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君はjunkie   作者: ケシゴム
第一章
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テンパイリーチ

「さぁ優樹、行くわよ!」


 掃除が終わり、それぞれがもう見つけた部活やバイトへと向かう放課後になると、早速理香が俺の所にやって来た。

 手にはパソコンで作った麻雀部設立の勧誘書を持ち、瞳を輝かせている。


「で、放課後の作戦は何すんの?」


 休憩時間や昼休みは、理香は一人で自作の勧誘書を各所に張り歩いていた。そして暇を見つけては同じクラスの生徒に声を掛け勧誘するなど、精力的に動き回っていた。だがそれは全て理香が一人でやっており、結局俺は誘われなかった。

 それが現在の理香の俺に対する気持ちだと分かると、まだまだ理香との距離は遠いのだと落胆した。それでもこうして放課後には一緒に活動しようと声を掛けてくれるだけでも今の俺には幸せだった。


「実は麻雀部に入ってくれそうな逸材を見つけたの。それで今から直接その人の勧誘に行こうと思って」

「そうなの? その人が麻雀するって良く分かったね?」


 理香が一人で見つけて来た人物の話を聞くと、寂しさを感じた。


「麻雀するかはどうか知らないけど、絶対する人だから」

「え? どういう事?」

「まぁ話は後よ。早くしないとその人いなくなっちゃうから、とにかく行きましょう」

「え?」

「とにかく早く!」

「あ、うん……」


 クラスの男子に探りを入れた程度の俺とは違い、一日中学校内を探し歩いた理香を思うと、これ以上とやかく言える立場では無かった。そこで歩きながらでも理香から詳しい情報を得る事にした。


「その人って何年生なの?」

「私達と同じ一年生よ」

「そうなの? 知り合いなの?」

「いえ。だけど大丈夫。絶対その人は麻雀部入るから!」

「そ、そうなの?」


 全く説明はしてくれないが、理香が余計に一人増やした分かなり苦しい状況の中、早くも候補が見つかったことには胸が躍った。


「だってその人、テンパイリーチ君って言うんだよ!」

「そんな奴いるわけねぇーだろ! あっ……」 


 あり得ない名前に、足が止まり思わず乱暴なツッコミが声に出てしまった。これにはさすがに嫌われてしまったと後悔したが、理香と俺の関係は既に恋人と変らないくらい強いため、全く気にする様子も無く理香は目を輝かせてテンパイリーチ君の素晴らしさを語り始めた。


「いるよ! 私昨日クラス表の名前全員確認したもん! まだその人がどんな人かは確認してないけど絶対いるよ! だってここ筒中高校だよ? ピンズと中のホンイツだよ? きっとテンパイリーチ君は私と同じでその名前に惹かれてこの学校選んだんだよ?」


 マジかこいつ!? 理香って筒中がホンイツっぽいから選んだの!? ここって勉強しなきゃ入れない高校なのに良くそんな理由で頑張れたよ! 


「それにきっとテンパイリーチ君ちはプロ雀士の家系なんだよ。でなきゃそんなカッコいい名前つけないもん。きっと背が高くて色白で、黒いシャツとか似合うカッコいい人だと思うよ?」


 いやもうそれは虐めだよ! 阿佐田哲也でもそんな名前子供に付けないよ!

 

「とにかく先ずは見に行こう? そしたら本当だって分かるから」


 逆にそれほどインパクトのある名前なら是非見てみたいと思い、無茶苦茶な事を言う理香の提案だがとにかくついて行くしかなかった。


 そんな理香は、普通に考えれば絶対にそんな名前の人間など存在する筈が無いのにも関わらず、Aクラスの前へ来ると迷わず中の女子に声を掛けた。


「すみません。テンパイ君呼んで貰えますか?」

「え?」

「私Cクラスの佐藤理香って言うんですけど、テンパイ君に用事があって」


 突然の理香の訳の分からない質問に、当然のように声を掛けられた女子は不審な表情を見せた。


「テンパイ?」

「そう。テンパイリーチって人?」


 理香はアホだけどここまで行くと尊敬に値する。もし俺が理香を好きでなければ絶対に関わらない人種だ。


 そんな事を思いながら、好きな人の為なら一緒に恥くらいは安い物だともう少々付き合う事にしたのだが、どうやら本当にテンパイリーチ君は存在するらしく、首を傾げていた女子はパッと表情を明るくさせた。


「あ~、リイチね! ちょっと待って」


 え!? いるの!? 


「お~いリイチ! お前に女子のお客さんだよ!」


 嘘でしょ!? そんな雀聖みたいな人ホントにいるの!?


