天満の実力
天満の準備が整うと俺達は、麻雀同好会の名を夢縫同好会へと変えて貰うため職員室にいる教頭先生の元を訪れた。
「そう言うわけなんですよ教頭先生。だから名前を変えたいんですけど良いですか?」
腹いせのための口実だと思っていたが、余程こだわりがあるようで舞ちゃんは自ら教頭先生へお願いする。その顔は真剣で、教頭先生も納得したかのように頷いていた。
「そうだったのか……なるほど。ただ、その場合活動自体の変更となるから、もう一度校長先生と相談しなくてはならない。だからすぐにと言うわけにはいかないが良いかい?」
「はい。お願いします」
小説家志望だけあって言葉の選び方が上手く、教頭先生の表情も柔らかく、舞ちゃんに対する言葉遣いも少し優しく感じた。いや、多分教頭先生は元々こういう人だったのだろうが、前回の理香の対応が悪かったせいで良い印象を得なかっただけのような気がする……
「あ、でも教頭先生」
「なんだい?」
「もし変更する場合、その……同好会自体が無くなることはありません……か?」
舞ちゃん自身も同好会自体が無くなることには未練があるようで、少し躊躇ったかのように質問した。
「大丈夫だよ。どちらかと言えば最初からその方針で申請してくれれば、部として認めていたほどだからね」
「本当ですか!」
「あぁ」
本当ですか教頭先生!? なら初めから舞ちゃんを代表にしとけばよかった!
超衝撃だった。あれだけいざこざがあって校長室にまで乗り込んだのに、まさか夢縫部なら一発で部として認められていたという事実に、色んな意味で衝撃が走った。それは特に理香には甚大だったようで口の開き方が半端じゃなかった。
「学校としても将来を見据えて学業に励む生徒は大歓迎だ。私としても君たちが作ろうとしている部は素晴らしいと思う。きっと校長先生も良いと言ってくれるだろう」
「ありがとう御座います教頭先生!」
人柄なのかはたまた培ってきた能力なのかは分からないが、舞ちゃんは年配には好かれるタイプのようで、優しい言葉を返す教頭先生はまるで舞ちゃんのお父さんのように見えた。
まぁ確かにあの時は理香も熱くなってたし、舞ちゃんの笑顔は子供っぽくって可愛いから仕方ない。
だが舞ちゃんが年配に好かれる理由はそれだけではないようで、真面目にアピールを始めた。
「じゃあ教頭先生。これはまだプロットって言って小説の原型みたいな物ですが、一応私が書いたものなので私がどれだけ本気か確認するための資料として渡しておきます」
基本的には理香と同じで、舞ちゃんも口での証明は嫌なようでわざわざ出さなくてもいい書類を教頭先生に渡した。
「ありがとう。ではこれは校長先生と確認させてもらうよ」
「はい。お願いします」
それでもこの情熱的なアピールが功を奏したのか、さらに教頭先生は穏やかな表情になった。だがそれを見たせいか、この後に自分の番が回ってくるとでも思ったのか、天満は急にフウフウ言い出し、額に汗をかき苦悶の表情になった。
落ち着け天満! 大丈夫だ! この流れならお前の番は回ってこないよ!
好印象を与えた今の流れなら、「ではこのまま部室に戻り片付けをしなさい」で終るのは見えていた。なのに天満は何を勘違いしているのか、まるで取り組み前の力士の如し勢いだった。のだが……
「あ、それと教頭先生、一応もう一人本気で取り組んでいる人がいるので確認して貰えますか?」
舞ちゃん!?
ここに来て二度目の衝撃が走った。一体何を、と言うかまさかここでさっきの腹いせをしてくる舞ちゃんの執念深さには、ある意味理香達と同じ臭いを感じてしまった。
「誰だい?」
「天満君です。彼は手品師を目指しているんですよ。だから少しだけでも天満の実力を見て貰えますか?」
「おお。それは面白そうだ。では折角だから他の先生たちにも見て貰おう。ちょっと手の空いている先生はいますか!」
教頭先生―!?
畳みかけるような三度目の衝撃には、俺がやるわけじゃないのにも関わらず緊張が走った。当然これから実演しなければならない天満にとってはそれ以上の衝撃が走り、もうはぁはぁ言いながらハンカチで顔の汗を拭う勢いだった。
それを見て舞ちゃんがほくそ笑む。
ヤバイね舞ちゃん!? もう完全に悪魔だよ!
