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君はjunkie   作者: ケシゴム
第二章
10/48

夢縫

「ねぇ舞ちゃん。ちょっと良い?」

「ん? あ、また来たの? 悪いけど何度来ても私麻雀部には入らないよ?」


 後日策を練った俺達は、武器を引っ提げ舞ちゃんの元を訪れた。


「実はそれなんだけどさ。舞ちゃんって小説書いてるって言ったよね?」

「うん。それがどうしたの?」

「それでさ。俺なりに色々調べたんだけど、舞ちゃんってもしかして小説家になろうとかに投稿してる?」

「え! う、うん。まぁ……」


 Google先生は物凄く、自分が小説家になるつもりで検索すると、あっという間に様々な情報を得ることができた。その中で小説家になろうというサイトを見つけた。このサイトでは素人でも小説さえ書ければ直ぐに投稿が可能で、プロになる事も可能らしく、小説家を目指している舞ちゃんなら必ず利用していると思った。


「やっぱり。ねぇなんて言う作品投稿してるのか教えてくれない?」

「え? べ、別に良いけど……」


 これには勝ったと思った。小説家になろうでは、作品に対しブクマというフォローのようなことができる。そしてそれが多ければ多いほどランキングされ、一位を獲得すると出版社からスカウトが来るというシステムらしい。

 当然小説家を目指している舞ちゃんにとってはブクマは喉から手が出るほど欲しいポイントで、俺はこれを餌に舞ちゃんを釣るつもりだった。


「黒猫ミイアってユーザー検索すれば出て来るよ」

「ありがとう舞ちゃん」


 すんなりユーザー名を教える辺りを見ると、舞ちゃんもまんざらではない感じに手ごたえは十分だった。


「じゃあ早速検索して……」

「あ、一つだけ言っとくね」

「え? 何?」


 ここまでは計画通りだったのだが、一筋縄ではいかないようでここで舞ちゃんが釘を刺してきた。


「私ブクマとか要らないから」

「え?」

「私そういうのでプロになろうとかは思ってないから、余計な事はしないでね」

「え……」

「感想とかも別に要らないから。もししたらブロックするから覚えておいて」


 ご破算だった。俺達の魂胆を読んだ洞察力というより、実力でプロを目指している舞ちゃんを見くびっていた俺の負けだった。

 俺が調べた限りでは、小説家になろうにはクラスタとかいう裏技を使ってまでプロになろうとしている輩もいて、そのくらいは常識的なサイトだとばかり思っていた。だがしかし、今までに無いほど鋭い目つきを見せる舞ちゃんは純粋にプロを目指している本物だった。


「あ……うん……俺は別にそういうつもりじゃないから……」


 この時点で俺にはもう勝機は無かった。そんな中だった。ここでまさかの援軍が登場する。


「ね、ねぇマイ? じゃあ僕が本気で良いと思ったらフォローして良い?」

「え?」


 まさかの天満の援護には目を丸くした。今までの感じからは、天満は舞ちゃんの事があまり好きではないような印象を受けていたからだ。


「別にいいけど……だけどどうせ麻雀部に入れって言いたいんでしょ?」


 天満の強襲にはさすがの舞ちゃんも動揺したのか、ここでズバリ核心を突く言葉を放った。しかし天満は全く怯む事は無かった。


「違うよ。だってマイ、本気で小説家目指してんでしょ? だったらさ、ちゃんとした評価欲しいんじゃないの?」

「う、うん。それはそうだけど……」

「僕あんまり小説は読まないけど、ちゃんと買うつもりで評価するから。だから面白くなければ面白くないって評価するし、あんまり酷かったら読む価値無いってレビューも書くよ。駄目?」


 まさかの酷評! あれ? やっぱり天満って舞ちゃんの事嫌いなの?


 多分説得のつもりなのだろうが、真逆の事を言い始めた天満に何を考えているのかさっぱり分からなかった。なのに今度は何に感化されたのか、さらに理香まで参戦してきた。


「じゃあ私も書くよ! だけど面白くなかったらそれこそボロクソに書くよ? なんたって数多の麻雀戦術本を読み漁り、クソみたいなこと書いてある本は破いて燃やしてきた私だからね。果たして面白いって言わせられるかは謎だけど?」


 理香―! それもう最初から面白くないって言ってるようなもんだよ! っていうかお前そんな事してたの!? 燃やされた本書いた人って一応プロじゃないの!?


