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君はjunkie   作者: ケシゴム
第五章
23/48

見据える先

 喫茶店でおっぱいを失い延々理香の何切る? 攻めに合い、いい加減疲労が溜まった頃には午後四時を迎えていた。

 この時間には未だ止まらぬ様子の理香だったが、さすがに帰宅しようとなった。


 空は四時といっても五月に入るとまだまだ明るく、日差しが少し色付き始めた程度だった。公園には小学生が遊具で遊んでおり、鳥たちも地面を突き回っている。遠くに感じる夜の匂いと、何処かの家から流れてくるカレーの匂いだけが夕刻を物語っていた。


「あ、なんか今日家カレーの気がする」


 河川敷を歩く理香は、漂ってくるカレーの匂いにでもそう思ったのか、小学生のような事を言う。


「多分気のせいだ」

「あ、なんか優樹冷たいね? カレー嫌いなの?」

「別にそう言うわけじゃないよ。理香が下らない事言ったからそう言っただけだ」


 ニヤッと笑った理香は、肘で俺を小突いた。


「それよりさ。優樹は高校卒業したら将来どうするの?」

「えっ!?」


 突然の質問には驚いた。理香の何切る? に付き合わされた疲労と、夕方という事もあり少し気持ちが滅入り、どうすれば理香達に近づけるかと夢の事を考えていたからだ。

 そんな心中を察したかのように訊く理香には、偶然というより心を見透かされた気がした。


「だってさ、今日一緒に買い物したのに、優樹って何も買わなかったじゃん? なんかな~んにも興味無さそうな感じしてさ、優樹って好きな物とか無いの?」

「い、いや……まぁ……」


 いやそれはずっとお前の話に付き合ってたからだろ! それに何俺が詰まらなさそうにしてたみたいに言ってんの!? 俺ずっとお前のおっぱい見てたんだよ? 今日気付いたけど俺おっぱい大好きなんだよ? とは思っていても言えなかった。


「優樹は麻雀のプロにはなろうとは思わないの?」


 期待したように訊く理香に、もしここで俺が「じゃあプロ目指そうかな?」と言えば喜ぶのは分かっていた。だがそんな気持ちでプロを目指すのは理香に対して失礼だと思った。


「いや。俺は麻雀のプロにはならないよ」

「なんで?」

「だって俺弱いもん」

「え? 優樹って麻雀弱いの?」

「あぁ」


 これだけ麻雀好きの理香と一緒にいても、舞ちゃんや天満に教えるだけで今まで一度も理香と本気で麻雀をした事が無かった。

 

「でも弱いってどういう事? オーラスで逆転されちゃうとか? それともツモり合いで負けちゃうとか?」

「ちょっと違うな……」

「えっ? もしかしてよくフリこんじゃうとか!?」

「それも違う。俺、基本的に上がれないんだよ」

「えっ!? ……でもそれなら牌効率とか勉強すればいくらでもなんとかなるじゃん?」

「そういう事じゃないんだよ。俺、なんか知らんけど字牌ばっかりくんだよ」

「ええっ!?」


 これは誇張とか思い込みではない。生まれ持った天命だ。

 俺も昔理香の言う通り牌効率やら流れやら相手の手牌やら色々勉強した。しかしどんなに勉強して身に付けても配牌(最初に配られる手牌)やツモは変えられなかった。


「それほんと?」

「ホントだよ。俺も勘違いだと思って色々やったけど全然変わらん。そのうえ配牌四シャンテンは普通だし、何故かドラの使用率だけは断トツに悪い。俺には基本的に運が無いんだよ」


 現在の麻雀ゲームは、牌譜はもちろん様々なデータを記録してくれる。一時期はそれを元に放銃率を下げる事によって勝率を上げる事に成功したが、累積データを見る限り俺には運という才能が無いという事実だけが浮き彫りになって来た。


「まさか~? それは多分優樹の思い過ごしだよ? 四シャンテンはどうか分からないけど、ドラに関しては優樹が上手くドラ使えてないだけじゃないの?」

「本当にそう思うのか?」

「うん」

「俺、ドラは序盤は字牌でもギリギリまで離さないし、勝負できないと思ったら絶対切らないタイプなんだぞ?」

「それは普通じゃないの?」


 あ、そりゃそうだ。……あっ!


