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君はjunkie   作者: ケシゴム
第八章
36/48

いざ勝負!

 九時ギリギリに登場した霧崎は、いつもよりさらに近寄り難い雰囲気を醸し出していた。それは事情を知らない理香達にも伝わるほどのもので、部室全体の空気が一変した。そして霧崎は、今日は俺と戦うために麻雀がしたいと旨を伝えた。


 これを聞いた理香達は、その真剣な眼差しに勝負の重さを感じたのか、理由も聞かずただ分かったと納得してくれたのだった……


「――勝負のルールを決めたい。宮川、お前の要望はあるか?」

「い、いや……無い」

「そうか」


 どんだけテンションを高めて来たのかは知らないが、もう命の取り合いでもするかのように仕上がった霧崎はアホだった。

 確かに負ければ俺の人生に大きな影響を与える勝負に変わりはないのだが、既に死刑が確定しているような今の状況ではそう思わざるを得なかった。


 って、あれ!? よく考えたら霧崎リスク負って無くね!? あるとすれば舞ちゃんにフラれるくらいじゃね!?


 今の今になって超驚愕だった。ずっと負けたらどうしようとばかり考えていて、今さらこの勝負が不公平であることに気が付いた。しかし既に問題無しと口にしてしまった以上、後の祭りだった。

 

「では持ち点二万五千の半荘一回で、“ありあり”(麻雀には細かな決め事があり、ありありは一般的に※喰いタン・※後付けの両方を認めるルール)だ」

「分かった」


 ※ 喰いタン タンヤオは鳴いても成立する。※ 後付け テンパイ時に役が確定していなくても、ロンやツモの際に上がり牌で役を確定させたり、役に関係無い鳴きからでも役を認めるルール。ちなみに先付けは超ややこしいため、今は後付けが主流。


 この条件なら特に問題は無かった。が、霧崎はここで特殊なルールを付け加えて来た。


「ただし勝負はチーム戦で行いたい」

「はぁ? チームってどういう事だよ?」

「正直今の俺とお前との実力差ならほぼ俺に勝ちは無い。だから俺と佐藤、宮川と新垣のペアでの勝負にしたい」


 霧崎はどうやら思っていた以上に頭のキレる策士だったらしい。確かに一騎打ちなら理香にさえ気を付けていれば負けることは無いと思っていた。だからなんだかんだ言っても大丈夫だろうという自信はあった。しかしこの条件なら理香を倒さなければならない。


「そ、それは駄目だろ! 俺とお前の勝負だぞ?」


 なんとしてでも阻止しなければならなかった。もしかしたらがあるのが麻雀だが、ただでさえ四面楚歌の状況なのに、今日はいつになく調子の良さそうな理香を相手にするには最低でも二週間の調整が必要だった。まぁそれでも勝機は三割くらいだけど……

 

 しかし霧崎は既に勝利への軌跡を描き切っていたようで、ここで理香が加勢してきた。


「いいねそれ! それ面白そうじゃん! それでやろう! でさ、持ち点は一人一人じゃなくてペアで五万点ずつ持ってさ、最終的に多い方が勝ちにしない!」


 ちょっと変わったルールでやりたいのか、理香はもう俺達の事など忘れて普段の調子で言う。


「ちょっと待てよ理香! 勝手に決めんなよ!」

「え~? でも普通にやったら優樹絶対勝つじゃん? それだったらフェアじゃないじゃん?」

「い、いや……そうだけど……」


 最初からフェアじゃねよ! 俺だけ負けたらエライ事になるんだよ! あ、霧崎は勝っても負けてもエライ事になるけど……


 理由が理由だけに喉で心の声を止めるしかなかった。それが悪かった。


「じゃあ決まり! それに優樹だってマイとペアの方が良いじゃん?」


 本当に理香は余計な事しか言わない。理香のお陰で舞ちゃんは照れ、「あぁそうだなそうだな」的にみんなが納得し、決定の空気が部室を包んだ。


「それで良いか宮川?」

「…………」


 駄目だとは言い辛かった。理香と霧崎はこれで丸く収まった的な顔をするし、天満は蚊帳の外だし、舞ちゃんはモジモジ照れるように俺を見るしで、今駄目だと言えば全員の敵意を向けられそうでどうしようもなかった。


 しかし霧崎はエロガッパで策士であってもやっぱり漢であるらしく、納得しない形では戦いたくないのか、物凄い事を言い始める。


「そうか……なら新垣、勝負の前だがお前に伝えたい事がある」

「え? な、何?」

「俺はお前の事を好きになった! 付き合ってくれ!」

「えっ!?」

 

 何っ―!? こいついきなり何言ってんの!? それに何!? 好きになったって!?