完全に教頭先生を手玉に取った舞ちゃんの追い込みには恐怖を感じた。そんな事など知らない教頭先生は、まるで操られたかのように職員室中の先生を集め出し、あっという間に天満の逃げられない土俵が完成してしまった。
「では天満君。早速だが手品を披露して貰えるかね?」
「は……はい……」
手に持つ武器は理香から借りた五百円玉とボールペン一本。そんな一寸法師並みの装備で舞台に上げられる天満はとても可哀想だった。しかしこの状況ではもはや理香ですら助けられるような状態ではなく、俺達はただ天満が舞ちゃんの罠で仕留められるのを見届けるしかなかった。
「で、では……机を貸して貰っても……良いですか?」
「そうかそうか。それはすまなかった。では私の机を使っても良いよ」
「あ、ありがとう御座います……」
もうここまで来たからにはやるしか道は残されていない天満は覚悟を決めたのか、オドオドしながらも机を前にした。だが借りた机が超綺麗に整理された教頭先生の物という悲劇が悲惨だった。
しかしいざ机を前にした天満が目を閉じ気持ちを整えるように大きく息を吐くと、まるで別人のように変わった。
「では、この佐藤さんから借りた五百円玉を使ってコインマジックを披露します」
胸ポケットから五百円玉を取り出し、穏やかな声で落ち着いて言う天満からはもうオドオドした弱弱しさは無かった。それどころか猫背が伸び、いつもはただ太っているだけの体格が大きく見えるほど堂々としていた。
「じゃあ山口先生。ちょっと手伝って下さい」
「私で良いのかしら? やだ緊張しちゃう」
「はい構いません。どうぞこちらへ」
ててて天満!?
立ち振る舞い、口調、どれをとってもまるでテレビで見るようなマジシャンだった。その変わりようはもう吹っ切れたというより別人格で、俺が知るでぶっちょの天満ではなかった。
「では山口先生には今からこの五百円玉がどちらの手にあるか当てて貰います。準備は良いですか?」
「いつでも良いわよ」
「それでは」
そう言うといよいよ手品が始まるのか、天満は何気なく袖を軽く捲り上げた。それがまた絵になり、あのなすび眼鏡の天満がカッコ良く見えるほどだった。
「じゃあこれはどちらの手にありますか?」
先ずは準備運動なのか、天満は左手に五百円玉を乗せると両手を閉じた。
「左」
「正解です」
「では」
当然五百円玉は左手から出て来た。すると今度も同じように天満は左手に五百円玉を乗せ両手を閉じた。
「次はどっちですか?」
「左」
多分次は右手から出てくるはずだが、空気を読める山口先生は敢えて左と言った。それを聞いて天満が少しだけ頬を緩ませたのが分かった。
「残念です」
「おお!」
一応先生たちも気を遣っているのか、これが手品なら当然左手に五百円玉は無いのは分かっているはずなのに、驚いたような声を上げた。
「じゃあ右!」
山口先生もこういう事は得意なようで、上手く天満をサポートしようと空かさず声を上げる。だが天満はそんな安っぽい同情など必要としない程の実力者だったようで、握り込んでいた右手を開いても五百円玉はどこにも無かった。
「それも残念です」
「…………」
これにはみんな驚き過ぎて逆に歓声は上がらなかった。というか俺ですら驚き過ぎて声が出なかった。
そんな場が止まったような空気の中でも、天満は動ずる様子は一切なく続ける。
「消えてしまった五百円玉は……」
もうさっきの五百円玉の消失で混乱していると、天満は手を伸ばし天井を見上げた。するとそれにつられるように伸びる手を目で追い掛けるしかなかったのだが、天満が「フィッ!」と声を出すと突然空の手に五百円玉が出現し思わず声が漏れた。
「おお!」
もう全員が完全に天満に魅了されていた。それほど天満の手品は完ぺきで、全くタネが分からなかった。
「じゃあ次は、このボールペンを使って五百円玉が消える瞬間をお見せします」
おお! マジか! 良し! 今度は見破ってやる!
もう何故天満がここで手品を披露しているのかなどすっかり忘れていた。ただただ天満の次の手品が見たくて前のめりになるほど胸が躍った。
「ではこの掌の五百円玉をよく見ていて下さい」
天満は取り出したボールペンで左手の上の五百円玉をコンコンと叩いた。その仕草には不自然さは一切なく、逆にこれからボールペンを使って一体どうやって五百円玉を消すのか楽しみになるほどだった。
「では行きます。ワン、ツー……」
ボールペンで五百円玉を叩きながら天満はカウントを取り始めた。そして……
「スリーッ!」
カウントスリーで天満が五百円玉を強く叩くと、一瞬にして五百円玉は手のひらから消えた。
「おお!」
もう「おお!」という言葉以外出なかった。それほど天満の手品は凄く、素人の域を脱していた。
しかしここで終らないのが天満! 『消えた五百円玉は……』と言うと、ボールペンの蓋を開け始め、まさかのそこから五百円玉を出現させた。
「この中にありました」
「おお!」
いままでふとっちょなすび眼鏡だとばかり思っていた天満が神様に見えた瞬間だった。
この日を境に俺は天満を見直した。そして麻雀同好会も夢縫同好会に変わり、俺達はまた一つ絆を深める事が出来た。ただ相変わらず理香と舞ちゃんの天満に対する接し方は変わらず、この二人もこのくらいの実力を持っているのかもしれないと思うと、なんだか肩身が狭い思いを感じ始めるようになった。




