第1話
自分でも描きたくなってしまったので書いてみました。
作者は不眠症にあまり詳しくないので、深く突っ込まずに温かい目で見守っていただけると助かります。
「はぁ…。朝になってしまった。」
最近毎朝決まって、同じセリフを吐いている気がするがそれも仕方のないことだろう。
1週間くらいから急に上手く眠れなくなってしまったのだ。いわゆる不眠症というやつかもしれない。
おかげで授業中に眠りこけてしまうせいで先生に怒られてばかりだ。
昨日はついに生徒指導室に呼ばれてありがたいお説教をいただいた。今までこんな不良生徒ではなかったため心配してもいただいたが。
とにかく、このまま続くようなら病院も視野に入れなければならないのかもしれないと憂鬱になりながら学校へと向かった。
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「おっす、康太!今日も眠そうだな!」
「おはよう、巧。お前は相変わらず元気でいいな。」
俺に声をかけてきたのは、同じテニス部でクラスメイトの菅野巧。こいつに不眠症のことを相談したら「大変だな!」というお言葉をもらった。せめて解決案の1つでも出して欲しかった。
このまま昇降口で話していても邪魔になるだけだからと、俺は巧と一緒にクラスへと向かった。
「そんで、不眠症は治ったのか?」
「治ってたらこのクマとはおさらばしてるよ。」
「それもそっか」
「なんだよ他人事のように。お前もどうしたら治るかもう少し真剣に考えてくれてもいいんじゃないか?」
「ま、実際他人事だしな!でも俺も友達が困ってるのに見捨てるほど薄情ではないからな。少しは考えてきたぜ!」
「この間相談した時はそっけない態度だったけどな…」
「それは、まあ、ごめんよ。で治す方法だけどな、康太は人の温もりを感じると落ち着くとか聞いた事ないか?」
「まあ聞いたことくらいは」
「それで思ったんだけどさ、寝るときに人を抱いて寝るっていうのはどうだ?リラックスして安眠できるんじゃないか?」
「また突拍子もない事言いだしたな。だいたい、それで安眠できるとして誰を抱いて寝ればいいんだよ。」
「それは…ほら!お前の姉ちゃんとか!」
俺には1つ上の姉がいる。成績優秀で毎回学年5位以内に入っているすごい人だ。運動は少し苦手だがそこがまたいいのだと、目の前のやつは俺に豪語してくる。
ちなみに巧にも、俺の姉と同じクラスに姉がいて、こちらは才色兼備、スポーツ万能とまるで空想の世界の住人みたいなスペックである。
巧曰く「でもお前の姉ちゃんと違って胸ちっちゃいしなぁ」との事だった。そんなに胸が大事か。
「じゃあ、巧が不眠症になったとして姉に一緒に寝てくださいって頼むのか?」
「頼まないな!」
「ほらみろ、やっぱりお前の案ダメじゃないか」
「いやでも!お前の姉ちゃんうちのと違ってお前に優しいじゃん!頼んでみたらワンチャンいけんじゃないのか?」
「うちのと違ってって。あとで怒られても知らないぞ?」
「うっ…内緒にしてくれ…」
「はいはい。まあ、巧の案も心に留めとくよ。」
「それ、絶対やらないやつだろ!」
「さあな。」
こんな感じて、この日の学校は終わった。明日こそはお説教を回避したいと思う。
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「ただいまー」
帰宅するとキッチンの方からいい匂いが漂ってくる。肉の焼ける匂いがするから今日の晩ご飯は肉だな。ハンバーグならベスト。きっと指導のせいでほとんど部活ができなかった俺の心が癒される事だろう。
「康太おかえり。今日は父さんも母さんも仕事で遅くなるらしいわよ。晩ご飯はあんたの好きなハンバーグ作ったから、早くて洗ってきなさい。」
そう言って配膳する姉さん。受験勉強もしなきゃいけないのに両親がいない時は家事も済ませてくれてるとか、本当に頭が上がらない。いつか姉さんが泣いて喜ぶくらいのプレゼントをしてやろう。
「あんた昨日、今日と生徒指導受けたらしいじゃない?普段真面目なのに珍しいわね。どうしたの?」
「なんで姉さんが知ってるの!?そんなに言いふらしてないのに…」
「奏の弟が奏に教えてくれたんだって。それを私に教えてくれたってワケ。」
奏さんというのは巧の姉である。つまり巧が漏らしたということか…。明日覚えとけよ…!