「あ~ごめん。俺の言い方が悪かった。ゲーセンのオンライン麻雀あるだろ?」

「うん」

「あれって赤牌ありのルールだろ?」

「うん」

「俺あれでも何故かドラ使用率百パーセント切ってるんだぞ?」

「えっ!?」


 放銃率と上り翻数では平均値を超える俺だが、上り率とドラ使用率はあり得ない程低い。ちなみにドラ使用率の平均は大体百五十パーセント前後。


 そんなデータはやはり異様なほど低いようで、理香は目を丸くした。


「それになんか知らんけど俺字牌に好かれててさ、酷いときなんて字牌しか来ないんだよ」

「で、でもさ。それだったら国士とか字一色とか狙えるじゃん!」

「それが出来ないから弱いんだよ。国士狙っても他の一・九牌来ないし、字一色狙っても中途半端にしか集まらないんだよ。そのうえ流し満貫(誰にも鳴かれず、最後までヤオチュウ牌を捨て続けると満貫になる)にもならないし……」


 足りない物をいくら知識で補っても叶わないのが麻雀。いや、もしかしたら全ての夢に通ずる真理かもしれない。スポーツの世界で後ほんの少し運があればなどと聞くように、やはり運というのも大切な資質だ。俺は別に夢まであと一歩という次元は知らないが、運が大きく左右すると言われる麻雀をしていれば嫌でも分かる。


「そ……そんな……」


 話している内容はただの麻雀の話だが、麻雀をこよなく愛する理香からすれば絶望的な話だったらしく、どんよりとした暗い表情を見せた。


 理香―! 俺をそんな不治の病に罹った人みたいに見ないでー!


「で、でもさ……麻雀プロは強い弱いだけが全てじゃないよ! 麻雀プロの仕事は麻雀の普及だから! だから例え優樹が字牌しか引けない雀士だったとしても、麻雀の素晴らしさを広げれれば問題無いよ!」


 理香―! それもう完全に諦めてるよね! 慰めてくれてるつもりみたいだけど超辛辣!


「だから、優樹もプロ目指そうよ?」


 理香なりの優しさなのだろうが、何故かもう俺にはその道しか残っていないようにしか聞こえなかった。


「ちょっと待って理香。別に俺はプロ雀士目指さないから」

「えっ!? なんで!?」

「いや、別にプロ雀士が全てじゃないだろ? 俺にだって将来なりたい夢くらい選ばせてくれよ?」

「えー! じゃあやっぱり優樹漫才師目指すつもりなの!?」

「何でだよ!」


 理香の中では俺のツッコミはプロに通ずるらしく、何気に夢を指定してきた。


「いやいや、だって優樹喋り凄い上手じゃん。テンパイ君とも舞とも話せるし、もうクラスの男子とほとんど友達になってるじゃん?」


 天満と舞ちゃんは理香の中でもやはり会話を合わせるのは難しいらしい。というか、もう一か月も経つのに未だにクラスのほとんどの奴と知り合いになれないのはどうなの?


「理香はまだクラスの女子と友達になってないのか?」

「……う、うん。私人見知りするから……」


 そういう理香は、照れるというよりどこか寂しそうだった。


「でも一人くらいは出来たんだろ?」

「う、うん。二人くらいは……」


 まだ二人。やはり理香にはコミュ障があるらしい。一か月も高校生活を送れば、掃除や班、友達の友達でいくらでも仲良くなるきっかけはある。それでも未だに二人しか友達が作れていない理香は、とても寂しそうに見えた。


「そうか」


 恐らく理香に友達が出来ないのは、麻雀好きから来るものが大きい。しかしその代償として理香は将来という大きな夢を手に入れた。そう思うと、夢を追うのも良い事だけでは無いのだと思った。


「でもさ理香。理香はなんで麻雀プロになりたいんだ?」


 これ以上理香が暗い顔をするのは我慢出来ず、咄嗟に話題を変えた。すると理香はもう先ほどの話を忘れたかのように一気に表情を明るくした。


「そりゃもちろん麻雀が好きだからよ!」

「だろうな」


 分かり切った答えだった。それでも理香が笑顔を見せるのなら問題は無かった。


「それにね、私将来自分の雀荘持って、『実はここのマスター凄い麻雀強いんだぜ』って言われたいの!」

「えっ!?」


 えっ!? 理香の夢ってプロ雀士になってタイトルとか獲るのが夢じゃないの!?


