麻雀好きのあの子
桜が校舎を彩り、晴れ渡る空が清々しい空気を運ぶ。今までとは違う通学路には自分よりも遥かに大人に見える先輩方が歩き、新たに始まる学生生活に不安と緊張が走る。
本日から地元の公立高校、筒中高等学校に通う事になった俺は、これから始まる高校生活という新たな環境に、期待より不安の方が大きかった。
それと言うのも、筒中高校は地元ではちょっとハードルが高い高校で、中学時代の同級生男子はほとんどいなかったからだ。
だが勘違いしないで欲しい、これは別に俺が将来良い職業に就きたいだとか、周りよりもちょっと優秀だとか思われたくて選んだわけではない。『筒中高校に合格すれば、スマホだけでなくノートパソコンも買ってあげる』という母親の一声で、イチかバチかでこうなっただけだ。だが不思議な物で、ノートパソコンは未だに来ない。
その為自分でも本当に受かったのか未だに疑心暗鬼になっているほどで、この先ついて行けるのかは全く自信が無かった。
教室に入っても知る顔はあまり会話もした事の無い女子ばかりで、気の知れる男子の友達は一人もいなかった。それに加え、真新しいジャケットと赤いネクタイが余計に俺を不安にさせ、入学式が終わり教室に戻って来てもどんよりしていた。そしてさらに悪い事に、担任の女性教師の自己紹介が終わると、窓際からまさかの一人一人の自己紹介をすれに吐き気を催し、初日からもう退学したくなった。
「じゃあ次の人」
「はい!」
自分の自己紹介を何とかこなし、早く家に帰る事ばかり考えていると、他の誰よりも元気な声で返事をする女子の声に思わず顔が上がった。
「佐藤理香です! 趣味は麻雀です! 好きな役は純正九蓮宝燈です!」
ええっ!? あんだって!?
突然の強襲には今までの憂鬱など一瞬で吹き飛んだ。
「もしこの中で麻雀が好きな人がいたらいつでも声を掛けて下さい! 家には全自動卓があるから!」
この発言には、とんでもなく頭のおかしな子もいたもんだと教室が静まり返った。しかしよく見るとその女子はゲーセンで見た子にそっくりで、と言うかあの口振りなら絶対あの子だと分かると、なんか良く分からんが不思議な気持ちになった。
「ありがとう佐藤さん。じゃあ先生も麻雀したくなったら佐藤さんにお願いするから。その時はよろしくね」
「はい! でもその時は出来れば後二人連れて来て下さい! 麻雀は四人いないと出来ません!」
「そ、そう? 分かったわ」
「はい!」
それでも先生の機転の利いた言葉により、今の彼女の発言はウケを狙ったものなのだという空気ができ、教室は穏やかな笑いに包まれた。
だがゲーセンでの彼女を知る俺には今の発言はただの冗談には聞こえず、もしかしたら麻雀で仲良くなれるかもしれないという思いから、ますます彼女に興味を惹かれるようになった。