麻雀狂とトランプマニア
麻雀部設立に向けて活動を初めて数日が経過した。この頃には学校中に俺達が麻雀部を作ろうとしている噂が広がっていた。だが未だに誰かが参加してくる兆しも無く、何一つ進展は無かった。
それと言うのも、天満君の勧誘以降、理香は執拗に天満君を部員にしようと躍起になり、ポスター掲示くらいしか宣伝はしていなかったからだ。
「今日も天満君のとこ行く気か?」
「当然。今日は秘策があるわ」
放課後になり、いつものように理香が迎えに来ると、今日も懲りずに天満君を付け狙うという理香は、いつにも増して自信気な表情を見せた。
「秘策?」
「えぇ。昨日テンパイ君がトランプ好きだって知ったじゃない」
ここ数日、俺達は勧誘だけでなく後を付け回し探偵のように天満君の素性を調べた。するとその甲斐もあり、昨日やっと天満君がマジックショップに入る姿を捉えた。そして店員から天満君の事を聞き出し、彼の趣味が手品である事を突き止めた。そしてさらに情報を聞き出すため、無駄に高いトランプを購入した理香は、天満君がトランプコレクターだという情報まで得た。
その姿はもうストーカーの域で、最近、あれ? 理香ってもしかして天満君の事好きなの? と思ってしまうほどだった。
「あぁ」
「だから今日はこれでテンパイ君を直撃(麻雀用語で、相手の捨て牌で和了する事。ここでは天満君を狙うの意)するわ!」
そう言うと理香は、昨日買ったレガリアとかいう車みたいなトランプを見せ、悪党のようなニヒルな表情を見せた。ちなみにお値段五千円! 理香って本当は天満君の事好きなんじゃないの!?
だが理香が天満君に固執する理由は超下らないものだった。麻雀部が設立され、もし俺達が全国大会へ出場を果たした時、テンパイリーチという名の選手がいたらそれだけでも相手への脅威になり得るとかいう小学生並みのものだった。っていうか天満利一だから!
だけど全国高校麻雀などというものは存在しない! 残念!
それでも理香とこうして一緒の時間を過ごせるなら特に問題は無く、俺はデート感覚で理香に付き合っていた。
「それで釣る気かよ? 確かに高かったけど所詮トランプだぞ? 無理だろ?」
俺はトランプなどには全く興味は無かった。と言うか多分理香も同じ。それなのに理香は五千円も出して買った。それなら五千円渡した方が早くない?
「分かってないな優樹は。これはなんか有名なトランプの人がデザインしたトランプなんだよ? そんなトランプだよ? 手品だけじゃなくてトランプまで好きなテンパイ君なら、絶対喉から手が出るほど欲しいに決まってるよ!」
トランプの有名な人って誰? アメリカ合衆国の大統領よりトランプ有名な人なんているの?
さすがに五千円も出しただけあって、一応店員からトランプについても聞き出していた理香は、化粧品の箱のようなトランプを見せて自信満々に言う。
「でもそれならもう天満君持ってるかもしれないだろ?」
「そこがミソよ! 五千円もするトランプだよ? これだけ高けりゃもったいなくて絶対封なんて切れないわよ。もし優樹がそんなトランプ手に入れたらどうする? 使いたいけど使えない。こんなもどかしい事無いじゃない?」
「い、いや、まぁ……そうかもしれないけど……」
それだったら俺は買わないよ! どっかの絵画でも買うよ!
「そんな時突然使って良い用のトランプが手に入るってなったらどうする?」
使って良い用のトランプって何? 使っちゃダメなトランプなんてあるの?
「そりゃ買いでしょう! ただ麻雀部に入るだけで憧れのトランプが手に入るんだよ? 分かるこの興奮?」
え? 理香今興奮してるの? 全くエロさを感じないのはなんで?
「私だって貯めに貯めて買った超高級雀牌持ってるけど、それと同じ使って良い用の牌が手に入るならいくらだって手品部に入るわ!」
え? そんな簡単な理由で理香手品部入っちゃうの?
