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君はjunkie   作者: ケシゴム
第六章
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アイドル

 ゴールデンウィークが終わりいつもの学校生活に戻ると、俺達四人は変わらず夢縫同好会で活動する日々が続いていた。この頃には最初こそは麻雀に付き合っていてくれた天満も舞ちゃんもかなり自由に動き回るようになり、それぞれが目指す夢の為に部室で活動していた。

 これには理香も反対する事も無く、互いが互いを邪魔する事無くアドバイスなどをしながら良い関係を築けていた。俺以外……

 

「ツモ~! 一万二千!」


 特に目指す物も無い俺は、今日も理香の二人麻雀(百三十六牌使って普通に二人で麻雀をする)に付き合わされていた。


「またかよっ!」


 天満と舞ちゃんが麻雀に参加しなくなってから俺と理香は、何切る? やプロの牌譜を見ながら勉強会をするようになっていた。しかしやはり麻雀が打ちたい理香が『二人でも良いから麻雀しよう!』 と言い出したのをきっかけに、毎日二人麻雀をするようになった。


「なんかね、優樹とやるとめちゃくちゃ中張牌(チュンチャンパイ 数牌の二~八の牌の事)寄って来るの。優樹積み込みしてんじゃないの?」

「してねぇよ! お前の積んだ山から取ってんだろ!」

「あっ、そうか!」


 初めの頃はワイワイ言いながら楽しくやっていた二人麻雀だが、日を追うごとに理香との実力差が現れ始め、今ではうんざりするほどボロクソにやられる事が多くなっていた。

 それと言うのも、俺が得意の字牌ばかり集めるものだから理香に美味しい牌が流れるようになり、全く歯が立たなかった。


「ねぇ、ちょっと優樹の手牌見せてくんない? もしかして優樹が上がれないの打ち方が悪いんじゃないの?」


 別に俺はふざけているわけでも適当に打っているわけでもない。実際今の捨て牌だって自風や場風(暗刻にすると役になる字牌)や三元牌(白、発、中 これも暗刻ですると役になる もちろん鳴いてもOK)はまだ切っておらず、一・九牌も鳴かれないよう気を付けて捨てている。というかまだ六巡目!


「悪いってまだヤオチュウ牌しか捨てて無いだろ! これの切り方に悪いもくそもあるかよ!」

「まぁたしかに……じゃあちょっと手牌見せてよ? 良いでしょ別に?」

「別に良いけど……ほら」


 正直あまり見せたくはなかった。それと言うのも……


「わっ! 優樹なんでそんなに字牌持ってんの!? えっ!? なんで対子(トイツ 同じ牌が二枚)になってる字牌切ってんの!?」


 理香と打つようになってからますます磨きがかかる俺の字牌引きに、理香まさかの二度驚き。


「切った後にまた来んだからしょうがないだろ!」

「うっ……」


 東、南、西、西、発、中を抱え、河(捨て牌)に北、西、南、北。今日も絶好調の俺は、字牌の引きは良いがそれ以外はクソ。この超ド級の手牌には理香も言葉を詰まらせた。


「ま、まぁ、そういう日もあるよ……」


 くそがっ!