 何故わざわざ舞ちゃんを馬鹿にするような事を言うのか、狂人二人の考えは全く分からなかった。恐らく二人に悪気は無いのだろうが、これにはさすがに引いた。

 そんな二人にムッと来たのか、舞ちゃんが言い返す。


「……分かった。それなら良いよ。でも読んでないのに感想書いても直ぐ分かるからね。私が投稿してるの全部十五万文字超えてるから、感想とか書くならちゃんと最後まで読んでからにしてよ?」


 十五万文字!? え! 作文用紙何枚分!? え~……とにかく凄い!


 この挑発には文字大嫌いな俺は直ぐに目を伏せてしまった。だがうちの二人はやっぱり狂人だったようで全く意に介さない。


「もちろんだよマイ。僕だって自分の手品で嘘の評価なんてされても嬉しくないもん。だからマイが本気なら僕だって本気で応えるよ」


 て、ててて天満がカッコいい! ただの汗っかきのデブだとばかり思ってたけど、全然俺より二枚目!


 多分普通の人が放てばただのダサい言葉で終った。というかデブの天満が放ったからには気持ち悪いで終るのが当然だった。だがしかし、こいつは将来手品師になるんだろうと思わせるほどのイカレ具合を知っている俺だからこそ、その言葉には何一つ飾りっ気は無く胸に刺さった。


 そしてさらに理香が続く。


「そうよ。なんで私達が本気の人を馬鹿にするような事する必要あるの? 舞ちゃんだって自分の力に自信があるんでしょ? ならこっちも全力でぶつからなけりゃ私達が駄目になっちゃうじゃない?」


 この二人は俺が思っていたただのマニアでは無かった。二人は一度も自分の夢を語らなかったが、間違いなく将来のビジョンがある。それこそ絶対のビジョンが。そんな事も知らずただの狂人だと決め込んでいた俺は、もはや三人の中には入っていけなかった。

 同じ次元に立つ二人の言葉は舞ちゃんにはとても響いたようで、ずっと訝し気な表情を見せていた舞ちゃんはここでやっと表情を和らげた。


「分かった。じゃあ私からもお願いするね。どうか私の作品を読んで辛口の評価して下さい。そしたら私も麻雀部に入る事考えるわ」

「うん」

「任せて」


 こいつらは本当に凄い。全力で打ち込むからこそ人の心を動かす方法を知っている。多分俺は一生この次元には到達できないだろう。既に同い年には見えない三人がなんだかとても遠い存在に見えた。

 しかしここで終らないのが麻雀部。これで丸く収まったと思いきやいつものが始まってしまう。


「でも一つだけ良い?」

「何?」

「それとこれとは別だから、別に舞ちゃんが麻雀部に入らなくても関係無いよ?」

「え? でも……」

 

 何でだよ! なんで理香って折角掴んだチャンス棒に振りたがるの!?


 二つ以上の事は全くできない理香は、既に何のために今俺達が舞ちゃんの元を訪れているのかさえ忘れているようで、なんで麻雀部に入るの? という感じで不思議そうに首を傾げた。やっぱりただの馬鹿!


「そうだよマイ。だってマイ小説書かなきゃなんないんでしょ? 麻雀なんてしてる時間無いじゃん?」


 てんまーん! お前まで何を言ってんだよ!


 理香も理香だが、それに負けず劣らずの天満も三歩歩けば忘れてしまう鳥頭だったようで、目的を完全に見失っていた。


「確かにそうだけど……でもリイチ達私の小説読んでくれるんだよね?」

「え? うん。そうだけど? なんで?」


 賢い舞ちゃんはギブアンドテイクが成立したはずなのに、突然理にかなわない事を言い始めた二人には疑念が沸いたようで、今までの話が本当なのかどうかさえ分からなくなったのか不安気に確認を取る。


「い、いや……だってそれじゃあなんか悪いよ。小説ってさ、読むのに結構な労力いるんだよ? そんな事させといて何もしないのはちょっと……」


 舞ちゃんの言う事は正論。理香たちが言う事は邪論。舞ちゃんが恐縮するのは当たり前だった。しかしそれが通用しないのがマニア。


「え? でもそれじゃ舞ちゃんなんで私達に読んでって言ったの?」

「い、いや……」

「ん?」


 こわっ! 