「え? じゃ、じゃあ俺が十万くらいする麻雀牌やるって言ったら、理香は俺と結婚してくれるのか?」
「考えるわ!」
冗談交じりで理香の気持ちを探ったが、OKでなく速攻で考えると言われ、理香は全く俺に恋愛感情を抱いていないと分かりショックを受けた。
「とにかく善は急げよ! この超高級トランプで今日こそはテンパイ君から直撃するわ!」
理香の気持ちを知りショックを受けたせいか、例えでちょくちょく麻雀用語を使う理香にイラっとした。
Aクラスに向かうと天満君はまだ教室にいた。天満君も俺達に狙われている事を知っているのだが、逃げれば追い回されることを覚えたようで、最近では教室で俺達を迎撃する姿勢を見せていた。
「テンパイ君! ちょっとちょっと!」
理香はAクラスに着くと、いつものように入り口から手招きして天満君を呼ぶ。すると天満君は鞄を持ち、いつでも直帰出来る格好でやって来る。このパターンは天満君の必勝パターンで、『最後は用事があるから』への布石となっている。にも関わらず今日も理香は同じことを繰り返す。
「何? 今日も用事があるんだけど……」
天満君はどうやら俺達が尾行していた事を知らないようで、何も知らず今日も同じ戦法を取って来た。
ここ数日の調べで、天満君が部活にも属せず、真っすぐ家に帰る事は知っていた。その上帰宅してからも出歩くわけでもなく、用事があるとはとても思えなかった。
本来ならそこを突けばいくらでも勝機はこちらにあるのだが、戦略もくそも無い理香は全くそのことに気付かずいきなりトランプを見せ始めた。
「じゃ~ん! これ何か分かる?」
「あ! それレガリア! どうしたのそれ!」
まさかの展開だった。死んだ魚のような目で汚物でも見るような表情をしていた天満君だったが、理香がトランプを見せると今までにない喰い付きを見せた。
「これ? 実は知り合いのマジシャンからもらったの」
「えっ!? 君マジシャンの知り合いいるの!?」
「うん」
「ホントに!?」
こいつマジか!? 平然と嘘つきやがった!
ここに来て初めて理香という好きな子に恐怖を感じた。それと同時に一気に恋が冷めた気がした。が、これは冗談だったようで、天満君が羨望の眼差しを向けると同時に、理香は「うそ」と小悪魔的な可愛らしい笑みを見せた事で、胸がキュンとしまた一つ理香に惹かれた。
うわぁ! めっちゃ可愛い! 頭に噛みつきたい!
「え?」
しかしその魅力が通じたのは俺だけのようで、天満君には強烈なショックを与えたのか、瞳から一気に光が消えた。それでもトランプの魔力は生きているようで、天満君はずっと理香の手に持つトランプを目で追い掛けていた。
「それよりさ。テンパイ君麻雀部に入ってよ。そしたらきっと手品より楽しいよ?」
「え?」
これだけ天満君がトランプに興味があるのは見え見えなのに、理香はトランプを一切あげるとは言わない。それどころか事もあろうに天満君が手品を好きな事を知っている事を容易に口にした。
下手くそ! お前は駆け引きって言葉知らないのか! 本当に麻雀やった事あんのか!
天満君にとっては、いつ俺達が自分が手品好きなのかを知ったのかというぞっとする話だったらしく、理香の言葉を聞くとピタッと動きを止めた。そんな天満君の事などお構いなしの理香は、全く調子を変える事無く押す。
「麻雀ってね、四人でやるゲームなんだよ? だからさ、自分の手だけじゃなく、相手の手を予想したり気持ちまで考えて戦わないといけないの。それこそ状況によっては他家と協力したりしてトップと戦ったりするの。でもね、麻雀で一番面白いのは上がった時にここはこう打ったんだとか、どう切ったかを皆で話し合う事なんだよ?」
人によってはそれぞれ違うと思うが、理香の話を聞くと出来上がった手を皆で考えるという姿はとても楽しそうに見えた。だが自分の手だけじゃなく相手の手や気持ちを考えて戦うと言った理香が全く天満君の気持ちを考えていない事を思うと、説得力は皆無に等しかった。っていうかいい加減テンパイ君って呼ぶの止めろよ!
「だからさ、テンパイ君が麻雀部に入ってくれれば私達といつでも手品の話出来るんだよ?」
あれ? もしかして理香今説得してる?
「あ、別に手品だけじゃなくてもいいんだよ? 別にトランプの話でも良いからさ?」
え? そんな感じの部員でも良いなら別に天満君に拘る必要無くね?