「な、何?」


 奇跡が起きた。絶対にあり得ないと思った名前だったが、声を掛けた女子が叫ぶと、教室の奥にいたお相撲さんみたいな男子がやって来た。


「この人たちがリイチに用事があるんだって」

「え?」


 ふくよかな体型。脂ぎる眼鏡。なすびのヘタのような髪型。おろおろした挙動。その姿はテンパイリーチと言うより、安パイ無し夫の関だった。


 全く名は体を表していない男子の出現には、さすがの理香も目を丸くしたのが分かった。それでも麻雀狂の理香にとっては、今は部員の確保の方が大事のようで、果敢に向かって行った。


「急に呼び出しちゃってごめんね。私Cクラスの佐藤理香って言うの。で、こっちが同じクラスの宮川優樹。実は私達テンパイ君にお願いがあって来たの」

「え?」


 突然の俺達の訪問にはテンパイ君も驚いたようで、異様なまでに目を泳がせオロオロし始めた。と言うか、多分テンパイ君は体格に似合わず元から臆病な性格のようだった。


「実は私達麻雀部を作ろうと思ってるの。それで是非テンパイ君に麻雀部に入って欲しくて」

「え?」


 見たところテンパイ君は相撲以外は運動は苦手そうで、気弱なため押せばなんとかなりそうな感じがした。だがどう見ても麻雀は知らなさそうな雰囲気に、部員としての期待値は低かった。


「で、でも、なんで僕なの? 僕麻雀は良く知らないよ?」


 やっぱり! 自分の名前がテンパイリーチなのに何故誘われたのかが分からない時点でアウトだ。しかしもう名前に魅了されてしまった理香にとっては通用しないようで、ここからでもガンガン攻める。


「まった~。冗談でしょう? テンパイ君くらい素晴らしい名前持ってるのに、麻雀知らないなんて嘘よ。あ! それとももう部活見つけちゃったの?」

「い、いや。僕運動とか苦手だし……」

「じゃあ麻雀部入ってよ~? そしたら毎日フライドチキン買ってきてあげるから?」


 おい! お前は麻雀以外は何も知らんのか! どんだけ失礼なんだよ!


「い、いや。別にフライドチキン好きじゃないし……」


 テンパイ君! 今のは怒っても良いんだよ! 


「じゃあ私の宝物の麻雀牌見せて上げるから」


 何でだよ! こいつはいつまでテンパイ君が麻雀好きだと思ってんだよ!


「い、いや牌もぺつに良いよ……」


 そりゃそうだ! 麻雀知らん奴に麻雀牌見せても鬱陶しいだけだよ! って言うかあげろよ! どんだけ駆け引き下手なんだよ! 理香って本当に麻雀やった事あんの?


「じゃ、じゃあ……私のパンツ見せて上げるから」

「おい! 何をしにここに来たんだよ! 俺達は脱衣麻雀部作るわけじゃないんだろ!」


 どうやら俺が恋した子は頭の方が故障しているようで、理香がパンツを他人に見せるかどうかよりも、変態になってしまう悲しさに負け止めに入った。


「で、でも……このままじゃ折角見つけた逸材を逃しちゃうんだよ?」


 逸材は名前だけ。


「じゃあもっとスマートな勧誘すれよ!」

「スマートって?」

「……俺が勧誘するから理香はちょっと見てろ!」

「わ、分かった……」


 このままではテンパイ君どころかこの先誰一人勧誘出来そうにない状況に、手本を見せる事にした。


「ごめんねテンパイ君。今の話は忘れてくれ」

「え? う、うん……」


 どうやらテンパイ君は人間ができているようで、これだけ訳の分からない理香の言葉を聞いても分かったと頷いてくれた。


「改めて勧誘する。俺達は麻雀部を作ろうと思っていて人を集めてるんだ。それでテンパイ君が嫌でなければ手伝ってほしんだ」

「で、でも。なんで僕なの?」

「それはほら。君がテンパイリーチっていう正に麻雀の神様のような素晴らしい名前をしてるからさ」

「え? ごめん。君達さっきから何言ってるの?」

「え?」

「僕、天満利一てんまんとしかずだから……」

「え?」

「天国の天に、満たすっていう漢字で天満。としかずは利益の利に数字の一で利一だから。だから多分人違いだよ?」

「…………」


 理香ってよくこの高校に入れたよ! あの漢字でテンパイリーチって読むってどんだけだよ!


「そういうわけだから……ごめん。僕麻雀打てないから他の人当たって」


 理香が読み間違えしなければ、もしかしたら天満君を引き込むことができたかもしれない。しかしこの痛恨のミスにはさすがに理香も心が折れたようで、俺達はそそくさとAクラスを後にするしかなかった。


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