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君はjunkie   作者: ケシゴム
第一章
3/48

開花

「ね、ねぇ? 宮川君のお父さんって、もしかしてさとしって名前?」

「え?」


 ホームルームが終わり、帰宅するため準備していると、まさかの彼女から声を掛けて来た。


「い、いや、違うけど……」


 神が微笑んだ瞬間だった。俺としては自分から声を掛けて仲良くなるきっかけをずっと探していたからだ。


「そうなんだ……」

「な、なんで?」


 彼女が何故父の名を尋ねたのかは謎だった。だが今はそんな事よりも、少しでも長く彼女と話をしていたい為、なんでも良いから質問を返し会話を引き延ばそうとした。


「ごめん気にしないで。私の勘違いみたいだから」

「え? もしかして家の父さん……」

「じゃ、そういう事だから。ごめんね」

「あっ」


 そう言うと彼女はあっさり離れて行ってしまった。そして全く物怖じしない彼女は、その足で他の女子を引き止め声を掛け始めてしまったため、引き止める事は叶わなかった。

 その天真爛漫な姿に、自分にはない強さを感じ、とても眩しく見えた。


 もしかしたら麻雀の話をすれば彼女と仲良くなれるかもしれない!


 このコンタクトにより、この先奇跡があるかもしれないという期待に、新生活初日の帰路は夢が溢れていた。


 その翌日だった。正に前日の期待通り奇跡が起きた。

 朝、まだ慣れない通学路を歩いていると、あの子が家から出てくるタイミングとぶつかった。


「あ、おはよう。宮川君だよね?」

「え? う、うん。おはよう」


 ただでさえこの幸運には一生分の運を使った気がするのに、彼女の家を知り、尚且つ彼女から声を掛けて貰い名前まで覚えていて貰えるとは奇跡としか言いようがなかった。


「じゃあ一緒に学校行こう?」

「えっ!」

「どうしたの?」

「い、いや。べ、別に構わないよ」


 恐らく今俺は人生のピークを迎えている! こ、こんなラブコメのような展開が訪れるとは! 


 全く馴染めない高校生活に不安を抱えていた俺には、このラブコメのような展開は世界を一変させた。そんな奇跡にすぐさま現在時刻を確認し、明日からはこの時間に彼女の家の前を通過する事を心に決めた。

 しかし残念な事に、俺は神の祝福とも言える幸運に飲まれてしまい、とても自分から佐藤さんに声を掛けられる状態ではなかった。そんな俺とは違い、活発な佐藤さんは積極的に声を発してくれる。


「ねぇ宮川君?」

「な、何?」

「宮川君って麻雀するの?」

「え? ま、まぁ少しだけだけど……」

「え! 本当に! じゃあ今日から私達友達になろう!」

「えっ!」


 なんという幸運! まさか麻雀が好きなだけでこうも簡単に佐藤さんとお近づきになれるとは! 麻雀やってて良かった!


 余程麻雀が好きなようで、たったそれだけの理由で佐藤さんは俺と友達になろうと言ってくれた。だがそれと同時に、同じクラスにも関わらず全く俺の事を今まで友達だとは思ってもいなかった佐藤さんに、心を抉られた。というかゲーセンで目が合ったのは全く覚えて無いの!?


「嫌なの?」

「ま、まさかそんなはずないよ! 友達になろう!」


 急展開に驚いたせいで危うく佐藤さんは俺が嫌がっていると勘違いしてしまったようで、寂しそうな目で見つめた。そこで慌ててありったけの喜びの表情で快諾した。するとここでもさらなる幸運が微笑む。


「じゃあ今日からよろしくね。優樹君」


 こ、こんな事があっても良いのか! 一体俺に何が起きているんだ!


 俺の名を呼び、さらに握手を求める佐藤さんは眩しすぎた。それはもうほんとに女神様が佐藤さんの後ろで微笑んでいるようで、とても神聖で俺なんかが触れて良いものでは無かった。だがここで佐藤さんの手を握らない選択肢などこの世には存在する筈も無く、高校生活が始まって早くも俺はあの細く美しく柔らかい手を握るという偉業を成し遂げた。


「よ、よろしく……佐藤さん」


 握りしめた佐藤さんの手は想像以上に柔らかく、温もりがあった。それだけで俺は当分アダルトサイトにお世話になる事は無いと思うほどの幸福を得た。だが佐藤さんはそれだけでは満足しないのか、俺にさらなる祝福をお与えになられる。


「理香で良いよ優樹君。私達はもう友達なんだから。理香って呼んで?」


 ぐいぐい来るタイプのようで、名前で呼べと諭す理香ちゃんは、握りしめた手を少し引っ張り、瞳を見つめて笑顔を見せる。


 こここんな祝福を受けてしまっていいのだろうか! もう俺は理香ちゃんを抱いてしまったとほぼ変わらない! 今まさに女神が俺に微笑んでいる!