 そんな楽しく二人で麻雀を楽しんでいると、教頭先生がやって来た。


「お、今日も頑張っているね」

「あ、教頭先生。どうしたんですか? もしかして麻雀しに来たんですか?」


 面子を欲しがる理香は、例え教頭先生相手でも物怖じしない。


「実はね、君たちの活動ぶりが認められて、今日から夢縫同好会は部として認められることになったんだよ」

「えっ! 本当ですか!」


 超驚きだった。設立されてまだ一か月も経たない同好会がもう部に昇格できるとは驚きだった。しかし舞ちゃんだけは訝し気な顔を見せた。


「ちょっと待って下さい教頭先生」

「なんだい新垣さん?」

「私達特に認められるような活躍はしてませんよ? なのになんでいきなり部として認められたんですか?」


 さすが思慮深さナンバーワンの舞ちゃん。昇格に喜ぶ俺達とは違い冷静な質問をする。

 この質問に、教頭先生は優しい笑みを見せ応える。


「本当にそう思うのかい?」


 そう問う教頭先生は、まるで舞ちゃんのお父さんのようだった。


「どういう事ですか教頭先生?」

「君たちは夢縫同好会を作る為様々な活動をしたじゃないか?」

「え? ま、まぁそうですけど……でもあれは部を作る為にですよ?」

「そうだ。仲間を集めたり、校長先生に直談判したり、君たちは沢山努力した。そして認めて貰うために自分たちの力を披露した。それこそが正に君たちが目指す夢を追う者が集う部の形じゃないかい?」


 俺と理香から始まり、天満、舞ちゃんと仲間が増えた。しかしいざ申請に行けば駄目だと否定され校長室に乗り込んだ。そしてそこから麻雀同好会になっても夢縫部を目指し四苦八苦した。

 それは教頭先生の言う通り夢を追う姿そのもので、それを評価して認めてくれた教頭先生に恩師のような感情が芽生えた。


「それに君たちはまだ知らないとは思うが、先生方の間では君たちのファンもいるくらいなんだよ」

「ファン……ですか?」

「あぁ。佐藤さんの情熱的な行動力、宮川君の皆を支える姿勢、新垣さんの魂の籠った小説、そして特に胸を張って私達の前で手品を披露してくれた天満君は、すでに先生方だけでなく街の色々な人が知っているくらいなんだよ」


 てんまーん! お前がまさかのうちのエース!? 成金ズル眼鏡が!?


 話を聞いて照れるわけでなく、汗を掻き始めフウフウ言い出しオドオドする天満の活躍が大きいと知ると、何故か無性に腑に落ちなかった。


「それに、大きな志を持つ君たちが恐れる事なく声を上げて夢を追うというのは、それだけでも称賛に値するんだ。君たちも知っているだろ? ボーイズビーアンビシャス。少年よ大志を抱け」

「ウィリアム・スミス・クラークの言葉ですよね?」

「そうだ」


 さすがは舞ちゃん。ボーイズビーアンビシャスは聞いた事はあるが、誰の名言だったかは分からなかった。


「でもそれが何故称賛に値するんですか? 別に大きな志を持つのは私達だけじゃないはずですよ?」


 舞ちゃんが言う事は尤もだった。確かに理香達は尋常じゃない程の勢いで夢を目指してはいるが、甲子園を目指す者や、ミュージシャンを目指す者くらいはこの学校にもいっぱいいる。それこそもっと良く探せば、医者や将来起業したい生徒だっている筈だ。


「だからだよ。大きな志を持つ者は少なくない。だがね新垣さん、それを声に出せる者は少ないんだよ。恥ずかしい、馬鹿にされたくない、幼稚だ。君たちは分からないと思うけど、ほとんどの者はそう思い夢を秘める。だが抱く夢こそ大きく声に出して目指さなければならない」


 教頭先生の言葉は胸に響いた。俺だって小さな頃はタクシーの運転手や父のような水道屋になりたいと思った事もあった。しかしそんな夢でも語れば他の友達に『それは夢じゃない』だとか『直ぐなれる』と馬鹿にされ、いつの間にか本気で夢を語るのは恥ずかしい事だと思うようになっていた。

 それは恐らく俺達高校生だけじゃない。大人だって恐れず自信をもって本気で夢を語れる人は少ないはずだ。夢縫同好会がどうして部と認められたのかが分かった気がした。のだが……


「え? それって普通じゃないんですか教頭先生?」

「…………」

 

 想像の遥か上を生きる舞ちゃんに、教頭先生絶句。


「ねぇそうでしょみんな?」

「え? 違うの?」

「い、いや、僕もちょっと良く分かんない? 言わない人とかいるの?」


 天満このピンチに俺を見る。


 俺を見んじゃねぇ―よ天満! 俺が一番答え辛いの分かるだろ!


