一騎打ち
休憩を終えて部室へ戻ると、既に舞ちゃんは卓に着いていた。ただその表情は変わらず暗く、ほとんど休憩の効果はなかったように見えた。そしてさらにそれに輪をかけるように天満と霧崎が先ほどの事を引きずり重たい空気を醸し出すせいで、部室内は闇賭博のような雰囲気に包まれた。
これはかなりマズイ状況だった。しかし何も知らない理香だけは相も変わらずで、俺達が戻ると急かすように席に着かせ、舞ちゃんにサイコロを振らせてしまったため、そのまま対局が始まってしまった。恐るべし理香!
そんな局だったが、トイレでのいざこざが風を変えたのか、俺の配牌には白と中と北が二枚ずつあり、さらに第一ツモで発を引き大三元(白、発、中を三枚揃えて上がる役満)が見えるかなりの勝負手が入った。
いける! これなら例え舞ちゃんの親番でもガンガン攻められる!
大三元は役満の中でもかなり出現しやすい役で、鳴いても役が成立する。それを利用すれば例え上がれなくても白と中さえ鳴ければかなり牽制させられる。その上このルールなら仮に舞ちゃんに直撃しても点棒の動きはない。これなら俺がプレッシャーを掛けている間に舞ちゃんに十分時間を与えられる。正に起死回生の手牌だった。そして……
「ポンッ!」
本当に女神様が微笑んでいるようで、一巡目にして早くも霧崎から白が零れた。
この鳴きには理香が目を見開いたのが分かった。今まで俺は攻めの鳴きは一度もしていないからだ。
すると常に俺に対してアンテナを張っていた理香には効果的だったようで、ツモると一打目から少考して置くように静かに北を切った。
「ポンッ!」
これには理香もしまったという顔をしたのが分かった。まだまだ張りぼてだが、俺に字牌が集まってくる事を知っている理香には白と北という鳴きは怖いモノを感じるのだろう。これで後は萬子、ピンズ、ソーズの中張牌をギリギリの手組でバラ切りし、出来るだけ早く中を鳴く事が出来ればこの局は貰ったような物だった。
だがこの鳴きのせいで場は一気に重くなり、舞ちゃんもタイミングを計っているのかその後数巡誰一人字牌を切らなくなってしまう。
――そんな中だった。ある意味運が無いのか、ここでまさかの中を自力で引き当ててしまった。本来ならやった! と喜ぶべきツモだが、今この時に限っては大三元を臭わせ理香達を拘束するためにどうしても鳴きたい牌だっただけに奥歯を噛みしめてしまった。そしてそんなタイミングを狙っていたかのように霧崎がドラを打って来た。
おそらく霧崎は聴牌が近いわけではないようで、俺の大物手を躱すために理香に鳴かせて流そうとしているらしい。それを証明するかのように、霧崎はドラを切ると俺ではなく理香の顔を見た。
こういう事はレベルの高い打ち手が揃う場では良くあることだ。麻雀は四人で戦う競技だけに如何に他家を利用できるかがポイントになってくる。霧崎はまだ中級者と呼ぶには物足りないが、個人得点では圧倒的にラスでもそれを選択する姿はもはや上級者クラスだった。
しかし性格まではまだ読めてはいないようで、理香は霧崎が切ったドラを確認すると迷わずツモを選んだ。
この点差、この局数、この局面。理香の性格上ここで小あがりでの蹴飛ばしはあり得ない。理香はただ勝つというだけの麻雀はしない。
“魅せて勝つ”
プロに必要な物は? と尋ねれば、大凡の者が強いと答えるだろう。しかしそれはプロとしての最低限の素養だ。本物のプロとは、如何に観客を魅了し、如何にドラマティックに勝利を掴む者だけだ。
理香は俺から見てもあまり賢くない変人だと思うが、必ずここ一番ではドラマを作り出す霧崎とは違う超一流のパフォーマー。そんな理香がこの局面で俺に対し真っ向勝負を挑んでくるのは当然だった。