「ま、そんなことはどうでもいいじゃない。で、なんでそんなことになってるの?」
嘘をついて誤魔化そうかとも思ったがやめた。昔から姉さんに嘘をついてもまんまと見破られてしまうのだ。嘘をつくだけ無駄である。
大人しくここ1週間程度、不眠症気味であることを話した。姉さんに思い当たる原因など聞かれたが、素直に無いと答えたら姉さんの顔が険しくなった。
「姉さん、顔怖くなってるよ。」
ついポロッと溢してしまった。そうしたら、軽く俺の顔を睨んで
「誰のせいだと思ってんの、誰の。」
と怒られてしまった。ごめん、姉さん。
「でも、今日いい方法見つけたんだ。だから、ね?安心して?」
まずいと思った俺の口からはそんな言葉が飛び出ていた。嘘ではない。実行できるとも言っていないが。
俺の言葉を聞いた姉さんはどこか納得できなそうな表情を浮かべながら夕食の食器を片付け自分の部屋へと戻っていった。
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コンコン。部屋にノックの音が響く。どうぞと入室を促すと、「入るわよー」と軽いノリで姉さんが入ってきた。手には数学の教科書と参考書を持っている。
姉さんは文系ではあるが進路の選択肢を狭めたくないということで数学もしっかりと勉強している。今年が受験の年だということもあり、最近数Ⅰの初めから復習を始めたらしい。
そこでわからない問題があるとこうして俺のところに質問しにくるのだ。普段は姉さんに頼ってばかりの俺だが、この時ばかりは姉さんの役に立てていると思うと少し嬉しい。
3個ほどあった疑問点に答えると、姉さんは満足したのか満面の笑みを浮かべる。こんなに嬉しそうにしてくれると、こっちも教えた甲斐があるな。
「いつもありがとね、康太。お詫びにと言っちゃなんだけど、私に何かしてほしいことないの?」
姉さんがおもむろにそんなことを言い出す。
「姉さんにはいつも世話になってばかりだから、これ以上してもらったらどう返していいかわからないよ。」
そう言って姉さんの顔を見ると少し顔が赤い気がする。そういえば、姉さんは面と向かって好意を向けると照れくさくなるんだっけ。弟の俺ですらこれなら、他の人の時は一体どうなってしまうんだろう。
「そ、そんなことないわ!ほ、ほら!何かないの、私にしてほしいこと!」
姉さんにしては珍しく、声を荒げながらそう言う。ふと、今朝の巧の言葉を思い出す。もしかして、これはチャンスなのでは?ダメで元々だし、言うだけ言ってみようか。
「な、なら姉さんに1つだけ頼んでもいいかな?」
「な、なに!1つと言わずもっと頼んでもいいのよ!?」
キラキラした目でこっちを見つめないでほしい。頼みにくくなるじゃないか。でも、言った手前撤回することもできないし、腹を決めるか。
「そ、その…。今夜、姉さんを抱かせてほしい。」
俺の言葉を聞いた瞬間、姉さんが信じられないものを見る目をする。
自分の顔が青ざめていくのを感じる。何を言っているんだ、俺は。この言い方だと誤解されても仕方ないじゃないか。早く訂正しなくては。
「ち、違うんだ、姉さん。その…。」
「そ、そうよね。あんたがこんな変なこと意味もなく言うはずないものね。どうしてそう頼むことになったのか、ちゃんと順序立てて説明してくれる?」
自身の発言であたふたしている俺とは違い、きちんと冷静に話を聞こうとしてくれる。こんな発言を突然した俺のことを信用してくれていることに、場違いではあるが少し嬉しくなってしまった。
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「そう、それで藁にもすがる思いでってことね。」
俺は、先程は誤魔化したが病院へ行くことも視野に入れるほど不眠症がかなり深刻であることや、今朝の巧との会話での思いつきのような案を思い出したことなど、一切を隠さずに伝えた。