こんな全く流れを作れていない説得では当然天満君も分かったという筈も無く、黙って目を泳がせるだけだった。ただ、いつもの「用事があるから」が天満君の口から出ない所を見ると、ある意味今回は進歩した気がした。
「ねぇ駄目?」
「……あ、あのさ。なんでそんなに僕に拘るの? それなら別に僕じゃなくても良くない?」
「そんな事無いわ。テンパイ君じゃなきゃ駄目よ」
「ど、どうして?」
「だってテンパイリーチよ! 麻雀以外テンパイ君が輝けるのは無いのよ!」
お前は何を言ってるんだよ! どんだけ交渉下手なんだよ!
「ちょ、理香。ここからは俺が交渉するから、理香はちょっと黙っててくれる?」
「え? ……分かった」
トランプという武器を手に入れ、今日こそは成果を上げられそうだと期待していた中、最後の最後での発言にはもう理香には任せてはおけなかった。そこで理香のどうでもいい理由がはっきりした事もあり、ダメもとで勝負する事にした。
「ごめん天満君。理香の話は忘れて?」
「え? う、うん」
「この際だからはっきり言うけど、俺達実はずっと天満君の事探ってたんだ」
「え?」
「探ってるって言ってもただ隠れてついて行ってただけだけど」
「そ、そうなんだ……」
気弱な天満君は、ちょっとあり得ない話を聞いても怒るような素振りを見せなかった。そんな気弱な態度に、完全に主導権はこちらにある事を知り、一気に畳みかける事にした。
「それで昨日天満君がマジックショップに入るの見て、そこで店員に天満君の事聞いたんだよ」
「え! そ、そんな事までしたの!?」
「聞いたって言っても、良く来る子だとかトランプが好きくらいだけだから安心して?」
「そ、そう……」
一瞬ヒヤッとしたが、正直に得た情報を話すと天満君が恐れるように目を反らした。それを見て、ここだ! と思い勝負に出た。
「それでさ。天満君今部活とかバイトとかしてないんだろ?」
「え? う、うん……まぁ……」
「だったらさ、名前だけでも麻雀部に貸してよ?」
「え?」
「最初の内は先生を誤魔化すのに少しの間だけ部活に参加してくれるだけで良いからさ」
「え、でも……」
「部活中は好きな事してても良いから」
「で、でも、それじゃ……」
「何もただでとは言わないよ。もし天満君が麻雀部に入ってくれるならこのトランプあげるから」
「え!」
やはり天満君はトランプマニアだったようで、どんどん小さくなる中でも高級トランプが貰えると分かると一気に表情が変わった。
良し! イケる!
後一押し。そう確信が持てるほど勝利は目の前だった。だが何がしたいのか全く分からない理香は、ここに来て何故か邪魔をしに入って来た。
「それは駄目よ! 私は麻雀が打ちたいの! ただいるだけの人なら要らないわよ!」
なんでだよ! じゃあ天満君誘うなよ!
「大体このトランプは私のよ! 何勝手に上げるって言ってんの!」
お前は何の為に五千円も出してそのトランプ買ったんだよ! マジで意味分かんねぇよ!
「誰かにあげるくらいなら私がケツ拭く紙に使うわ!」
いやマジで何言ってんのこの子!? 理香は一体何の為に天満君に固執してたの!?
理香の求める理想が全く分からず、何が何だか分からなかった。と言うかもう完全に俺の理解を超えていた為、ただ口を開けるしかなかった。だがこれが理香の作戦だったのか、突然天満君が思わぬことを口にした。
「ちょっと待って! そんな事にトランプ使わないでよ! それだったら僕がそのトランプ買うよ!」
「何で私があんたにトランプ売らなきゃなんないのよ! これはもう私の物よ! あんたに売るくらいならメルカリにでも出すわよ!」
なんでだよ! 理香が本当に何をしたいのかが分からん!