そして案の定舞台は出来上がったのか、ここで遂に理香は字牌である東を強打してきた。
手には東は一枚も無く、普通なら大した切りではないが、あからさまに字一色を臭わせる捨て牌をする俺に対しては暴挙とも取れる痛烈な一打に思わず笑みが零れた。そして頬を緩ませる俺を見てニヤリと歯を見せる理香と目が合うと、言葉の無い会話をしているようで、まるで自分が映画の中にでもいる気分だった。そしてここから本当にドラマのような展開になる。
いくら初心者の舞ちゃんでも字牌を集めている俺がいる中理香が字牌を余し出した事には敏感に反応したようで、ツモると迷わず牌を選び、肩を引くほど手を持ち上げ、中を強打してきた。
「カンッ!」
ここでのカンは本来ならするべきではない事くらいは分かっていた。確かにこれで大三元を警戒させることは出来るが、もう降りる気の無い理香が前へ出てきてしまった以上、自らの手を狭め、ただカンドラを増やす行為にメリットはない。
しかし舞ちゃんの魂が込められた想いに応えないわけにはいかず、勢いだけで鳴いた。すると舞ちゃんの魂が乗り移ったのか、嶺上牌で発を引き、南を切ってのホンイツ小三元(三元牌のどれかを雀頭にして、残りの二つを刻子か槓子にする役 満貫)確定の三萬カンチャン待ちを聴牌した。
捨て牌、鳴き、そして手牌四枚から初めて字牌が出て来た俺の手は、理香達からしたら字一色、大三元まで見えるギラつく手。普通ならここまで行けば誰も立ち向かって来ない独壇場。役満は逃しルール上舞ちゃんからの直撃はできないが、上手くいけば理香か霧崎から一万二千点直撃も取れる最高の形。
勝負だ理香!
直撃しても逆転できる手牌では無いが、僅かな勝機を手繰り寄せる為もう行くしかなかった。そこで役満を聴牌したと明らかに示すため、オーバーアクションで南を叩きつけた。
望みを込め放った南は全員の視線を集め場をヒリ付かせる。それでも下家の霧崎が俺の現物を切って降り一騎打ちとなってもまだ物足りないのか、ここで理香はツモると一番左端にある牌を掴み名残惜しそうに数秒撫でると、鋭い目つきで俺を見て大きく手を振り下ろした。
「リーチッ!」
放たれた宣言牌はまさかの発だった。
背中がぞわっとするほど魂が震えた瞬間だった。
「強いな理香」
「でしょう? でもこれは絶対通るんでしょう?」
「あぁ」
今まで生きて来た全てを込めた牌に、絶対通ると言い切った理香の言葉には素直になれた。
「でもそれはポンだ!」
超感覚で理香が通した牌なら間違いなく罠だと分かっていた。おそらく発を鳴いてパオ(責任払い。麻雀では役満を確定させる鳴きをさせた場合、ツモなら全額、他家の振り込みなら半額を支払わなければいけない罰則)を付けても俺の役は成就しない。それどころか下手をすれば俺が理香から直撃を喰らう可能性もある。何よりいくら役満だからといっても裸単騎(手牌が一枚だけの状態)などみっともない。
だけど好きな人にあれだけカッコいい姿を見せられれば、真っ向から受ける以外の選択は無かった。
発を鳴き手牌は一枚となり、おまけに余った四萬が零れる。これにより俺の待ちは萬子だと理香どころか霧崎にも舞ちゃんにもバレる。しかしそれでもここで胸を張って前へ出た。
「勝負だ理香!」
「勝負よ優樹!」
ここから数巡だが俺の記憶に残る戦いとなる。
次話までまた時間が空きます。完全にリズムを崩してしまい絶不調です。やっと何で遊戯王カードにあんなに金を掛けたんだと悔やむようになってきました。しかし一万円を超えるシークレットレアを当ててしまい、「せどり行けんじゃね?」となり今度はフィギアや一番くじの買い占めなどを始めてしまい暴走中です。
もったいなくて開けられないフィギアなんて要らないよ! めちゃくちゃ部屋に飾りたいよ!




