オールラスト
“ピンポ~ン”
「あっ! 来た来た! 来たよ優樹!」
「あっ! 走るな理香! 俺が出るからお前は待ってろ!」
キッチンで調理をしていた理香は、チャイムの音が聞こえると玄関へと走り出した。その動きはとても身籠っているとは思えぬほど速く、追いついた時には既に元気な声を出し玄関扉を開けていた。
「あ、なんだ霧崎君か。久しぶりだね」
「あ、あぁ……久しぶり」
今日はある事情で久しぶりに夢縫部の五人で家に集まる約束をしていた。ただ今日の主役は舞であるため、先に四人が集まり舞を迎え入れるという話だったのにもう忘れているのか、三年ぶりに再会した霧崎相手でも理香は相変わらずの調子だった。
「久しぶりだな霧崎。今日はわざわざ済まんな、家まで呼んじゃって」
「いや構わないよ。逆にあの頃のままの佐藤……理香で安心したよ」
専門学校を卒業し、スポーツトレーナーとして活躍する霧崎は、再開するたびに口調が丸くなり、今ではあの頃の堅苦しい面影はない。そう思うたびに仕事の方は順調なのだと感じる。
「そうか。まぁこいつは成長しなさすぎだけどな」
「かもな」
そういうと霧崎は歯を見せて笑った。それがまた優男の良い笑顔で、こいつはマダムには人気が高そうだった。
「それにしても結構良い家だな。お前随分頑張ったな?」
「あぁ。夢だったからこのくらいはしないとカッコ付かないだろ?」
「そうだな」
「でも三十年ローンだけどな」
「そうか。でもそれくらいで丁度良いのかもな?」
「あぁ」
去年念願の夢を叶え俺は家を買った。しかしその時は都合が合わず新築祝いには霧崎たちは来られなかった。だから今日はそれも合わせてのお祝いだった。
「まぁとにかく汚い家だけど上がって霧崎君。もう少ししたらテンパイ君とマイも来るはずだから」
「汚いは要らないだろ! お前夫が必死こいて稼いで建てた家だぞ!」
「何言ってんの優樹。社交辞令に決まってるじゃない。本当に汚かったら私一緒に住まないよ?」
デビューして僅か一年半でタイトルを獲得すると次々タイトルやら記録やらを樹立し、さらにその容姿と天然キャラからメディアやファッション雑誌などでも活躍し、麻雀教本や麻雀牌のデザインやらも手掛け、今やかなりの著名人になった理香だが中身は一切変わってはおらず、一生歳を取らないんじゃないかと……いや、一生歳を取らないのだろう。ちなみについた異名は麻雀牌の転生者。
「そういう訳だから霧崎君上がって」
「あぁ。じゃあ宮川、汚いがお邪魔します」
「汚いは余計だよ!」
変わらない理香の影響か、冗談を飛ばす霧崎と言葉を交わすと、少しだけあの頃に戻った気がした。それはとても懐かしく、歳をとった自分たちの姿が何だか寂しかった。
“ピンポ~ン”
「あっ! 来た来た! ほらマイが来たよ! 二人とも早くクラッカー持って玄関行くよ!」
「いやだから舞はまだ来ねぇって! 多分天満……おい!」
余程舞に会うのが楽しみなのか、理香は全く段取りが頭に入ってはいないようでまた一人で玄関へと走り出した。
「おい宮川。佐藤は妊娠してるんだろ?」
「あぁ。四か月目だ」
「……お前も大変だな」
「だろ?」
それを聞くと霧崎は相変わらず”だな”という顔で笑った。その時間はなんだか高校生に戻ったような気分にさせ、まるであの頃の夢縫部の部室にいるようだった。が……
“パンッ!”
「おめでとうマ……なんだテンパイ君か……」
ちょっとあの頃に浸っている間に、理香はもう待ちきれないのか全然全く打ち合わせを無視して確認もせず扉を開け天満相手にクラッカーを炸裂させたようで、祝砲に合わない虚しい声が聞こえて来た。
そして俺達が到着した時には、貴重なクラッカーを損失させた理香と、大切なタイミングをぶち壊してしまったかと勘違いしている天満の異様な空気が重苦しかった。
「理香、お前何やってんだよ。クラッカー人数分しか用意してないんだぞ?」
「ご、ごめん……マイだと思って……」
「まぁ良いけど……それより久しぶりだな天満」
「う、うん……」
「仕事の方は順調か?」
「う、うん……」
天満は大学を卒業後アメリカに渡った。そしてそこでアルバイトをしながら地道にクラブやバーでマジシャンとして腕を磨いていたらしい。だが元々手品に関しては努力を惜しまず才能もあった為僅か三年程で名が売れ出し、とあるアメリカのオーデション番組に出た事がきっかけで仕事が増え、今ではアメリカではそこそこ名の売れたマジシャンになっていた。
人前に立つ事が多くなったためか、ぽっちゃりしていた体格は痩せてスラッとし、眼鏡もコンタクトに変え、良い美容室にでも通っているのか容姿にはあの頃の面影がほとんどない。あ、ちなみに天満は舞と結婚した。
「どうした天満? 元気無いな? 舞と喧嘩でもしたのか?」
新築祝いには来なかったが、五年ぶりくらいの再会でこっちは嬉しいのに、何故か天満は暗い表情を見せ歯切れが悪い。そんな態度になんだか不安になった。
「い、いや……別にそういう訳じゃないよ。ただ……」
「ただ?」
「なんかごめん」
「え?」
「お、俺のせいでクラッカー無駄にしちゃったみたいで……」
「え! いやいやそれは理香が確認もせず鳴らしたのが悪いんだよ!」
「お、俺レンタカーで来たからさ。ちょっと買ってくるよ。まだ時間あるし……」
テンマーン!
