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君はjunkie   作者: ケシゴム
第四章
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愛の結晶

 麻雀同好会改め、夢縫同好会へと改名して数日が過ぎた。

 この頃には部室の掃除もあらかた終わり、いよいよ麻雀をするための準備に入っていた。


「よし。これなら大丈夫だろう」

「ありがとう御座います!」


 当初理香は自宅から自動麻雀卓を持ち込もうとしていた。しかしさすがにそれは駄目だと言われ、代わりになる物を探していた。そんな中演劇部が使っていた手作りのテーブルを見つけ、用務員さんに頼んで加工してもらっていた。


「一応補強はしてあるけど、所詮高校生が作ったテーブルだから、あまり体重とか重い物乗せたりしたら壊れるから気を付けてね」

「分かりました」

「じゃあ俺は戻るから」

「はい! ありがとう御座いました!」


 用務員さんは意外と若く、二十代後半から三十代前半くらいに見えた。その上ほっそりした体型と丸い優しい顔がとてもカッコ良く、元大工という事もあり作業着が良く似合うイケメンだった。

 当然そんな用務員さんは理香と舞ちゃんには堪らない存在のようで、作業中及び片付けの時から目を輝かせ意味も無くべったり張り付いていた。それに対し、特に何も出来ない俺と天満にはただそれを指を咥えて見ている事しか出来ず、ただただ敗北感を与えられるだけだった。


 畜生!


「じゃあ早速麻雀しましょう!」


 用務員さんが去ると、理香は早速マットをテーブルに乗せ嬉しそうな声を上げた。

 マットを乗せたテーブルはサイズもピッタリで、まるで雀荘に来たかのような景色に俺も嬉しくなり、やっと麻雀が出来ると張り切って椅子に腰を下ろした。


「やろうやろう! ほら皆座って!」

「さぁ座って座って!」


 やはり俺も麻雀狂だったらしく、今すぐにでも牌に触りたかった。その気持ちは理香も同じだったようで、舞ちゃんと天満に声を掛けると、二人が座るより早く牌を卓上に出した。そしてもう待ちきれない俺達はとにかく牌をかき回し始めた。


「おお! やっぱ牌は良いな! 俺ゲームでばっかり麻雀してたから牌触るの久しぶりなんだ!」

「そうなんだ! でも仕方ないよね! 私も一緒にしてくれる人あんまりいないから、いつもは一人でやってたんだよ!」

「へぇ~。でもそれは仕方ない! 四人はなかなか集まらないもんな!」

「うん!」


 卓があり、牌があり、目の前には好きな子がいて、好きな麻雀の話をしながらジャラジャラ牌を混ぜられる時間は最高だった。それこそ時折理香と手が触れ合う瞬間は、それだけで理香の香りがして息遣いをすぐ近くで聞いているような感覚だった。

 

「良いねこの音! やっぱ麻雀はこの音だよ!」

「そう? でもコレ安いユリア樹脂牌だよ?」

「値段なんて関係無いだろ? こうやって牌に触れるだけでも最高なんだから」

「そうだね! 私ももうちょっと良いやつ持ってこようかと思ったけど、そう言ってもらえると嬉しい!」

「ああ! ほんとありがとな理香!」

「うん!」


 牌に触れているだけでも幸せなのに、さらに理香の眩しい満面の笑みを見られるとは、正に麻雀は最高のゲームだ。

 そんな中理香は十分牌を楽しんだのか、洗牌(牌を混ぜる)を止め表を向いている牌を丁寧に裏返し始めた。


「どうした理香? 何でわざわざひっくり返してんだ? 積む(山を作る)時にやればいいだろ?」 

「だって手積みだと何積んだか覚えちゃうんだもん」


 長年麻雀をしていると、山を積む時嫌でもどこに何を積んだかを覚えてしまうというのは良く聞いたことがある。それこそ凄い人なら、その気が無くても七割から八割は覚えてしまうという。特に百三十六牌全てを瞬時に記憶できる理香なら、下手をすれば全て覚えてしまうのだろう。

 麻雀は見えないからこそツモるたびに胸が膨らむ。それを知る真の麻雀好きの理香が手間を掛けても牌を裏返すのは仕方が無かった。


 そこで俺も一緒になって牌を裏返した。


「まぁ理香なら仕方ないよ。ちなみに覚える気になったらどれくらい覚えられる?」

「そりゃ自分の山は全部だし、見えれば他の人が積んだ山も覚えられるわよ?」


 さすが理香! もう漫画の主人公クラス!


