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君はjunkie   作者: ケシゴム
第五章
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ゴールデンウィーク

 五月になり、待ちに待ったゴールデンウィークに入った。それに伴い同好会の方も休みとなった。というのも、理香は現在お爺ちゃんの家から通っていたらしく実家に里帰りし、天満は東京にいるマジシャンの知り合いに会いに行き、舞ちゃんは新作の小説を作るという理由からだった。


 そんな三人とは違い、全く連休中の予定などない俺は、初日から意味も無くいつものゲームセンターでオンライン麻雀をしていた。


 “ツモ!”


「はぁ~……」


 今日はいつも以上に牌が寄らず(有効牌が引けない)、トビ(点数がマイナスになる)を挟みながら連続三ラス(ラスト=ビリ。この場合三回ラストという意味)を引く有り様だった。それというのも、あれ以降夢に向かい毎日を大切に生きる三人と自分を比べるようになってしまい、こんなことをしている自分に嫌気がさし全く集中出来なくなっていたからだ。


 最初は変人だとばかり思っていた三人だが、理香の手つきや記憶力、天満の度胸と技術、舞ちゃんの文法力と思慮深さ、そのどれをとっても同じ十六年を生きて来た俺とは圧倒的に違った。そしてこの先も三人はさらに己を磨き高みを目指す。

 

 そんな格とも言える差に、最近では本当に俺は夢縫同好会にいて良いのかとさえ思うようになっていた。そして、それ以上に自分は理香には相応しくないような気さえしてきていた。


「やめた」


 集中も出来ず、いくら打っても楽しさを感じないまま三ラスを迎え、今日はまだ来て一時間も経っていないが帰る事にした。


「おぉ宮川君。こんな所で会うとは奇遇だね」


 席を立ち、いつものように癖で他のプレイヤーの画面を覗きながら歩いていると、ポロシャツを着た少し頭の薄い年配の男性が声を掛けて来た。


「あっ! 教頭先生! ……おはようございます」

「おはよう」


 まさかこんな所で教頭先生に出くわすとは驚きだった。そして何故かは知らないが怒られるような気がして超気まずかった。


「きょ、教頭先生も、ゲ、ゲーセン来るんですね?」


 すぐにでもこの場から離れたかった。しかし突然逃げるように立ち去るのは余計に怒られるような気がして、適当に会話して自然に逃げようと思った。


「いや~私も久しぶりに練習しようと思ってね。さすがに今の私では雀荘には行けなくてね、孫に聞いたらゲームセンターに丁度良い機械があると言われて来てみたんだ」

「そうなんですか?」


 意外な事に教頭先生は『学生の本分は勉強だ』と怒るのかと思っていたが、何処にでもいる普通のおじさんのように優しい笑みを返してくれた。


「あぁ。所詮ゲームだと思っていたが、最近のゲーム機は本当に凄いね。これは本当に人と対局しているような感じがする」


 今まで教頭先生はアニメやドラマに出て来るような絵に描いた先生に見えていたが、学校とは全く違う雰囲気にとても親近感が沸いた。そこで丁度対局中だったので、少しだけ教頭先生の打ち方を見させて貰おうと思った。


「あ、あの~。少し教頭先生の手を見てても良いですか?」

「あぁ構わないよ」


 そう言うと教頭先生は優しい微笑みを見せ、画面に向き直った。


 ゲーム内では丁度局が終了し、南三局を迎えた。教頭先生は南家で、一位とは八千点ほどの差がある三万三千六百点の二着目。

 教頭先生はこのゲームは初めてという事もあり対局者もゲストや段位の低い相手ばかりで、全員の力量は分からないがそれほど悪い状況では無かった。


 そんな中配られた教頭先生の配牌は、萬子が一二二三四八、ピンズ一二、ソーズ一四、そして字牌が西、北、発だった。ドラ表示牌は八ソーで持ってはいないが、下の三色(三色同順のこと 萬子、ソーズ、ピンズの三色で同じ連続した数字が三つ揃った状態。麻雀用語で順子ジュンツという)が見え、上手くいけばホンイツも見える形に、オーラス(最終局)前には程良い手格好だった。

 

 親の第一打目に西が捨てられ始まった対局は、二萬を引いた教頭先生が合わせるように西を打ち、下家が南、対面が西という形になった。これを見て終盤のこの状況で様子を見るような静かなスタートに、意外とレベルが高そうだと思った。


