絶妙なバランス
「じゃあ先ずはこうやって牌を混ぜてみて?」
愛の結晶を破壊され項垂れる中、ようやく四人が揃った理香は麻雀教室を始めた。
「こう?」
「そう! そんな感じ! 上手いよ舞! あ、でも、指先だけじゃなくて掌全体で混ぜる感じ」
「こ、こう?」
「そう!」
意外と人に物を教えるのは上手なようで、理香は親切丁寧に教える。
「あ、なんかこれ、トランプ混ぜるのと似てる!」
「そう! そんな感じだよテンパイ君!」
二人も理香の教え方が上手いためか、最初こそ困惑していたがもう明るい表情を見せ始めた。
そんな雰囲気に、俺も一緒になって教わろうと加わった。
「そうそう! 二人とも上手! でもね、もうちょっと大きく手を動かした方が良いよ?」
二人は初心者のせいか、全く手に牌が馴染んでいないため僅かなスペースで手を小さく動かす。
洗牌は、トランプのシャッフルと同じように牌を混ぜる為の作業だが、同時に積み込み(牌を所定の場所に配置し、自分が有利になる様にするイカサマ)などを行うために美味しい牌を自分の所に集める事も可能になる。その為自分の前だけでこちょこちょ混ぜていると疑われてしまう原因にもなる為、意外と注意が必要になる。
理香はそれを教える為上手く二人にアドバイスする。
「え? でも、それだと手がぶつかっちゃうよ?」
「良いの良いの。こんな時くらいだよ舞、男子の手触れられるの?」
それを聞くと舞ちゃんは、わっ! という感じで手を引っ込めた。が、俺と天満の顔を見るとまた普通に混ぜ始めた。
「別にそれは良いよ理香」
舞ちゃ~ん! 天満は別としても俺ぐらいには気を遣おうよ!
愛の結晶を呆気なく破壊された後の二発目は、強烈にボディーに効いた。しかしこれには天満はムッと来たのか、さり気なく手を伸ばし舞ちゃんの手元から牌を奪い取った事で今度は違う意味でのボディーブローが飛んできた。
「ちょっとリイチ。私のとこから持ってかないでよ」
「え? 僕はただアドバイス通り大きく手を動かしただけだよ?」
「嘘! 絶対ワザとに私のとこ狙ってきたでしょ!」
「まさか? 僕がそんな事するはずないじゃん? それだったらさっきから僕のとこから牌持って行ってる優樹君だって同じじゃないの?」
それを聞いた舞ちゃんは、険しい顔で俺を睨んだ。そして何故か知らんが乱暴に俺の手元から牌を奪って行った。
なんでこいつは俺を巻き込むんだよ! こいつ俺に恨みでもあんのかよ!
そんな舞ちゃんの態度で場は超気まずい雰囲気に包まれたのだが、牌を触っていれば仏にでもなるのか、理香は何故か褒めだした。
「お! 上手いね舞! そう! そうやって奪って! 優樹ズルいから積み込もうとするから!」
なんでお前まで俺を巻き込むんだよ! 何? もしかして俺っていじられキャラなの?
「だからこうやって奪って!」
そしてさらにテンションが上がったのか、理香は子供のように俺の手元から乱暴に牌を奪って行った。それが場を荒らした。
理香はただ面白半分でやったつもりだったようだが、今の舞ちゃんには引き金になったのか、さっきの仕返しに天満から牌を奪い始めた。
「ちょっマイ! 手を引っ掻かないでよ!」
「え? 別に私引っ掻くいたつもりは無いよ? でも当たったんならごめん」
舞ちゃんって意外とねちっこいよね? 大人しそうに見えて意外と喧嘩っ早いよね?
「あ、そう。ならいいよ」
そう言いながらも天満はまた舞ちゃんから牌を奪おうと手を伸ばした。
「ちょっとリイチ! 気持ち悪いから私の手触んないでよ!」
「あ、ごめん。僕も気持ち悪いから触らないようにしてたけど当たちゃった。マイ手袋してくれない?」
もうなんなのこの二人? 昔っからこうなの?
