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君はjunkie   作者: ケシゴム
第八章
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選択

 リーチを宣言し放たれた理香の発を鳴き、裸単騎だが二萬待ちの大三元を聴牌し、いよいよ最終局面に入った。発を鳴かせたことにより理香にはパオが発生し、もしここでツモ上りか霧崎からの直撃を決めれば三万六千点近くある点差がひっくり返る。事実上これが最後のチャンスだった。


 そこへ霧崎のツモ番。霧崎はツモると牌を入れ、俺の手牌、副露牌、捨て牌に目をやり、理香の捨て牌、舞ちゃんの捨て牌に目線を送り、場を見渡した。

 その表情は、確認というわけではなく、迷っているという感情が滲み出ていた。


 俺が今の霧崎の立場なら、余計な事をしたと理香を睨み、確信的に待ちが分かっていても現物以外は切らず成り行きを静観する。というかほとんどの者がそうするだろう。

 だが雀士として経験が少ない霧崎は役満に怯え、なんとかして理香へ差し込みこの場を凌ごうと考えている。

 理香の一発ツモがあり得る以上、霧崎の迷いはチャンスだった。


 行くべきか行かぬべきか迷う霧崎は場を見つめ長考に入った。そして時折牌を掴んでは戻し、顔を強張らせる。


 理香の待ちはおそらくピンズ。発、東の前に打たれたドラの三筒がやけに目立つ。

 役満気配のする俺に対して理香は目一杯手牌を広げ、ギリギリまで字牌を絞った。それに向かってきたからには愚形待ちもあり得ない。入り目次第で待ちは違うかもしれないが、何万局と打って来た経験がそう感じさせた。


 それに対し霧崎は、まだ待ちまで読めないようで苦しそうな顔を見せた。だがしばらくすると迷いながらもなんとか二枚の牌に当たりを付けたようで、右端に寄せた二枚を掴んでは放しを繰り返し始めた。

 

 誰も口を開かなかった。麻雀の長考にしては長い時間だったが、鉄火場と化した局面では邪魔をしてはならない重々しさがあったからだ。それが霧崎によりプレッシャーをかける。


 無言で見つめられる重圧に耐えかねた霧崎はいよいよ決断したようで、一枚の牌を掴み手を引いた。しかしそこで重圧に負けたようでその牌を打つのを止め、肩を落として安全牌を選択した。


 この勝負がもし野球なら、霧崎はここで力でねじ伏せるストレートを選んだだろう。しかしここは麻雀卓の上。残念だが、絶対的な経験が足りない霧崎は降りるしかなかった。そしていよいよ理香にツモ番が回る。


 理香は既に別次元の存在になったようで、霧崎が牌を捨てると確認もせず手を放すよりも早く山に手を伸ばした。

 

 理香が毎回ツモる毎に嫌なプレッシャーを感じるが、この瞬間だけは理香の手が光りスローに感じるほどの悪寒がした。そして牌が叩きつけられるとツモられたと思うほどだった。だがいくら場が煮詰まっていても、そんなドラマのような事などそうそう起きるわけもなく、全員が深く重たい息を吐くだけだった。だが、打たれた牌が南だった事に深い意味を感じ取ったのは俺と理香だけだった。


 もし俺が自力で勝負を付けるため字一色を狙っていればあの南で決していた。しかし俺が字一色を狙っていれば間違いなく理香は発を切らなかった。あの南は俺にとっては戒め、理香にとっては楔となっていたと知ると、お互いギリギリでせめぎ合っているのが分かった。

 

 そこへ舞ちゃんのツモ番。

 舞ちゃんはツモると霧崎同様場を見渡した。しかしその表情には迷いはなく、確認が終わるとすぐさま理香が今通した南を打った。


 これには正直息を漏らした。それは差し込みに来てくれなかったという事より、恐らく舞ちゃんはまだパオを知らないという事から来たものだった。

 頭の良い舞ちゃんなら、パオを知っていれば差し込み理香から一万六千点をもぎ取る選択をする。それに理香は一萬の四巡後に五萬を切っており、さらに俺が四萬を通して裸単騎でいる今の状況なら、二萬はほぼ安全だと読め、切りやすいはず。そんな舞ちゃんがほぼノータイムで安全牌を選ぶのはそれしか考えられなかった。

 しかしそこを責めるのは恥。ここまで来たら自力で決着するため、山だけを見てツモった。


 すると案の定理香の罠だったらしく、ツモった二筒を見た瞬間黒い嫌な感覚に襲われた。


“これが理香の当たり牌”


 時折起こる絶対感覚。俺は運が無いゆえに良く相手の当たり牌を掴む。そんな習性が長年体に染み付き得た唯一の武器。

 これに加え、今の状況と照らし合わせても間違い無く確信が持てる牌だった。


 この先理香と同テンで勝てる見込みはなかったが、元より既に読まれている待ちで待つつもりは無かった。何より自分の感覚に絶対の自信があった為、牌を入れ替え二萬を打った。

 すると俺には絶対に安全だと思う牌でも、今この卓上ではいつ和了の声が掛かってもおかしくない状況だけに、俺以外の全員が小さく息を零した。

 そして霧崎が現物を打つと、再び理香へツモ番が回った。


 理香は山に手を伸ばすと親指の腹に力を入れ盲牌しながら手を引いた。その姿はとても絵になるほどで、ギュウっと擦る指に合わせ力の入る表情は麻雀漫画の主人公がフィニッシュを決めるかのようだった。

 だが、まだまだ神様は決着を望んではいないようで、ここでも理香のツモはならず、俺にチャンスが回って来た。


 舞ちゃんが現物を切りツモ番が回って来ると、大きく息を吐いてから山に手を伸ばした。そしてツモるとほとんど盲牌など出来はしないのに、親指の腹に力を入れて牌を引き寄せた。

 

 この時二筒が来いなどとは微塵も思ってはいなかった。ただただ何か素晴らしい事が起これという漠然とした想いだけだった。

 そんな想いでツモると、親指の陰から顔を見せた牌は北だった。


“どうする! カンか?!”


 予想外の北に手が止まってしまった。

 確かにここでカンをすれば嶺上牌でもう一枚引けるチャンスは増える。だが先ほど引いた嶺上牌は既に字牌だったし、理香も俺もギリギリ目一杯の状況でそこに懸けるには覚悟が必要だった。

 

“どっちが正解だ!”


 おそらくこの状況なら、嶺上に眠る牌は俺か理香かどちらかの当たり牌。勝負を決めるならここしかない。しかし下手に鳴けば理香にドラを増やす可能性がある分動けなかった。


 外せば終わりの二択に、役満を聴牌したときはしなかったあの独特の鼓動の高鳴りが体を波打った。


 呼吸は小さく速くなり、体が火照る。心臓は激しく躍動し理香達にも聞こえるんじゃないかと思うほど大きな音を立て体を揺らす。


“タンッ!”


「へぇ~。カンしないんだ優樹?」

 

 ここが勝負の分かれ道だと分かっていた。だからこそギリギリでカンをしないという選択をした。それが正解なのか間違いなのかは分からない。だがそう問う理香の声から僅かばかり安堵を感じた限りでは、今はこれで良いのだと笑みが零れた。


「あぁ。あんまり※神様から牌を貰うと罰が当たるだろ?」


 そう言うと理香はふふっと小さく笑った。そして……


「ツモ!」


 ※ 嶺上牌は、神様に捧げる王牌から引くため、優樹は神様から牌を貰うと言った。


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