「そしてね。私の雀荘で育った人がプロになったり、すっごく強い裏プロの有名な人とか来てさ、『俺の引退試合をここでさせてくれマスター』って言って、裏プロの凄い人ばかり集まって貸し切りで戦うの見てみたいの!」


 ええっ!? それプロになる意味なくね!?


「あとさ……」

「ちょ、ちょっと待って理香!? 理香ってプロ雀士になってタイトルとか獲りたいんじゃないの!?」

「え? まぁ確かに欲しいけど、別にそんなにってわけじゃないよ?」

 

 ええっ!? どういう事!?


「じゃあなんでプロ目指そうと思ってんの?」

「え? だってやっぱり雀荘するならプロの肩書は欲しいじゃない? それにプロになればいっぱい強い人とも出会えるし、いっぱい知らない事知れるじゃない?」


 ええっ!? プロまさかの通過点!?


「で、でもそれだったら別にプロ目指さないで雀荘とかでアルバイトから始めれば良いんじゃないの?」

「何言ってんの優樹? それだったらつまらないじゃない? 折角プロの世界があるんだよ? 優樹プロ野球選手になりたいのに草野球チームで満足する?」

「いや確かにそうだけど……でもそれとは違うじゃん?」

「え? 何が?」


 何がって!? 理香って自分の夢分かってんのかな?


「いやだってさ、理香は雀荘経営したいんだろ?」

「そうだけど?」

「なら麻雀覚えるより経営学とか覚えた方が早くない?」

「いやだから。私はただ雀荘を経営したいんじゃないの。『実はうちのママは……』

「いやそれは分かったから! 俺が言ってんのは、わざわざプロになる必要は無いって言ってんの!」


 そう言うと理香は、頭にはてなマークが出てるんじゃないかというほどの表情を見せ首を傾げた。

 

「あるよ? だってそうじゃん。雀荘に来る人は麻雀が好きな人ばかりだよ? だったらそこのマスターはその人たちより麻雀好きじゃなきゃ駄目じゃん」

「そりゃそうだけど……でも世の中にはプロじゃない人がやってる雀荘だってあるだろ?」

「あるよ。でもその人たちは別にプロって肩書持ってるわけじゃないけど、みんなすっごく強い人ばかりだよ?」

「じゃあ理香も別にプロにならなくてもすっごく麻雀強くなればいいじゃん?」

 

 そう返すと、理香は微笑んだ。


「私の場合は駄目よ。だって私もあんまり麻雀センス無いもん」


 理香の知識、技術、情熱を知る限りでは麻雀が弱いとはとても思えなかった。だがその仕草からは嫌味などは一切なく、本当に自分はセンスが無いと思っているようだった。


「だから私プロにならなくちゃなんないの。誰よりも勉強して、誰よりもいっぱい牌に触って、誰よりも麻雀を愛さなくちゃならないの。それに夢ってさ、そういうものじゃない」


 プロになりたいではなく、ならなくてはならないと言った理香に、一生勝てる気がしなかった。そしてプロになるのは夢を叶える為の通過点にしか過ぎないと語る理香に、将来必ず夢を叶えるのだろうと思うと、遠い存在に見えてしまった。


「だからさ優樹。その時は私の雀荘に遊びに来てくれる?」


 自信や根拠などという感情は全く見せない理香は、まるで子供が夢を語るようだった。


「あぁ。その時は天満も舞ちゃんも連れてって、開店第一号の客になってやるよ」


 そう言うと理香は、「ありがとう」とだけ答えた。

 五章は終わりです。六章以降はまた後日投稿致します。

 プロット無しで繰り広げられる君はjunkieも、やっと私なりの最後が見えてきました。最後は上級生が麻雀勝負を挑み、イカサマを使う上級生相手に理香と優樹が苦戦する中でも理香がイカサマを使わず戦うとか、校長先生教頭先生タッグとの麻雀対決とか思い描いていたのですが、私が考えていたよりもずっと綺麗な終わり方になりそうです。ただ、それはこのまま理香達が大人しくしていてくれればの話です。とにかく最後は麻雀対決に持ち込みたい作者VS自由に生きる理香達との戦いですので、もしかしたら最後はロボット大戦になる可能性もあります。


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