「さ、さぁ~? お、俺も良く分かんない……」


 ここで俺だけそりゃそうだとは言える雰囲気じゃなかった。って言うかこいつらって畏れって言葉知らないの?


 一名嘘を言ってはいるが、俺達の言葉には教頭先生は目を丸くした。


「そうか。では君たちに聞くが、もし私が『実はアイドルになりたい』と言ったらどうする?」


 急にどうした教頭先生!? 


 遂に理香達の狂人病が移ったのか、ここで教頭先生は訳の分からない事を言い出した。これには理香もさすがにキョトンとした。


「え? 何言ってるんですか教頭先生? えっ! 教頭先生ってアイドル目指してたんですか!?」


 理香―! それはどっちの意味での驚きなの!? まさか本気の方じゃないよね!? 教頭先生『もし』って言ったよね!?


「あぁ。実はそうなんだ」


 教頭先生―! あんた本気で言ってんの!?


「えっ!? じゃあ教頭先生毎日歌の練習したり踊りの練習したりしてるんですか!?」


 してるわけねーだろ! 一回落ち着け理香!


「あぁ。毎日少しずつだが練習している」


 本当に教頭先生!? もしそれが本当だったらキモいんですけど!


 教頭先生が何を目的としてこんなことを言い始めたのかは知らないが、冗談が通じない理香達はどんどん本気にしていく。


「本当ですか教頭先生! 凄い!」


 あっ! 理香やっぱり本気の方で驚いてた!


 絶対嘘なのに、純粋な理香は目を丸くして驚く。しかし! これだけで終わらないのが夢縫同好会!


「え……じゃあ教頭先生ってどれくらいオーディション受けたんですか?」


 舞ちゃーん! あんたも本気か!


「三十から先は覚えて無いな」

「凄い!」


 嘘つけ! 教頭先生どうした!?


「やっぱり教頭先生も鏡の前でイメージトレーニングとかするんですか?」


 てんまーん! お前なら嘘だって分かるだろ! お前教頭先生がキラキラした服着て踊ってたらどう思うんだよ!


「あぁもちろん。自分は客からどう見えているとか考えるよ」

「やっぱり! じゃあ大きな鏡とか家にあるんですか?」

「あるよ」

「おお!」


 何がそうさせるのか、それともこの部屋には気をおかしくする悪霊でも住み着いているのか、混沌としていた。


「教頭先生はいつからアイドル目指してるんですか!」

「ハハハハハ。佐藤さん、実は私がアイドル目指してるのは冗談だよ」

「!?」


 やはりこれは冗談だったらしく、教頭先生は優しい笑みを見せながらあっさり否定した。これにはホッと胸を撫でおろしたのだが、どうやら理香達には衝撃が走ったらしく三人とも顎が外れたような顔を見せた。馬鹿三人!


「え……冗談って……教頭先生今の本気ですか……」

「あぁそうだよ」

「え……」


 余程の衝撃だったらしく、三人は急に重たい空気を纏い出した。


「実は私は昔、麻雀でプロになりたかったんだ」

「えっ!?」

「ええっ!?」

「本当ですか教頭先生!?」

「ハハハハハ。それも冗談だよ」

「!?」


 もうこいつらは夢なら何でも信じてしまうようで、完全に教頭先生に遊ばれていた。だが今まで壁を感じていた教頭先生が楽しそうに笑う姿を見て、また一つ夢縫部は心地良くなった。


「済まないね、少し冗談が過ぎた。しかしこれで分かっただろう? 君たちはこんなおじさんがアイドルを目指していると言っても本気で向き合ってくれた。本来なら私のような者がアイドルを目指していても恥ずかしくて言えた物じゃない。それを君たちは一切馬鹿にせず認めてくれた。その心が今の世の中には必要なんだよ。誰かが自分の夢を本気で認めてくれる。それだけでも十分価値のある物なんだ。だから胸を張って今日から君たちは夢縫部を名乗りなさい」


 この言葉は理香達の胸にも刺さったようで、全員が力強く頷いた。


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