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君はjunkie   作者: ケシゴム
第三章
13/48

老獪コンビ

「失礼します」


 ノックした扉の向こうから返事が聞こえると、理香は迷わず扉を開け校長室へと入った。


「一年Cクラスの佐藤理香です。麻雀部の事でお話に来ました。何故麻雀部の設立が駄目なんですか」


 校長室には教頭もいて、取り込み中のように見えた。それでも理香は構う事無く用件を口にした。


「そうか。君たちが麻雀部を作ろうとしていた子達か。教頭先生、すまないが話はまた後でという事で」

「分かりました校長先生。ではまた後で」

「いやいや、折角だから教頭先生もこの子達の話を聞いて行ってくれるかい?」

「……校長先生がそうおっしゃるのなら私は構いませんよ」

「そうか。ありがとう」


 校長先生たちの話は特に込み入ったものではなかったようで、意外にも直ぐに対応してくれたのだが、白髪頭にたれ目の見るからに押しに弱そうな優しい顔をしている校長には不安なのか、厳格でずる賢そうな教頭を残した。

 これには嫌な予感がした。教頭の性格は全く知らないが、見た目やイメージからおそらく麻雀部設立を反対しているのは教頭だと思ったからだ。


「じゃあ先ずは君たちはそこの空いてるソファーに座って。今校長先生もそっちに行くから」

 

 そんな教頭だけでも厄介なのに、ここで校長は長期戦でも挑むつもりなのか、やたら低い腰で俺達にソファーに座るよう指示した。


 この二人できる! 気を付けろ理香! 高橋先生のようにはいかないぞ!


 まるで麻雀漫画に出てくる怪しい老人コンビのような校長と教頭のタッグは、強敵感満々だった。

 しかしある意味百戦錬磨の三人にはそんなタッグでも不足は無いのか、校長の言われるがまま平然とソファーに腰を下ろした。


 こいつらもできる! 何この安定感!


 夢を追い齢十六で既に数々の戦いを生き抜いてきた三人からは威風堂々とした風格さえある。なんか俺だけが場違いだった。


 あっ! そういう事? 俺ってモブ的立場なの?


「何やってんの優樹? 優樹も早く座りなさいよ」

「え、あ、あぁ……」


 ここからの戦いには全くついていける気がしない俺は、理香に言われるがままソファーに腰を下ろしたが、自分の立ち位置を踏まえ解説役のモブとして見守る事にした。

 すると早速校長が仕掛けて来た。


「いや~ごめんねごめんね。今行くからちょっと待っててね。あっ! あったあった」


 一体何を狙っているのかは分からないが、校長は何かを探しながら優しい言葉で謝り、まるで風上でも譲るかのように俺達に対し低姿勢を取った。


 気を付けろよお前ら! これは多分罠だ!


 しかし校長の仕掛けはこれだけでは終わらず、探していた万年筆とメモ用紙を持ちソファーに腰を下ろすと、あたかも懸命に頑張りましたと言わんばかりに軽い息切れを見せ、優しいお爺ちゃんを演出する。


「いやいやごめんね。じゃあ早速話を聞こうか? 確か代表は佐藤さんだったよね?」

「はい。一年Cクラスの佐藤理香です。私が麻雀部の申請書を貰いました」

「そうかそうか」


 校長は優しいお爺ちゃんで攻めるつもりなのか、こちらの怒りなど存ぜぬという感じで柔らかい口調で対応する。それに対し理香も負けてはおらず、敏腕ビジネスマンのようにしっかりとした受け答えを見せる。そして舞ちゃんと天満も理香に加勢するため、どっしり腰を落とし構える。

 これによりかなり良い勝負ができそうな予感がした。しかしやはり伊達に歳は食ってはいないようで、ここで教頭がソファーには座らず無言で校長の少し左後ろに立ち仕掛けてくる。


 こ、これは正にボディーガード! 自分が敢えてソファーには座らず校長の後ろに佇み見守る事で、頼りなさそうで弱弱しい校長は実は凄い人だと見せるつもりか! このコンビ相当強いぞ!