姿形は変われど天満は手品の時以外は気が小さいのは変わっていないようで、申し訳なさそうにする姿はあの頃の眼鏡なすびデブそのものだった。
そんな天満に理香も気の毒になったのか、あの頃よりはちょっとは成長しているようで優しく対応する。
「良いよ良いよ、私のせいなんだし。それにちゃんと予備で一杯買ってあるから安心して」
「そ、そうなんだ……でもなんかごめんね。俺も着く前に連絡入れておけばよかった」
「ううん、いいよ。テンパイ君は一応お客さんだし、配慮が足りなかったのは私の方だから」
さすがにメディアなどで活躍しているだけあってこういう礼儀は心得ている。こういう姿を見ると理香も大人の女性になったと感慨深くなる。
「でもなんか買いに行くなら、ついでにトイレットペーパー買って来てくれる?」
理香―! お前今天満はお客さんだって言わなかった!?
超驚きの展開。理香が大人になったと思ったのは勘違いだったらしい。しかし逆にあの頃のままだからこそこれには全員が笑った。
「まぁとにかく上がれよ天満。もうすぐ舞が来る……」
その時だった。一台のタクシーがやって来て、家の手前でハザードを出し速度を落とした。
あっ! ヤバイ!
まぁいつものことだけど、予定よりも舞が早いのか俺達がのんびりし過ぎたのか、どちらにせよ計画は御破算のようで、慌てた時にはもうタクシーは家の前で停止していて、車内から舞がこちらに向かって手を振っていた。そしてドアが開くと普通に降りてきて、普通に「おまたせ」と言い普通にトランクから荷物を降ろして、普通だった。
「お、おう。ちょ、丁度天満も来たところだったから丁度良かったな」
こうなってしまうともう平然を装うしかなかった。何より舞とはちょくちょく会う機会……というよりあの頃の名残かしょっちゅう遊びに来ていて、俺がマイホームを建てた時も普通に遊びに来て普通に二泊して行った。
どうやら舞は普通の小説家と違うようで、やたらと執筆スピードが速いらしく暇が多いらしい。超羨ましい!
「そうなんだ、リイチ間に合ったんだ。あんまり日本で運転した事ないのにレンタカー使うって言ってたから心配してたんだ。大丈夫だったの?」
「うん。あっちに比べればこっちはかなり車の量も少ないから、右か左かだけ気を付ければ問題無いからね」
「まぁそれもそうか」
家も理香のお陰でセレブと言われる家庭だが、舞と天満の夫婦の話を聞くと自分たちが雑兵に見えた。
そこへそんな事など関係無い理香が駆け込んできた。
“パンッ!”
「芥川賞おめでとうマイ!」
“パンパ~ンッ!”
家の奥さんは世で言う変人なので、相手が芥川賞を受賞した大先生だろうが、折角それを祝うために遠路はるばる皆に集まってもらい準備をしたが全然お話にならないもなんのそので、ただ単にクラッカーが打ちたかっただけのようで歴戦の兵士の如く一人でポケットから何発も取り出し発砲する。
「あ、ありがとう理香……」
“パンッ! パンッ!”
「本当におめでとうマイ!」
“パンッ!”
「おめでとう!」
”パンッ!“
「おめ……」
「もうやめろ! お前ただクラッカー撃ちたいだけだろ! おめーこの後どうする気なんだよ!」
“……パンッ!”
図星だったようで硬直したようにやっと止まった理香だったが、何故か最後に無表情で一発撃ったのは意味が分からなかった。なにより全員で舞のお祝いをしようと言い出したのは理香だったのに、実はただ単にクラッカーを乱射したかっただけの理香という近所迷惑が分からなかった。
だがここで終らないのが理香。
「大丈夫安心して、まだ凄いのあるから」
そう言うと理香は俺達をかき分けるように表へ出て物置へ入って行った。そしてしばらく物置の中でガタゴトすると、大砲のように大きな金色のクラッカーを二つも抱えて出て来た。
「これ内緒で買っておいたの。良いでしょう?」
こいつ何してんだ! そんなでけぇのどこで買って来たんだよ!