「そりゃ凄いな! 理香裏プロになれんじゃないの?」

「なれてもならないわよ! やっぱ麻雀はプライドを牌に乗せて戦うのが面白いんじゃない!」

「そうだな!」

「そうよ!」


 やはり理香とは気が合った。俺も麻雀は運を超えた己の人生を牌に託して戦うからこそ面白いと思う。今この瞬間だけは、まるで理香と恋人としてデートしているような感覚だった。


 理香は牌が全て裏返ると、ひっくり返らないように上手に一混ぜし、山を積みだした。

 それを見て俺も真似るように山を作り出した。


「あれ? 山って確か十七トン(牌山の上下一組を合わせトンと呼ぶ)だよな?」

「そうよ? まさか優樹そんな事も忘れるくらい牌に触ってないの?」

「まぁね。俺ゲームばっかりだから点棒計算もヤバいかもしんない」

「あ~、それ分かる~。やっぱゲームの方が楽だもんね? 私もどっちかって言ったらゲームでする方が多いかも?」

「だろ? でもやっぱ麻雀は牌触ってなんぼだな!」

「そうね!」


 まるでお花畑で理香と踊っているような瞬間だった。それこそ出来れば一生こうしていたいと思えるほどの時間だった。

 だが時は残酷な物で、ゆっくり積んでいても山は出来上がってしまった。そしてここで魔法が解けた。


 あれ?


 山が積み終わり、さぁ始めようと思った矢先、不思議な事に何故かまだ牌が転がっている事に気付いた。


「あれ? どうしたの二人とも?」


 これには一瞬首を傾げたが、理香の声で顔を上げると何故か舞ちゃんと天満が立っているのが見えた。


「え? なんで二人とも急に立ったの?」

「え? いや、僕たちまだ座ってないけど……」

「え? どういう事?」


 天満の言っている意味が分からなかった。それは理香も同じのようで目を合わせると不思議そうに首を傾げた。


「いや……どういう事って言われても……」

「ん?」


 何か不思議な事でも起きたのか、天満は何故か口を濁した。そんな天満に代わって舞ちゃんが衝撃の事実を口にした。


「いや、私達まだ一度も椅子に座ってないから。急に立ったわけじゃないよ?」

『…………ええっ!?』


 これには理香も俺も激震が走った。


「えっ? 嘘でしょ……?」

「いやほんとだから」

『ええっ!?』


 まさか……そんなはずは無い! 確かに牌を混ぜている時手は四人分あった気がする! それにひっくり返す時だって……


『ええっ!?』

「いや、ええって言われても……理香達勝手に始めちゃったから、私達どうすれば良いか分かんなくて……」


 えっ! 嘘でしょ!? じゃああの時ってもしかして俺達だけで混ぜてたの!? 俺もヤバイね!


 麻雀牌と理香と理香の手と理香の香と理香の笑顔に魅了されて、どうやら俺は幻覚を見ていたらしい。それは今まで自分は理香達とは同じ世界にはいないと自負していただけに痛烈な衝撃を受けた。


 あ、でも、理香も同じだったって事は~……ふぅ~!


「そうかそうか、ごめんね。なんか私達だけで盛り上がっちゃって。じゃあ最初から教えるから二人とも座って?」


 理香の場合は俺とは少し理由が違ったようで、驚きはしたが直ぐに気を取り直し、折角二人で作った初めての共同作業の牌山を弾き飛ばした。


 あー! 俺達の愛の結晶が!


 ただの山、されど山。今までどれだけ積んできたかは分からないが、その中でも今積んだ山は理香と初めて積んだ一生の思い出に残る特別な山だった。それが一枚も捲られる事無く破壊されたのには胸が痛んだ。


 そんな俺を他所に、二人が席に着くと理香は嬉しそうに満面の笑みを見せ、早速二人に麻雀を教えだした。


 超ショック!


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