 もう心臓バクバクだった。俺がもし高齢者ならいつ心臓が止まってもおかしくない程に。だが俺にもプライドがあり、こんなことで俺が“り、りりり理香”を好きな事を悟られるわけにはいかず、何食わぬ顔で爽やかに返した。


「あ、あぁ。じゃ、じゃじゃあ、おお俺のことはゆ、優樹で良いよ」

「分かった。じゃあこれからよろしくね優樹」

「あ、あぁ」


 今の俺は最高に勝ち組だった。今のこの状況を中学時代の同級生に見せてやりたいほどに。

 まるで器に穴の開いたように運が垂れ流れているかの幸運に、有頂天とはこの事かと分かるほど有頂天だった。


「それでね。ちょっと優樹にお願いがあるの?」

「え?」


 友達になったばかりでいきなりお願いを持ち掛けてくる彼女には、一瞬不穏な空気を感じた。だがもう恋人どころか肉体関係を持ってしまったかのように俺の名を呼ぶり、りり理香を逃がすわけにはいかず、内容だけでも聞こうと思った。


「な、何? お、おお願いって?」

「実は私、麻雀部を作りたいの」

「麻雀部?」

「そう」


 この子どれだけ麻雀好きなんだよ? 


 正直俺は運動はあまり好きではなかった。それに中学時代バスケ部に入れられていたが、意味の分からない上下関係や強制的に練習に参加させられるしきたりにはうんざりしていた。その為高校では部活には入りたくないと思っていた。だがこの先待ち受ける半強制的な勧誘などを考えると、好きな麻雀が打てて、尚且つ好きな子と一緒に過ごせるこの話は眉唾物だった。


「それでね。昨日先生に相談に行ったんだけど、そしたら先ずは三人集めたら考えるって言われたの」

「そ、そうなんだ」


 俺と理香を入れて二人なら、あと一人集めれば問題無い。どうやら俺は高校生となり運が開花し、爆運の男に生まれ変わったようだ。

 

 これだけ美味しい話は即決だった。だがここで理香があらぬことを言い出す。


「だから私先生に言ってやったの」

「え?」

「それじゃワン欠け(麻雀で面子が一人足りない事)よって!」


 え? どういう事?


「麻雀は四人でやるゲームじゃない? なのに先生は何も分かってないの! それじゃ麻雀部じゃなくて三麻部じゃない! 確かに同じ牌を使っている以上麻雀かもしれないけど、やっぱり麻雀は四人でやらないとつまらないじゃない!」


 え? 物凄く熱く語ってるけどこの子何言ってんの? え?


「それにね! 私牌の中で一番好きなのがマンズなのよ! なのになんでそれをわざわざ外すの? その上北がドラだとか役牌だとか何なの! 確かに北は扱いづらいかもしれないけど、だからこそ北の良さがあるのよ! 北はね! 縁の下の力持ちなの! それをわざわざ主役みたいに扱って! 北だって迷惑よ!」


 うわ! なんか知らんけどめっちゃ怒ってる! 


 何がそこまで熱くするのかは知らないが、突然拳を握りしめ熱く語る理香には正直圧倒された。


「それでね。麻雀部を作るには四人必要なの。だから優樹も麻雀部入ってくれない?」


 切り替え早っ! あの熱さはなんだったの!?


 理香の中では麻雀部設立から北に対しての熱弁は繋がっていたようで、先ほどまでの荒ぶりが嘘のように穏やかな口調に変わった。


「ちょっと待って! 三人じゃないの!?」

「え? だから言ったでしょ? 麻雀は四人いなきゃできないから、私が四人にしてもらったの」


 何でだよ! 折角三人で良いって先生言ったのに何で自分からハードル上げてんだよ!


 本当なら声を大にしてツッコミたかった。しかし愛しの理香ちゃんに嫌われるわけにはいかず、苦虫を嚙み潰したような笑みを見せるしかなかった。


「ねぇお願い。麻雀部一緒に作ろう~?」


 言っている事とやっている事は滅茶苦茶だが、こうして俺は甘えた声でのお願いに胸を貫かれ、理香と一緒に麻雀部設立を目指す事となった。


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