 理香にとってはちんぷんかんぷんらしく、普通に聞いているつもりのようだがこのタイミングでの真顔での質問には恐怖すら感じる威圧感があった。

 これには舞ちゃんも怯えてしまったのか、沈黙が出来る。


「……じゃ、じゃあさ。い、今書いてるの後一週間くらいで完成するから、そ、そしたら私少し暇になるからさ、そ、その後なら麻雀部入っていい……かな?」


 舞ちゃーん! それは脅しじゃないよ! だからそんな感じで麻雀部入るのやめて!

 

 殺し屋ばりの圧には舞ちゃんも身の危険を感じたようで、ここでまさかの屈服発言が出た。しかしこれは完全に二人に油を注いだと同じことで、さらに緊張感が高まる。


「え? でもそれじゃマイは小説書けなくなっちゃうよ? 麻雀部出来たら一応部活だから参加しない訳にはいかないよ?」


 天満は意外と真面目なようで、一応麻雀部を部活と捉え活動するらしく、舞ちゃんが途中で逃げ出さないかと確認するように聞く。その大人発言がまた怖く、舞ちゃんはさらに委縮してしまう。


「そうだよ舞ちゃん? 私達だって本気で麻雀部作ろうとしてんだよ? そんなお情けで麻雀部入られても困るわよ?」


 あれ? 理香達って舞ちゃんを麻雀部に入れたいんじゃなかったっけ? なんで入れないようにしてんの?


 もう意味が分からなかった。確かに舞ちゃんの夢を応援するという姿勢は素晴らしいが、何のために俺達が苦労したのかを考えると意味が分からなかった。


「え、う、うん……」


 これには舞ちゃんも完全に恐怖に駆られたようで、助けを求めるように一瞬俺に視線を飛ばした。それはまるで通し(麻雀で目や仕草で仲間に欲しい牌などの合図を送るイカサマ)のようで、ほんの僅かな時間だったが完全に舞ちゃんの心中が分かるほどだった。

 そこでいよいよ助け舟を出す事にした。


「おいお前ら、もういいだろ? 折角舞ちゃんが麻雀部に入ってくれるって言ってんだぞ? なんで邪魔すんだよ?」

「だって優樹、小説家だよ? 読むだけでも大変なのに舞ちゃんそれを書いてんだよ? それこそ役満上がるまでやめないくらい大変な事なんだよ?」


 確かにあれだけの文字が必要な小説を書くのなら大変な事は分かる。でも折角掴んだチャンスをみすみす逃すのは頂けない。大体役満上がるまでの例えはどうなの?


 理香達にとっては夢を追い掛けるというのはとても大切なようで、天満と二人で舞ちゃんを守るかのように必死に問いかける。


「そんな事くらいは俺だって分かるよ。でも折角高校に来たんだぞ? 夢ばかり追い掛けるのもいいけど、一杯遊んで楽しみながら追いかけてもいいだろ? 折角俺達友達になれたんだし」


 半分は舞ちゃんを麻雀部に入れる為の建前、そして残りの半分は、舞ちゃんが俺や理香や天満と仲良くなって四人で過ごしてみたいという思いだった。

 

 この言葉にはそれぞれ思う所があったようで、三人は何故か少し寂しそうな表情を見せ目線を反らした。


「なぁだから舞ちゃんが麻雀部入っても良いだろ? 別に部活って言ったってずっと麻雀するわけじゃないし、天満だってトランプ持って来る気なんだろ?」

「え! ……うん」


 理香と天満は意外な事に、トランプや麻雀牌は一度も学校には持って来た事が無い。それは生半可な気持ちで向き合っていない表れでもある。しかしこの二人の事だから、いざ部室が手に入ればやりたい放題するのは見えていた。


「なら舞ちゃんだって部室で小説書けば良いだけじゃん。そしたら俺達だってなんかアドバイスくらいは出来るだろ?」

「ま、まぁ、それもそうだけど……」


 てっきり理香は天満がトランプを持って来るのを知れば怒ると思ったのだが、理香にも色々と考えがあったようで素直に俺の言葉に頷いた。


「じゃあ決まりだな。舞ちゃん。今書いてる小説完成した後で良いからさ、そしたら麻雀部入ってよ」

「う、うん。その時は声掛ける」

「ありがとう」


 こうして晴れて麻雀部への入部が決まった舞ちゃんのお陰で、俺達は遂に設立に必要な人数を集めた。そしていよいよ麻雀部としての活動が始まる。はずだったのだが……


「ねぇちょっと待って」

「どうした理香? まだ何か問題でもあんのか?」

「いえ、別に舞ちゃんが麻雀部に入るのは問題無いけど、それなら麻雀部って名前変えない?」

「え?」


 え? 何言ってんの理香? 俺達麻雀するために集められたんじゃないの?


