部活動をしよう。一人で頑張ってね。
「さて、自由時間になった訳だが……」
最初の行事が予定より早く終わり、午後から自由時間になった。なので教室の黒板の前で、クラスの代表になっている遊び人のカオス・スティングマンが場を仕切る。
では話す内容は何か?当初の目的、ダンジョンの最下層を目指すための話し合いか、それとも遊び人らしく何かの遊びを提案するのか?
「みんな何部に入るんだ?」
「何かすんじゃねぇのかよ!」
参謀役のヴィン・テトムがすかさず突っ込む。
ちなみに冒険者学校では授業で教えない部分については生徒同士による知識の共有が推奨され、その手段の一つとして部活動がある。同一趣味或いは目的を持つ生徒達が放課後あるいは祝祭日等に訓練や大会の参加等をする、本来の主旨はそうである。釣り部や金融部、山岳部等がどちらかといえば趣味よりの部活動の代表だろうか。
「農学部予定」
「そしてテメェも答えんな!」
空気無視したケイ・クロムウェルにも突っ込むが、
「ケイは錬金部じゃないのか?」
誰もが疑問に思う質問をカオスはした。
「武器や道具は作れても、食べ物は作れないからねぇー。料理部も候補だよ」
顔と声から、半分くらい冗談だとカオスは判断する。ヴィンは御断りの理由としてオブラートに言ったものだと判断した。
「で、本音は何だ?」
「方向性が合わない」
成る程と思ったのは追及してきたヴィンだけではなかった。普通の錬金術師は錬金術師にしか作れない魔法のアイテム作成が主で、ケイは錬金術の技能をフル活用して錬金術師でなくても作れるものを作る。そういう意味で同業の錬金術師からの評価は低く、それ以外からの評価は高いというチグハグな事になっている。そりゃ方向性が合わないはずである。
そこから考えられる結論は一つ。部に便利な道具を作って改良する未来しか見えない。だから、どうやって自分が行く部に引き込もうか?
「ワテは金融部予定なんやが、一緒に入って色んな物を広めんか?」
「釣り部はどうかな?釣竿とか網とか、改良の余地があると思うんだ」
「音楽部はどうかしら?新しい楽器とか作ったら面白いと思うわよ」
ワイワイがやがや。大人気である。
「戦術部には引けそーなネタがねーな」
ヴィンは舌打ちして諦めた。
「けどよぉ、これ全員に聞くんのか?」
流石に本題ではないと判断したヴィンはカオスに聞いた。
「ちょっとしたワンクッションだったつもりなんだけどな」
フリーな有能錬金術師(錬金部と相性悪い)の引き抜き合戦が大規模になったため、本題の前降りが予想外に広がってしまったため、まだ本題に入っていない。
つまり、とんでも発言の前なのね。全員覚悟を決める。
「少々の事は免疫できたし、テメェがんな事言うからにはとんでも発言に驚くんだろうが、本題はなんだ?」
考えられるのは新しい部活を作るくらいか?となると、遊び部とか世界を多いに楽しむスティングマンの部でSOS部を作るとか、何か変な電波を受信したかもしれないが、本題は部活動に参加してくれとかその辺りか。まあそんな生易しいはずはないのだが。
「新しい部を作る」
よし、想定内。だがその想定はカオスが天を指し、発した言葉で枠の外に追いやられる。
「目標は月へ行く事。掛け持ち推奨」
「…………」
「……………………」
「………………………………」
教室の中が完全にフリーズ。秒針が一周以上回って、かろうじて動き始めた頭でヴィンはなんとか声に出す。
「…………は?」
この一言が精一杯だったが。
「おや?聞こえなかったか?」
そうしてもう一度宣言する。
「目標は月へ行く事。掛け持ち推奨」
聞き間違えではないらしい。
「「「アホかーー!」」」
クラスで異口同音に罵声が発せられた。この世界では月に神が住んでいる。つまり
「流石にバチ当たりすぎんだろーが!」
というヴィンの一般論に落ち着く。
「だってどこの法律にも禁止されてないしー」
とぼけた顔のカオスがとぼけた事を言った。
それは誰も行こうとしないからだろーが、そう言い返す気力はなかったし、言ったところで気にしないだろうが。
「それに神話の何処にも禁止されてはいない。この国の法律と母国の法律にも無かったな」
そうだけどそうじゃない。そして何処の国の法律にもそんな物はない。あってたまるか。
ヴィンは大きく深呼吸し、心を落ち着かせてから聞く。
「…………どーやって行くんだ?」
「それはこれから考える」
肝心なところはノープランだった。
「一応、飛行魔法の実用巡航高度は知ってんだよな?」