「それで、さっきの康太の発言は決してえっちな意味じゃなくて、私に抱きついて寝るという不眠症を治す案としてのものだって言いたいわけね?」
「その通りです…」
もうどうにでもしてほしい。誤解は解けたとはいえ、高3の姉に高2の弟が抱きつきたいと頼んだことには変わりない。そりゃあいくら優しい姉さんでも嫌がるだろう。なぜこんなことを頼んでしまったのだろうという後悔ばかりが胸中に残る。
「いいわよ、別に。」
自分の耳が、おかしくなったのか。姉さんを抱きしめることが許可されたように聞こえた。
「もう一回言ってくれる?」
「だ、だから!私を抱きしめていいわよって言ってるの!恥ずかしいから何回も言わせないでくれる!?」
「だって、普通に考えたら断られると思うし…。それに、弟にこんなこと言われて嫌じゃないの?」
「嫌ではないわ。少し恥ずかしいけど、恥ずかしいだけ。何より、こんなに困った康太を知ってしまったら、助けたくなるのは当然でしょう?」
姉さんには敵わないなあ…。こんなことされてしまったら、ますます姉さんに甘えてしまうな。まったく、
「姉さんは本当に優しいね。」
あ、照れた。
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「じゃあ、寝ましょうか。」
そういうと、姉さんが部屋の電気を消す。部屋は間接照明によってもたらされた僅かな光に支配された。
「おいで、康太。」
そういうと、姉さんは布団を持ち上げ、自分の横のところをポンポン、と叩いて俺を隣に誘う。こういうの、少しドキドキするな。
「お、お邪魔します。」
少し気恥ずかしくなった俺は、どもりながらもなんとか言葉を発することができた。
「いらっしゃい。」
対する、姉は満面の笑みである。余裕を見せつけられているようで少し悔しい。
「何年ぶりかしらね、こうやって二人で一緒に寝るのは。」
そう言って、姉さんがこちらを見る。すごく優しい顔をしている。当時を思い出しているのだろうか。
昔の俺は、お姉ちゃん子だった。姉さんがどこに行くにもとにかく付いていった。怖い夢を見たときは、それこそトイレにまで付いて行こうとした時もあった。流石に、姉が恥ずかしいからと止めたら、姉さんが俺を嫌いになったと勘違いして大泣きする始末。姉を大変困らせたこの出来事は、俺の黒歴史と言って差し支えないだろう。まあ、今この瞬間も十分に恥ずかしいけれど。
「昔はお姉ちゃん、お姉ちゃんって言って可愛かったのにね、あんたも。今じゃ全然甘えてくれなくなっちゃったけど。」
そう愚痴をこぼす姉さん。
「いや、姉さんだって今の俺に甘えられたら嫌だろう?」
「ぜーんぜんそんなことないわよ?康太が嫌かなと思うからいつもはやらないけれど、本当はいつもこんな風にギュってしてあげたいのよ?」
そう言って姉さんは、俺の顔を自分の胸へと抱き寄せた。柔らかい感触が顔いっぱいを包む。初めての感触に少しドキドキしたけど、後頭部を撫でてくる手とか、時たま漏れる嬉しそうな声で、姉さんに包まれてると思えた途端になぜか安心できた。むしろ、いつも頼りになる姉さんがこんなにいい匂いがして、こんなに柔らかいことに自分との差異を見出して、姉さんも女の子なんだという当たり前の事実を、大発見のように思えて少し面白かった。そして、ポロッと口から出てしまった。
「姉さんってさあ」
「なに?」
「いつも頼りになるけど、柔らかくていい匂いのする女の子なんだね。」
「なっ!」
そして、俺は偉業を成し遂げたような達成感とともに深い眠りへと落ちていった。姉さんが何かをいっているのにも気付かずに…。
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