 俺の持論だが、第一打目というのはとても重要になると思っている。麻雀はスタートの時点では自分の手牌とドラ表示牌以外は見えないからだ。そのうえ麻雀にはポン(同じ牌を二枚持っていると捨てられた牌を貰う事が出来る)やチー(左側の相手、つまり上家からのみ順子になる形なら貰う事が出来る)があるため第一打目からでも仕掛ける事が可能で、牌一つでいくらでも優位にも劣位にもなるからだ。

 その為俺は特に教頭先生の一打目に注目した。


 その後も各家ドラ以外のヤオチュウハイ(数牌の一と九と字牌の事)を河(ホー 捨て牌)に並べながら様子を見るように手を進める。そこには段位の低いプレイヤーばかりなのに、まるで駈け引きをしているかのような緊張感があった。

 そんな中だった。五巡目に西家が捨てた発にトップ目の親がポンの声を発し飛びついた。 


 ドラは教頭先生も持っておらずまだ一枚も見えていない。そしてラス目の西家は持ち点一万五百点。どうやら四万点を超える持ち点がある親は、このまま西家をトバすつもりらしい。そのうえ教頭先生はやっと字牌の整理が終わったばかりで、状況はかなり苦しくなった。

 それでも各家まだまだ諦めるつもりは無く淡々と手を進める。だが親は一気に勝負を決めるようで十一巡目に今度は北家から五ピンをポンした。するとそれに応えるように北家が西家から中をポン。そして捨てた一ピンを親がポンして六ピンを捨てた。


 これにより場は一気に熱を帯びた。しかし虎視眈々と手を進めていた教頭先生も次順ピンズの六七八の一盃口(イーペーコー 二二三三四四のように、同じ種類で同じ並びの順子が二組)を確定させ、六萬でタンヤオピンフが付くテンパイを入れた。


 親のテンパイ濃厚で、オーラスの親番を控えたこの場面。ここでリーチを掛けて上がれればかなり優位性を持って最終局に臨める。しかしここでリーチを掛けてもし親の当たり牌を掴めばそれこそ逆転は難しくなる。ダマ(リーチをしない)かリーチ、正に勝負の分かれ目とも言える場面だった。


 そんな局面に、教頭先生は突然振り返り訊く。


「宮川君。宮川君だったらこの局面どうする?」


 優しい表情で訊く教頭先生は、まるで俺を試すかのように訊く。それは学校の先生というよりも正解の無い人生について尋ねる和尚のようだった。


「俺だったら多分リーチはしないです。まだオーラスの親も残ってるし、ダマで上がっても十分オーラスで勝負できる点差になりますから」


 親のテンパイが濃厚な以上、ここで無理をして勝負する必要は無いと思った。確かに親がこのまま西家から和了してしまう可能性はあったが、それでもこれだけ見え見えの状態なら大丈夫だろうという判断だった。


 そう答えると教頭先生は少し寂しそうな表情を見せた。


「そうか。でも君は若いんだからそれでは駄目だよ。人生も麻雀もそう。今目の前にあるチャンスに勝負しなければ勿体ないよ?」


 そう言うと教頭先生は画面を向き、リーチを掛けた。


 ドキッとした。軽い説教という事もあるが、勿体ないという言葉には俺自身が気付かなかった心の奥底を見透かされたような気がした。


 結局そのリーチは二巡後親がツモ上り不発に終わった。そしてそれが尾を引き教頭先生は二着目での終了となった――


「残念。では私はこれで帰るよ。宮川君もあまり遊んでばかりいないで予習や復習をしなさい」

「あ……はい」

「では良い休日を」

「は、はい……」


 最後は何気に勉強しろと怒られたが、終始にこやかだった教頭先生はそう言うと帰って行った。


 最後のリーチは結果としては失敗に終わった。もしかしたら俺の読み通りダマテン(ダマテンパイ)にしていれば最後はトップを取れたかもしれない。ほんのちょっとの選択で運命は変わるのだと改めて思った。だが、それ以上に教頭先生の言葉は、俺が最近感じていた理香達との溝の正体を教えてくれた。それは時間を無駄に使っているという生き方。

 

 俺はその日真っすぐ家に帰り、自分に出来そうなことを探した。


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