 教頭が後ろに立ち無言の圧力を醸し出した事で、簡単に行くような雰囲気ではなくなった。そんな空気を察し、激しい主導権争いは勝ったとでも思ったのか、いよいよ校長は本題に入る。


「じゃあ話を聞こうか」

「はい。私は高橋先生に麻雀部が作りたいと言いました。そしたら高橋先生は『先ずは四人集めてこの申請書にサインを貰って来て』と言いました。だから私は今ここにいる三人を集めました」


 良し! 良いぞ理香! 落ち着いてる!


 校長室へ入る前の話が効いたのか、それともこれが本気なのか、今までに見た事も無いほど落ち着いた理香はとても大人に見えた。


「だけどいざサインした申請書を持って高橋先生の元を訪れたら、『やっぱり駄目』と言われました。これはどういう事ですか校長先生?」


 とても落ち着き大人に見える理香だが、逆にそこから繰り出される『どういう事ですか校長先生?』は正論過ぎてまるで校長先生を脅しているようにさえ見えた。

 

 さぁどう出る校長!


「そうか。それは悪かったね。私も高橋先生からは聞いていたんだけど、直ぐに伝えるのを忘れていてね。本当に申し訳ない」


 校長は俺達相手でもしっかり頭を下げ、大人として謝罪した。それは高校生である俺からしたら途轍もない攻撃となった。だがこれくらいで怯むわけがない理香は、当然のように口を開く。


「申し訳ないって校長先生。そんなの今さら言われても困ります。私達四人集めるのにどれだけ時間使ったと思ってるんですか? 校長先生からしたらたった二週間くらいかもしれないですけど、私達からしたら二週間もなんですよ?」


 決して声を荒げることは無いが、急所を突くような理香の言葉は物凄く重かった。

 これには校長もかなり苦しいのか、高橋先生のような事を言い始める。


「それは本当に申し訳ない。でも学校としては認める事は出来ないんだよ」

「それは前に野球部が賭け麻雀してたからですか?」

「う~ん……まぁ、そうだね」

「私達はそんな事はしません。私が生きて来た十六年に懸けて誓います」


 さすが麻雀好き。命を懸けるではなく、自分が生きた人生を懸けると言った理香は、まるで麻雀漫画に出てくる主人公のようだった。


 麻雀漫画はイカサマを使った対決や、命や高額な金銭をやり取りする賭博的な漫画だと思われがちだ。しかし一番の醍醐味はそんな戦いの中での人々の背景や心情にある。だからこそ心に刺さる名言が数多く生まれ読者を引き込む。

 

 この命懸けの対局を前にしたような理香の発言は相当な破壊力があったようで校長は目を泳がせたのだが、さすがは老獪コンビ、校長の危機を察知した教頭が空かさず口を挟んできた。


「佐藤さん。それでも学校では麻雀部を認めるわけにはいかないんだよ。校長先生だって本当は佐藤さん達のようなやる気のある生徒が部活を作り励むのは賛成なんだ。しかしね、規律と言うのもあるんだ。分かるね?」


 好々爺で人情を武器にする校長。規律と理屈を武器にする教頭。このコンビは一筋縄ではいかない。その上人生経験も豊富とくれば高校生の俺達には荷が重い強敵だった。

 それでも理香はまだ引き下がらない。


「それは麻雀が賭博というイメージがあるからですか? 教頭先生?」


 この質問にはかなりの攻撃力があったようで、教頭は大きく鼻で息を吐いた。


「そうだ。今はパソコンゲームで誰でもできたり、麻雀のプロの方がいるのは知っている。でもね佐藤さん。それでも未だに学校で隠れてお金を賭けてする生徒がいたり、賭博として捕まっている人もいるんだよ。実際世間ではまだ麻雀は大人がする遊びだと思われているし、私としてもパチンコや競馬とあまり変わらないイメージがあるんだ。だから学校としても認めるわけにはいかないんだ」