かつて人は月を目指した。その中に月へ向かって魔法で飛ぼうとした魔法使いがいた。しかし神は人が来るにはまだ早いと、上空では魔法を使えないようにした。その高度が
「一万フィートくらいだったか?」
おおよそ3000メートルである。だいたいその付近から魔法が急激に使い難くなってくるため、それ以上の高さを魔法で飛ぶ事はない。
それでも頑張れば更に高く飛べるが、魔法がますます使い難くなり、最終的には魔法が使えなくなる。なので世界一高い山を魔法で越える事はできない。
「しかし、世界一高い山を越えられる鳥もいるのだから、頑張れば可能だろ」
なお、ドラゴンは越えられない。
「だから最初の目標は世界一高い山だ」
気球やグライダー、玩具としての凧さえない世界なため、世界一高い山でさえ無茶もいいところだ。そしてその山の中腹から魔法が使えなくなる。単なる登山でも難易度は高い。
「候補としては鳥の動きの解析、ついでに鳥がより高高度を飛べない理由の探求もかな」
グライダーを作るのか。シド用務員がいれば直ぐに納得しただろうし、それが可能であると判断しただろう。しかしこの場に彼は居らず、他の人間に航空力学やそれに類する知識はない。
「虫はだめなのかな?」
とはケイの疑問である。
「可能性はあるが、思いっきり羽ばたいて空を飛ぼうとしても、大きくなると無理になるようだ。ミスリルの翼で人を飛ばそうとしたら折れたらしい。
そして強度を上げれば重さで飛ばない。それでも無茶して魔法で強度を上げたら、5000フィート付近で魔法が解けて墜落したらしい」
カオスの解説はそれなりに空を飛ぶための情報は入手していることを示唆する。テメェ、マジで遊び人なのかとヴィンは疑問に思っていたが、遊ぶための前準備を油断なくこなす人間だと考えれば理解できなくもない。
「けど、鳥は飛び立つ時ならともかく、上空ではあまり羽ばたかないだろ?」
一同、鳥の動きを思い出す。良く見てる人は納得し、あまり見ない人は疑問のままだ。
「エミット・リャーウンは狩人だからわかるよな?」
戦闘職と生産職の中間くらいの狩人というジョブの彼女なら、野生動物の動きを良く知っていると判断して質問する。
ブカブカの制服に覆面をしている彼女はコクリとうなずいて肯定した。
無口?キャラ付け?人見知り?宗教上の理由?
何か言えと思った人もいたが、とりあえずスルーする。
「だからヴィンもケイも、他の皆も月を目指そうぜ」
「そこで何故名指しで呼びやがった?」
顔をひきつらせてヴィンは拒絶の意思を見せる。ケイもケイで不愉快が顔に滲み出ていた。
「3人一緒に頑張ろうと誓ったじゃないか!」
「テメェが勝手に叫んだだけじゃねーか」
「バラバラで違う事を頑張ろうか」
友達甲斐のない2人だった。
「お三方はどのような関係なんですか?」
情報屋のリーン・パラッチが3人のよく分からない関係に少し引きながら聞いてみた。
「親友だ!」
「偶然早く出会っちまっただけの他人だ」
「同じ馬車に乗り合わせただけの他人だよ」
タイミングこそ同じだが内容は異なり、その温度差は酷かった。とりあえず、この2人はカオスと友達だと思ってないらしい。
「では何故つるんでいるんですか?」
「効率いーかんな」
「都合がいいからね」
カオスは悟った。まずはクラスメート全員と友達にならなければならない事を。
アポロ11号の月面着陸成功は1969年。単純比較はできないが、この世界の文明を地球に換算すると1800年から1900年くらい。
ただし魔法があるので航空も輸送も発達していない。気球の有人飛行が18世紀末だから何れだけ非常識かわかっていただけただろうか?
神の住まう場所に行く。
別に罰当たりでもない。日本人は普通に神社へお参りに行きます。他の国は知らん。
単位がめんどいので。フィート→足首から膝までの長さ(諸説あり)。人種等によるが、おおよそ30センチ。かかとから爪先だと一般的な人に比べて大きずぎて標準化できないので、こっちで。尺だと和風になるので却下。
地上から3000メートルといえばかなり高そうだが、富士山を魔法で飛び越せないといえば物理的な残念具合がわかるだろう。ただし、霊験あらたかな富士山を飛び越えられない理由にはなる。それでも低い雲より上には行けるのだが。
ちなみに、現在飛行機が飛んでいる巡航高度は3万フィート、1万メートルくらい。なお、月までの距離は384400キロメートル。
地球の記録では海抜11300メートルで鳥が航空機とぶつかったという記録がある。付け加えるなら、航空機が効率良く飛ぶ上限付近である。