完全に臨戦態勢に入った二人は、正直面倒臭かった。だが理香にとっては関係無いようで、一人楽しそうに洗牌を続ける。
そうなって来るとこれ以上面倒な事になるのは勘弁してほしく、結局俺が何とかするしかなかった。
「それだったらリイチが……」
「なぁ理香! もうそろそろ混ぜるのは良いんじゃないかな……? 早く次を教えてあげなよ」
「そうね!」
舞ちゃんの言葉を遮り、かなり強引に割って入った。すると周りなど見えていない理香は全く二人を気にする様子も無く嬉しそうな声を上げる。
「じゃあ二人とも見てて! 混ぜ終わったら次はこうやって牌を集めて……」
そう言うと理香は、山を作る為牌を手元に並べだした。それを見て二人の口論は止まった。
最近気付いたのだが、三人は上手くバランスが取れている。恐らくそれはそれぞれが実力を認め合っているからだろう。だが認め合っているからこそ互いを意識し、ライバル的な存在でもある。だから時に団結し、時に喧嘩もする。
舞ちゃんと天満、天満と理香、そして一見仲の良さそうに見える理香と舞ちゃんでも、二人きりなら上手くはいかないだろう。
「よっと!」
理香は牌を並べ終わると、手慣れた手つきで積んだ。
「うわっ凄い!」
「おお! 凄いね理香ちゃん!」
先ほども見ていたはずだが、目の前で山を積むのを見るのはまた違った景色のようで、さっきまであれほど険悪だった二人は感動したように明るい声を上げた。
「そ、そうかな~……ありがとう……」
理香にとっては麻雀で褒められる事は嬉しいようで、照れるように指をモジモジさせる。その姿はとても可愛く、舞ちゃんと天満の険悪な関係などどうでも良くなるほどだった。
「じゃ、じゃあ今度は舞とテンパイ君もやってみて? 先ずは十七枚集めて」
「うん!」
「分かった!」
先ほどまで喧々していた二人だが、理香が見せた華麗な山積みの前では些細な事のようで、もう忘れたかのように楽しそうに牌を並べ始める。
それは理香が作り出す明るい空気がなせる業なのか、はたまた麻雀というゲームが持つ楽しさからくるものなのかは分からないが、子供のように目を輝かせて牌を並べる二人に、やっぱり麻雀は素晴らしいものだと感慨深くなった。
「出来たよ理香」
「僕も十七枚集めたよ」
ぎこちない手つきで数えながら十七枚を並べた二人は、欲しがるように次を聞く。その声にはもう険悪さは無く、普段の二人だった。
どうやら二人、というかこの三人は、何かに集中すると嫌な事を忘れてしまう性質があるらしい。だが逆にこの短時間でもそれほど集中出来るからこそ、この三人は将来必ず夢を叶えるのだと思わせる。
「じゃあ次はその上に同じように十七枚並べて」
「分かった!」
「うん!」
そんな三人の中で俺だけが夢も無く、ただ毎日を無駄に過ごしている。今まではそれほど気にならなかった感覚が、夢縫同好会として過ごす中で徐々に三人との距離を感じ始めていた。
「出来たよ」
「僕も出来た」
「じゃあこうやって……そのまま牌を少し前に出して。こうすると積みやすいの」
「分かった!」
「やってみる!」
楽しそうに牌を触る二人は、理香の教え通り牌を前に出す。それに俺も合わせるように牌を前へ出す。それを見て理香が言う。
「上手いね二人とも! じゃあ手前の牌をこうやって小指と親指を広げて掴んで……ひょいっと持ち上げて前にある牌に重ねてみて? コツは小指の掛け方だよ」
『分かった!』
人に物を教える才能があるのか、実演を交えながら教える理香に返事をする二人は、あれだけ険悪だったはずなのに声を揃えて楽しそうな声を上げる。
「あっ!」
「あー!」
そしてここでも息が合ったように持ち上げた牌を落としバラバラにしてしまう。
「おしいよ二人とも! もう一回やろう!」
「うん!」
「並べるの十七枚だったよね理香ちゃん?」
「そうだよテンパイ君」
その後も並べては崩しを繰り返す二人だったが、全く気にする様子も無く優しく教える理香のお陰で、二人はその日牌山を積む練習に励んだ。
しかし俺だけが何故だか三人の中には入ってはいけず、その日から三人との間にあった距離感を意識するようになってしまった。
四章はここで終わりです。五章はまた後日投稿致します。