 正に社会一般論。敢えて否定せず正直に話す事で理香に余計な反論をさせないつもりらしい。

 今までただのずる賢い爺さんかと思っていたが、真正面から立ち向かう教頭には敵ながら好印象を受けた。

 

 これに対し動いたのは舞ちゃんだった。


「では聞きますが、将棋や囲碁はどうなんですか? この学校には将棋部はあるじゃないですか? 将棋だって昔は賭博としてやってたって知ってますよ? 何が違うんですか?」

 

 さすがは舞ちゃん。小説家志望だけあって嫌な質問をする。さぁどう出る教頭!


「それはそうかもしれない。だけど昨今では、羽生九段や藤井聡太君のような若い世代が活躍した事によって、もはや相撲と同じく国技と変らない程の認知度がある」


 確かに今や将棋は由緒ある競技というイメージがある。その上藤井七段の活躍により、幼少期から厳しい世界で戦い続けても一握りの者しかプロになれないという格式高い健全な職業というイメージと、賢いというイメージが定着してしまった。だがそれを言ったら麻雀だって同じだ。

 確かに麻雀プロには将棋のような奨励会や年齢制限はないかもしれない。だが知恵を絞りより見えない物を想像しながら戦い続け、その中でも一握りしかプロになれないのは同じだ。いや、それは麻雀だけじゃない。手品だって小説だって戦い続けてやっとたどり着けるかどうか分からない世界ならどれだって同じだ。


 おそらく舞ちゃんの質問はそういう意味でのものだったのだろう。言葉を操る小説家を目指しているだけあって含みを持たせていたのはさすがとしか言いようが無かった。

 それを理解していない教頭は、僅かな隙を見せた。


「それに、将棋は記憶力や思考を深める事も出来る。それは君たちにも分かるだろ?」


 この発言は俺でも完全に麻雀を馬鹿にしていると分かった。麻雀は見えない物があるからこそ素人が思うよりも多くの情報を処理し、可能性を縫い合わせながら戦う。それこそ強者同士になれば運すらも実力の前にかすむほど熾烈になる。

 この僅かな隙に理香が飛び付く。というか火が点く。


「教頭先生。それは麻雀を馬鹿にしてるんですか?」


 麻雀をこよなく愛する理香にとっては許すまじ発言だったらしく、声色が一気に変わった。


「別に私は馬鹿にしているわけじゃないよ佐藤さん」

「ならなんで将棋は記憶力や思考を深めるって言ったんですか? 麻雀だって相手の手だけじゃなく、何を狙ってるとかどうコントロールして場を支配しようとか考えて戦うんですよ? おそらくそういう面ではどの競技よりも頭を使うんですよ?」

「それは……」


 何となく理香の言っている事は分かる。だけどレベルが高すぎて俺でも良く分かんないよ! 何、場の支配って!

 

 理香の怒りは大人の教頭先生でもビビったのか、少しだけ目を見開いたのが分かった。


「ならテストして下さい」

「テスト?」

「はい。明日ここで麻雀がどれだけ頭を使うスポーツか証明します。だから明日私が麻雀牌とマットを持って来ることを許可して下さい。もちろん朝一番で持って来た牌とマットは校長先生に預けますから。良いですよね校長先生?」

「それはちょっと……」

「じゃあ校長先生は私達がこの二週間無駄にした時間の保証をしてくれるんですか?」

「い、いや~それは……」

「じゃあ決まりです。良いですね校長先生?」

「あ……うん。じゃあ明日、放課後また来なさい。その時にまたこの話はしよう」

「はい」


 保証まで口に出し、完全に火が点いてしまった理香の剣幕は、これが場の支配なのかと思うほど絶対的な力を持っていた。というか校長も面倒臭くなったようで、俺達は翌日再び校長室を訪れる事となった。


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