上勝ちは難しい局面に、これだけ策を練れる理香なら当然無理はせず引き分けに持ち込み、次で止めを刺すだろう。そう思っていたのだが……


「はい! あんたの番!」


 えっ!?

 

 理香はあろうことか天満君が描いた〇の上のマスに✕を書いた。しかし理香の態度は堂々としており、その博徒と言わざるを得ない立ち振る舞いからはどっしりとした安定感があり、これも作戦のように見えた。


「じゃあ……はい!」


 そんな理香の手の内などとは思いもしない天満君は、逡巡すると適当に〇を書いた。だがその場所は理香にリーチが掛けられないまさかの角マスで、偶然描いたにしてはそこを選んだ嗅覚には恐れ入った。


「はい! さぁあんたの番よ! 早くして!」 

「分かってるよ!」


 このピンチにはヒヤッとした。だが理香クラスになればポーカーフェイスは当然身に付けているようで、何食わぬ顔で乱暴に天満君のリーチを止め挑発する。

 

 うまい!


 この形となると少し考えれば天満君の次の一手で決着してしまう。しかし理香は敢えて天満君を急かすかのように煽り、冷静さを奪った。

 今までの幼稚な言動の全てはこのためにあったのかと分かると、理香の頭の良さと勝負強さに惚れ直した。が! ここに来て天満君が頬をニヤケさせた。


 まさか!? 


 その悪魔的な笑みに戦慄が走った。しかし理香はまだ演技を続けているせいかそれを見ていない。


 ヤバイぞ理香!


 もう手遅れだった。悪魔にでも憑りつかれたかのような笑みを見せた天満は、よりにもよって敢えて一マス開けて理香を葬るダブルリーチが掛った暗黒コンボを完成させてしまった。


「はい。次は君の番だよ」


 あのデブ! 最初から必勝法知ってやがった!


「分かってるわよ! どいて!」


 理香―! もうお前の負けだよ!


 全く全然何一つ博徒の欠片も無かった理香は、まだ自分が負けた事に気付いていないようで、瞳に闘志を宿したままだった。その後ろ姿はとても寂しく、哀しかった。


「え~と……はっ!」


 どうやらやっと勝負が決している事に気付いたのか、理香は小さく驚きの声を零し、ピタッと動きを止めた。


「…………」

「ねぇ早くしてくれない?」

「うっ、うるさいわね! ちょっと黙っててくんない!」


 ブタめ! こいつとんでもねぇブタ野郎だよ! っていうか理香は何を目的として〇✕ゲームなんて挑んだんだよ!


 この非情な現実には、理香ももうどうしようもないようで、惨敗の二文字が体現されたかのような黒板を見つめるだけだった。


「ねぇどうしたの? 君の番だよ?」


 天満は思ったよりも性根が腐っているようで、明らかな勝利を前にしても自分の口からは一切理香の負けを言わない。そんな天満の態度に、怒り心頭の理香は手に持つチョークを戦慄かせる。


 あ、多分天満ぶっ飛ばされるわ……


 全く理香の幼稚さを理解していない天満は、ヒステリーを起こした理香にぶん殴られ、勝負を無かった事にされると思った。のだが……


「……くっ! 私の負けよ! さぁこのトランプは持って行きなさい!」


 意外な事に、理香はあっさり負けを認めトランプを天満に差し出した。その姿はとても紳士的で大人だった。ただ負けた事が悔しい事に変わりは無いようで、頬を真っ赤にし、怒った犬のように頬を吊り上げ、鬼の形相をしていた。


 それはとても不細工で、女子が見せるような表情では無かったが、ただの〇✕ゲームに負けトランプを奪われたというしょうもない理由が幼稚さを浮き立たせ、さらに理香に心を奪われた。


 くそっ! アホだけどめっちゃ可愛い!


「じゃあ約束だからこのトランプは貰うよ」

「持って行きなさいよ!」

「じゃあ、はい。今はこれしかないけど渡すね。残りの八千円は必ず払うから」


 そんな理香の表情に心が痛んだのか、それとも根は優しい奴なのか、天満はトランプを受け取ると二千円を理香に渡し、一万円で買い取ると言った。


 天満―! お前はなんて良い奴なんだよ!


 男だけどこの優しさには惚れてしまうところだった。そんな天満に対し、もう点いた火が収まらないのか、理香はさらに激高する。


「要らないわよそんなの! あんたどんだけ私を蔑めば気が済むの! 黙って私の前から消えなさいよ!」


 天満に負けた事か、はたまた五千円もしたトランプが奪われた事が相当悔しいのか、理香は半ベソをかきそうな勢いで怒鳴る。これには俺だけでなくクラス中の生徒がドン引きしてしまい、もう二人の勝負に飽きて賑やかだった教室がシーンとした。


「もう帰る! 行くわよ優樹!」

「えっ!? お、おい待てよ!」


 理香にとっては天満の優しさは耐え難い苦痛だったようで、遂に教室を飛び出して行ってしまった。そうなるともう天満やトランプなどどうでも良くなり、今は少しでも理香の傍に居て上げたくて追いかけるしかなかった。

 こうして何一つ意味をなさない不毛な戦いは幕を閉じた。

 

 だがやはり麻雀が好きな理香は、その後しばらくはへそを曲げていたが、俺が機嫌を取る為麻雀の話をすると元気を取り戻し、一人で第一打目は字牌を先に切るか後に切るかの話を熱く永延語っていた。


 そして天満というと、後日執拗に理香に一万円を払う為追いかけ回していたが、最終的に『眼鏡を割るわよ!』と言われ支払いを諦め、結局麻雀部に入部してくれる事になった。


 ここまでは先行公開にしたので、続きはしばらく投稿致しません。第二章以降は五月上旬になると思います。

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