「おいお前! お前は天満君を麻雀部に入れたいんじゃないのかよ!」
完全に混沌としてしまったせいで、自分が理香の事をお前と呼んでいる事など全く気付いていなかった。それほど今の俺には理香に対しての恋心もくそも無かった。
「そうよ! でも麻雀打たない人に用なんてないわよ!」
「用無いって、ならなんで天満君誘ってたんだよ! 天満君最初から麻雀知らないって言ってただろ!」
「知らないだけで打たないとは言ってなかったじゃない!」
「い、いや……まぁ、そうだけど……」
意外と話はきちんと聞いているようで、あまりにまともな事を言い始めた理香には正直呆気に取られた。
「でももうテンパイ君は麻雀打つ気は無いんでしょ! ならもう用は無いわ! 他を当たりましょ!」
え~……この数日一体何だったの?
「お邪魔したわねテンパイ君! もうテンパイ君を誘うことは無いから安心して! それじゃさようなら! 行くわよ優樹!」
もうここまで来ると理香が一体なんでここまで熱くなってるのかさえ覚えておらず、周りの目も気になりだした為、とにかくこの場を離れるしかなかった。だが……
「ちょっと待ってよ!」
理香のあまりにも横暴な態度にはさすがの天満君もプライドを傷つけられたのか、大きな声を出し、睨むように立ちはだかって俺達を引き止めた。
「そのトランプどうする気なの!」
ええっ! そっち!?
どうやら天満君もある意味理香と同じ次元の人間だったらしく、自分が蔑ろにされた事よりもトランプの方が心配のようで、あの弱弱しかった表情が鬼気迫る勢いだった。
「あんたには関係無いでしょ! あんた一体何なのよ!」
理香のことは大好きだが、さんざん天満君に迷惑を掛けておいてのこの態度にはさすがに引いた。
「関係あるよ! そのトランプは君みたいな人が持っていいトランプじゃないんだよ! 僕が一万円で買い取るからこっちに渡してよ! はいこれ! 今はこれしかないけど必ず残りは払うから!」
そしてトランプの魔力に取りつかれた天満君が汗だくで財布から二千円を取り出し、一万円で買うと言ったのを見てさらに引いた。
「要らないわよそんなの! 何であんたに売らなきゃなんないのよ!」
「君がトランプを馬鹿にしてるからだよ! 君が麻雀好きだか知らないけど、トランプはそんな下らないものじゃないんだよ!」
あ~あ、言っちゃった。
理香の麻雀好きを知る以上、これには怒ると思った。
「なんですって!」
やっぱり理香は怒った。だけど精神年齢は低いようで、絵に描いたようなムキッ! という表情を見せた。それがまた愛らしく、笑みが零れた。
「じゃあ勝負よ! あんたが勝ったらこのトランプ上げるわ!」
え? まさかこれ作戦だったの!?
表情や言動は完全に子供の喧嘩だった。だが理香が麻雀をこれだけ愛している以上やはり勝負事は上手いようで、これも全て策略だったのかと思うと底知れない力を感じた。
上手い! これならトランプも奪われる事も無く天満君を引き入れる事が出来る! 理香はやっぱり勝負師だった!
「でもあんたが負けたら『麻雀を馬鹿にしてすみません』って土下座して謝ってよ!」
そこは麻雀部に入れじゃないの!? それともこれも作戦なの!?
「いいよ! その代わり君が負けたら一生トランプに触らないでよ! この世の全てのトランプだからね!」
天満君!? 君高校一年生だよね!? これ幼稚園児の喧嘩じゃないよね!?
「望むところよ! 私が負けたらトランプどころかもう百均の手品にも触らないから!」
子どもか! 何? 理香って百均の手品グッズとか興味あるタイプなの?
「絶対だからね!」
「ええ!」
あれ? この高校って結構頭良い人集まる高校だよね? 俺今筒中高校にいるんだよね?
余りに幼稚な口喧嘩に、周りで見ていた生徒たちもクスクス笑いながら見ていた。そんな和やかな空気に、多分先生は飛んでこないだろうと思い、しばらく二人をほったらかす事にした。
「じゃあ早く麻雀できる場所に行こう!」
かかった!
どうやらこれも理香の策略だったらしく、天満君は見事に罠にハマった。それは正に相手から当たり牌を炙り出したかのようで、理香という雀士の実力に恐れ入った。のだが……
「あんたと麻雀で勝負なんてするわけないじゃない! 馬鹿にしてんの!」
何でだよ! 理香ってただの馬鹿なの!?
「〇×で勝負よ!」
馬鹿なの!?
こうして俺達にとっては何の得にもならない勝負が始まった。