「テンパイ君が入った時に思ったんだけど、どう見てもこの面子じゃ麻雀部って感じしないのよね?」

「は?」


 また変な事言い始めたよ。お前の麻雀へのこだわりはどこへ行ったんだよ?


「確かにやる事は麻雀だけだけど……」


 あ、やっぱ麻雀ばっかするんだ。


「手品でしょ、小説でしょ、あと……」


 天満、舞ちゃんと指差し、俺を見た理香はピタリと手を止めた。


 どうせ俺には夢なんて無いよ! お前らが異常なんだよ!


「…………」

「出て来ないなら良いよ!」

「え! あ、別にそういう意味じゃないよ優樹。ほら、優樹には漫才師って才能あるから」

「誰が漫才師なんて目指すかよ!」


 理香達のような人間には夢を持たない者は直ぐに分かるのは分かる。それでもそれは何気に馬鹿にしてんだろ!


「ま、まぁ今のは冗談よ。とにかく折角夢持った人集まったんだし、なんか違う名前にしようよ?」

「何を今さら言ってんだよ! そんな事したら先生だって怒るぞ!」

「まさか~。別に四人集まったんだし、麻雀だろうがトランプだろうが小説だろうが関係無いじゃん。要は将来役立つ部活なら良いんだし」


 確かに理香の言っている事は核心を付いている。バスケだろうが野球だろうが協調性や目標に向かい努力するという心を育む事が目的だから、それに将来性を加えられるのであれば学校としても文句は言えないだろう。でもそれなら何でも良いから俺も入れてよ!


「佐藤さん良い事言うね」

「うん。理香ちゃんの考えには僕も賛成」

「もう舞ちゃん。私の事は理香って呼んでよ? 私達友達なんだから」

「え? う、うん。じゃあ私の事も舞って呼んで?」

「うん。じゃあよろしく舞」


 意外と舞ちゃんも自由人のようで、早くも三対一の構図が出来上がってしまった。こうなるともう俺が太刀打ちできる状態ではなく、後は三人に任せるしかなかった。


「じゃあこういうのどう理香? ゆうほう部」

「UFO部?」


 そう言うと舞ちゃんはノートに何か書き始めた。


「夢を……縫うで……夢縫部。麻雀に天衣無縫って役あったじゃない?」

「純正九連の事?」


 麻雀の役の中で、最も美しく最高位に格付けされる役満が純正九連宝燈である。一種類の数牌でのみ構成され、一一一二三四五六七八九九九という形でのみ純正テンパイとなる。待ちは一から九まで全てが上り牌となり、完成された役は一雀頭四面子の何処ででも区切れるため、天女の衣のように縫い目が無いという意味で天衣無縫と呼ばれる。

 ちなみにこれを上がると死ぬとまで言われるほど出現率が低く、俺自身一度も対局で見たことは無い。


「そうだっけ? でも理香が言うなら間違いないと思う。だから折角麻雀部を作ろうって集まったんだから、そこから縫うって貰ったの」

「おお! さすが舞ちゃん! いいねその名前!」

「あ、理香また私の事ちゃん付で呼んだ」

「あ! ごめん舞……」

「良いよ別に」


 もう何か無茶苦茶になって来たが、二人がどんどん仲良くなる姿を見ていると麻雀部と言う名など些細な物にしか感じなかった。


「じゃあ決まり! 私達はこれから夢縫部よ!」


 これで本当に先生がOKをくれるかは分からなかったが、嬉しそうに手を上げ夢縫部を掲げる理香とそれを楽しそうに見上げる舞ちゃんと天満の三人が満足しているのならもう口出しする必要は無かった。


 こうしてやっと準備が終わった俺達は、いよいよ夢縫部として活動を始める。


「じゃあ早速みんな帰って舞ちゃんの小説読むわよ!」

「えっ!? ちょ、直ぐに先生の所に行くんじゃないのか!?」

「何言ってんのよ! 舞が入部するのは一週間後よ! それまでは各自舞の小説読んで感想提出しないと駄目よ!」

「えっ!」

「えじゃないわよ! さぁみんな帰るわよ!」

「お~!」


 と言うわけで、俺達はいよいよ一週間後夢縫部として活動を始める。予定。

二章はここで終わりです。三章まではまた時間が空きます。

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