本当にどんだけクラッカーを撃ちたかったのかは知らないが、その有り余るバイタリティには恐れ入った。
「さぁマイのお祝いよ! ほら早く優樹こっち持ってそこに立って! で、マイはそこに立ってて」
「え? う、うん……」
「で、テンパイ君は私のクラッカー引っ張って」
「わ、分かった」
「霧崎君は優樹のね」
「あ、あぁ……分かった」
こうなるともう理香の独壇場。あの頃と変らず男性陣は素直に従う。
「じゃあ私がせ~のって言ったら引っ張ってね! 行くよ! せ~の!」
えっ!? もう行くの!? これ人死ぬんじゃないの!?
“パンッ!”
「マイ芥川賞おめでとう!」
一時は大惨事になるかと思ったが、度胸と無鉄砲さは一級品の元夢縫部だけあって、迷わず引いたクラッカーは思ったよりも大きな音も出ず見事な紙吹雪を飛ばし舞を祝福した。
それはとても豪華で、なんだか俺達全員の再会を祝福しているようだった。ただ、飛び出した紙吹雪が玄関先に散かり、祝われているはずの舞までもが掃除をさせられるのは何か違う気がした。
「――よし! 片付けも終わったし、じゃあ皆麻雀しよう!」
掃除が終わるともう誰が言ったなんて言わなくても分かるが、当然のように理香が言った。
「じゃあってなんだよ!? これから舞と、俺が建てた家のお祝いするんじゃないのかよ!?」
「え? 何言ってんの優樹? お祝いは今したじゃない? だから皆で掃除してたんでしょ? それにこの家は優樹が建てたわけじゃないじゃん? 大工さんだよ?」
「いちいち揚げ足を取らんでもいい! って言うかケーキとかどうすんだよ! お前だって一生懸命料理作ってただろ?」
「あ~それ? ……麻雀終わってからでもいいじゃん」
「いいわけないだろ! 麻雀は飯の後!」
「え~」
絶対麻雀しようと言うのは分かっていた。だがまさかいきなり麻雀しようと言うとは思わなかった。さすが麻雀馬鹿!
「でもさ、折角麻雀部屋作ったんだよ? 先ずは皆にそこ自慢しよう?」
家の設計を頼むとき、理香はどうしても麻雀部屋が欲しいと言った。実際麻雀部屋は俺も欲しかったし、どうせならと趣味部屋として少し広めに作った。しかしあろうことか……いや、やっぱりその部屋は理香に取られ、最新の全自動卓やら麻雀牌やらを置かれ、挙句の果ては仕事熱心な理香が契約しているアーケードのオンライン麻雀ゲーム機まで置かれ占拠されてしまった。もうほんと、ゲーム機に関してはゲーセン行ってくれって話。
「飯食った後でもいいべや!」
「え~」
一切そこで飯を食おうと言わないのはさすがだ。そして飯より先に遊ぼうと言うのもさすがだ。理香の前では芥川賞や新築祝いなど取るに足らない事なのだろう。
そんな取るに足らない理香を良く知る舞はこのままでは埒が明かないとでも思ったのか、理香の味方をする。
「そうだね理香。私も先ずは麻雀したかったんだ。ご飯なんて後でいくらでも食べられるから先ずは麻雀しよっか?」
逆逆っ!先食わんとご飯冷めちゃうよ!
「でしょうマイ? テンパイ君も霧崎君もそうでしょう?」
「え? う、うん……そうだね」
「そうだな、先に麻雀した方が早いな」
社会人として成長した二人なら『おい! 俺達は遠路はるばる来た客だぞ!』と怒ってくれると信じていた。なのにこいつらは何を学んできたのかあの頃のままだった。ただ霧崎がさらっと嫌味を言ったのを聞いて、こいつも色々と成長したなとなんだか嬉しかった。
「じゃあ決まり! さぁ皆入って入って! 汚い家だけど」
「汚いは余計だよ!」
「お邪魔します」
「あ、テンパイ君は見学ね」
「え? なんで? 俺も打たしてよ」
「だってテンパイ君ってマジシャンじゃん」
「うん、そうだけど?」
「イカサマされたらさすがに私でも分かんないもん」
「しないよ!」
結局久しぶりの再会に加え舞の芥川賞というめでたい日だったのに、大人になっても俺達はあの頃とな~んにも変わっていなかったようで、麻雀牌片手に夢を語り合った。
ちなみに夢縫部は、俺達が卒業した事でまとまりが無くなり、その年に廃部となった。だがプロ雀士や小説家、元夢縫部だった後輩達が筒中高校初の東大合格者になったり、漫画家やタレントになったりしたことで筒中高校では伝説の部活動として語り継がれているらしい。
完結です。長い間期間が開いてしまいましたが、ご愛読ありがとう御座いました。
ふぅ~! やっと終わった! この作品がというより、この作品の執筆中に色々大変な事があり、完結させられた事に大きな喜びを感じました。どうやら小説というのは時間よりも精神的エネルギーが無いと書けないようでまた一つ勉強になりました。
また新たな作品を投稿したいとは思っていますが、先ずはガンダムのプラモデルでも作ってのんびりしたいと思います。