 霧崎の突然の暴挙により時間が止まったかのような静寂が訪れた。ただピヨピヨと囀る小鳥の声だけが、時が動いている事を物語っていた。


 熱視線を送り続ける霧崎。熱線に当てられる舞ちゃん。“あ、可愛い”と思ってしまうほど目を見開く理香。そして通行人Aの天満。視界に映る全てが劇的だった。

 そんな中、霧崎はさらに色を添えるべく口を開く。


「……だが、新垣の答えは待ってくれ。その為に今日俺は宮川と戦うんだ」


 いつものイケメン霧崎が出た。しかし完全に昨日の俺の話を聞いて一晩中舞ちゃんの事を考えてモンモンしているうちに好きになってしまった感が物凄いため、今の俺にはただのエロガッパにしか見えなかった。しかしそれを知らない舞ちゃんはポッと頬を赤らめ、『何この映画みたいな恋は』的に目を反らし、口をモジモジさせた。そして理香も天和(親が配牌時に上がっている役満)二連発を喰らったかのようなあり得ない表情を見せた。ちなみに天満に関しては、『え? 何言ってんのこの人? 気持ち悪い』的に眉に皺を寄せ、ちょっとというかかなり引いていた。


 それでも既に霧崎劇場は開演しているのか劇は続く。


「だから新垣。お前には悪いが宮川との勝負にはお前も参加してほしい」

「……分かった」

「ありがとう新垣」


 多分ファンタジーとかなら最後の戦い的な感じなのだろうが、これからこいつと戦うのかと思うと、例え超カッコいい魔王役でも嫌だった。


「そういう訳だ宮川! この条件で勝負を受けてもらう!」

「いや、ちょっと待って!」


 なんかドラマティックな感じでいざ勝負となったけど、そんなうやむやに俺は騙されないから! こいつどんだけ勝ちたいんだよ! 


「どうした宮川。何か問題でもあるのか?」


 多分霧崎的には『俺もリスクを負ったからこれで対等だ』という事だと思うが、全然全く筋違いだった。というかどちらかと言えば逆に俺の方のリスクが高まった気さえする。

 

 恐らく理香と舞ちゃんは霧崎の告白を見て、俺と霧崎が舞ちゃんを取り合う為に麻雀対決をすると思うだろうし、これでもし俺が負けて霧崎が俺が理香を好きな事を伝えればそれこそ反感を買って超ボコボコにされそうだし、なんか色々俺ばっかり負担が大きくなったような気がする。

 しかしここで『理香が相手なら勝てないよ』みたいな事を言えば、既に霧崎劇場に取り込まれている理香達は白けて面倒な事になる。今こそ頭をフル回転させる時だった。のだが、既に霧崎劇場はシナリオ通り進まないといけないらしく、舞ちゃんのメインパートが来てしまう。


「……やろう、宮川君」

「え?」

「だって私……宮川君の事……好きだもん……」


 おいー! 何とんでもない事言ってんだよ舞ちゃん!?


 今の状況では全く嬉しくない告白だった。しかし動き出した歯車はもう誰にも止められない。


「だ、だからごめん、霧崎君……」


 おえー! 舞ちゃん今フルのは無しだよ! 勝負の体繕えなくなるよ!


 霧崎劇場は所詮素人の舞台だったらしく、いきなり総崩れの危機に瀕した。だが霧崎は諦めない。


「新垣! 俺にチャンスは無いのか!」


 熱血漢霧崎は、押せばなんとかなるとでも思ったのか、果敢に攻める。


「…………」


 舞ちゃん沈黙。しかし視線を逸らす赤らめた表情からは無きにしも有らず的な匂いがプンプンで、悪党だった。

 当然そうなると霧崎はさらに燃え上がる。


「勝負だ宮川! もし俺が勝ったら新垣は諦めてもらう!」

「…………」


 もう全てが筋違いだった。俺は理香が好きで、舞ちゃんは俺の事が好きで、霧崎は舞ちゃんの事が好きで、天満はトランプが好きで、霧崎が舞ちゃんを賭けて俺に勝負を挑むのはボタンどころかチャックの掛け違い程間違っていた。

 それを女体を前にして興奮しきってしまった霧崎には既に理解できないようで、受けて当然だろうと言わんばかりに言う。


「それで良いな新垣! もし俺が勝ったら、新垣、俺と付き合ってくれ!」


 これにはいくら舞ちゃんでも頷くわけがなかった。と思ったのだが、霧崎ウィルスにでも感染したのか舞ちゃんは小さく頷いた。


 駄目だって舞ちゃん! もっと自分の気持ちを信じよう? あ、でもそれはそれで困る……


「勝負だ宮川!」


 チャンスがあると分かった霧崎はさらに熱くなり、ここだと言わんばかりに漫画の主人公のように指を差し吠える。そうなると場の雰囲気は完全に霧崎の味方に付き、俺に拒否権は存在しなかった。


 こうして損どころか既に負けたかのような状態での開戦となった。


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