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君はjunkie   作者: ケシゴム
第五章
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一におっぱい! 二におっぱい!

 麻雀の面子が揃わず、急遽理香の買い物に付き合うという初デートに突入した俺達はTSUTAYAに来ていた。

 

「あっ! 宮川プロまた新しい本出したんだ!」


 俺としては初のデートで最初に来たという記念すべき大切な場所だったが、TSUTAYAに入った理香にはデートでも何でもないようで、普通に文房具売り場に行き、適当にノートとシャープペンの芯を手に取ると、その足で趣味のジャンルの棚に向かった。


「え? 宮川プロ? へぇ~、プロにも俺と同じ苗字の人いるんだ?」


 正直初デートなら、服を見たり、カフェでコーヒーを飲んだり、観光地を巡ったりしたかった。しかし理香にとっては全然デートというわけではないようで、普通に買い物をしに来たという感じだった。それでも俺にとってはデートはデート。理香とこうして一緒にいられるだけで幸せだった。


「そう! 宮川聡プロ! 私この人の書く本好きなんだよね~」


 言われているのは俺の事では無くても非常に嬉しかった。


 ありがとう宮川プロ! あなたがプロになってくれて良かった! 家の父親にも見習わせたい! ……あれ?


「ちょっと待って理香」

「何?」

「理香さ、初めて俺に声掛けて来たとき、『俺のお父さんってさとしって名前?』って聞いたのってさ、もしかしてその人の事言ってたの?」

「……そう」


 理香は聞いて欲しくはなかった話だったようで、ちょっと恥ずかしそうに返事をした。


 そうって!? えっ? 普通そんな場当たり的な感じで訊く?


「え……じゃあさ、もしかしてだけど……プロと同じ苗字の人全員に聞いて回ったの……?」

「い、一年生と先生だけだよ! だから……先輩たちには……ほとんど聞いてない……わ、私だって高校入って舞い上がってたのよ!」

「そ、そうか……まぁ仕方ないよ……」


 今ほとんどって言わなかった!? じゃあ何人かには訊いたの!? 


 理香の溢れんばかりのバイタリティーには恐れ入った。それでも理香にとっては若気の至りだったらしく、これ以上ツッコむのは可哀想だった。


「それよりさ。その本ってやっぱ他の本とは違うの?」

「うん! この本ね……」


 理香があまり暗くならないよう咄嗟に話題を切り替えると、やはり麻雀馬鹿の理香は一気に表情が明るくなった。そしてマニア特有の怒涛の推しが始まった。


「他の戦術本と違ってこうだとかああだとか言わないの! 他の本ってさ、なんか倫理的なこと書いたり確率とか牌効率とかまるで麻雀を知り尽くしたようなことばかり書いてあるじゃない?」

 

 じゃないって言われても……


「でも宮川プロは違うの! 『例え全ての牌が見えていても、人の心まで見えなければ絶対は存在しない!』って考えの人だから、こういう状況ならどうすれとかじゃなくて、『あなたが打つ手順こそが正着打なのだから、そこに意味を持たせろ!』っていう感じなの!」

 

 え? どういう感じ? 


「だから見て! このタイトル! ~この本を読んでいる暇があるなら麻雀を打て!~ って凄くない!」


 え? それ全く売る気無いよね? 宮川プロも理香と同じ人種なの?


「でもね、読んでみると凄く面白いの! 例えばさ……こことか!」


 もうこの本が売れなければ首を吊らなければならない編集者のように、理香は数ページを捲り猛烈にアピールしてきた。


 やべぇっ! 狂信者がいる!


「南三局で四万二千点を持つトップ目で、二位とは一万点差。ドラは六ピンで手牌はリャンシャンテン(あと二枚必要な牌がくればテンパイ)の十二巡目。だけど同順三人が同時にリーチしてきて安パイが無い場面。この状態なら優樹は何切る?」


 いきなり始まった何切る? には正直ビビった。しかし熱が入った理香がぐいぐいおっぱいを押し付ける勢いで甘い香りを漂わせ目を輝かせる状況は堪らなかった。


「そ、そうだな……」


 見なければならないのは本! だけど目が行きたがるのはおっぱい! 俺は一体何を切ればいい!


 今この状況は最高だった。しかし理香におっぱいを見ている事を悟られるわけにはいかない。というかもう何も考えられない。だけどそれに気付かれて理香が離れてしまう事だけは避けたい!


「ツ……ツモ切り……かな?」


 何よりもおっぱいが大事なため適当に答えた。


「えっ!? 優樹ここでツモ切りするの!?」

「えっ!? ……ま、まぁ……そう、かな?」


 適当な答えに驚いた理香にではなく、その瞬間目の前で顔を上げた理香の近さに驚いた。


 宮川プロ! あんたはどんだけ素晴らしい本を作ったんだ! もうあんたは俺の中では最高のプロだよ!


「ねぇなんでツモ切りなの?」

「え? ……あ、あぁそれか……も、もう勝ち目は無いけど、こっちだって勝負してんだっていうハッタリ……」


 もう完全に適当! こっちは今このまま二の腕で我慢するか、直接手で行くかのせめぎ合い中!


 ある意味死闘だった。今まさに二の腕付近に僅かに理香のブラジャーの硬い感覚が伝わっている。


 “チャンスが二度扉を叩くとは考えるな”(シャンフォールの名言 正確には、機会が二度君の扉を叩くなどとは考えるな)と誰かが言った。これを聞いた時、なんかそれっぽい名言だと思った。しかし今知った。


 俺にはその先へ辿り着かなければならない!


 そんな想いが天に通じ宮川プロに降り理香に届いたのか、理香は今まで以上に体を密着させてきた。


「凄いね優樹! それカッコいい! 私だったら一枚通れば三枚通る一萬の暗刻落しちゃうけど。それ強いね優樹!」


 あ~理香が超攻撃タイプ好きで良かった~。俺守備型だったけど今日から超攻撃型に変えよう!


 おっぱい……じゃなく、麻雀が好きで本当に良かった。もし俺が麻雀と出会わず生きていれば理香のおっぱい……ではなく、こうして理香の隣にいる事すら叶わなかった。

 生まれて初めて麻雀をやってきて良かったと思った瞬間だった。


「あっ、そうだ! じゃあさ、このまま近くの喫茶店行こう!」

「えっ!」


 満点の答えに気を良くしたのか、まだまだ語り足りない理香が場所を移そうと提案してきた。

 確かにお洒落な喫茶店へ行けばよりデートっぽい感じになり、そのまま昼食へと突入できる。しかし! 今場所を移せば間違いなくおっぱいは遠のく! 

 今こそ頭をフル回転させる時だった。


「優樹はちょっと待ってて! 今買ってくるから!」

「あっ! ちょっ!」


 だが俺にはまだおっぱいは早いようで、止めるより早く物凄い勢いで理香はレジへと行ってしまった。


 ちっぽけな己の器を知り、未熟さを知り見送るしかない現実には、理香が遠くへ離れて行くような感覚がした。その後ろ姿は儚く、俺はただただ白いブラウス越しのブラジャーを想像していた。そして喫茶店へと向かい再び何切る? が始まっても先ほどの情熱など無く、理香の小さな谷間ばかりを見ていた。


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