第十七話 アメリカに到着したサムライ
すみません。遅くなりましたが、暫く週末更新になりそうです。
日露交渉は多少の波乱を含みながらも、日本の領土保全は無事に成功します。
水戸斉昭がロシア皇帝アレクサンドル2世と会談をしている頃、井伊直弼率いるアメリカ視察団はハワイ王国を経由してサンフランシスコに到着していた。
そこで待っていたのは、港に溢れるほどの大観衆の歓迎。
世界で唯一の神秘の国から来た日本人たちは、「星からの珍客」と呼ばれ、各新聞でも大騒ぎした為に、多くのアメリカ人が物珍しさに集まったのである。
日本人の視察団が最初に到着したのは、ロシアだが、その視察団の到着を最初に大々的に報道したのはアメリカである。
その為、神秘の国日本を国際社会に復帰させたのは、アメリカのペリーであるか、ロシアのプチャーチンであるかが、当時から議論となることが多かったのである。
また、今回のアメリカ視察団は、本来の平八の夢で見た、今から5年後に実施されるはずだったアメリカ視察団と異なり、大嵐に巻き込まれることもなく、ほとんどの団員が英語を話せるということも大きかったのだろう。
サムライ達は、アメリカ人の歓迎に余裕を持って順応していき、アメリカ人達を魅了し始める。
何より、今回の世界線において、日本人たちは津波で大破したアメリカのポーハタン号の人々を助けているのだ。
助けられたアダムス特使やブルック大尉は、日本への絶賛を惜しまなかった。
未曾有の津波と大地震に襲われたにも関わらず、命がけでポーハタン号の人々を助けた勇気。
家が流されたにも関わらず、暴動も起こさず、整然と並んで救助を待ち、助け合う人々。
何より、彼らが乗ってきた二隻の船は、アメリカ人の指導の下、日本人が作ったというのだ。
アダムス特使のインタビュー記事を読んだ多くの人々は素直に感動し、奇妙な姿をした見世物的な評価から尊敬できる人々へとその評価を大きく変えている。
この当時の日本視察団について、「サンフランシスコ・トリビューン紙」は次の様に述べている。
「日本人は世界で最も洗練された人たちである。態度は優雅であり、容貌も柔和である。
我々とは異なる服装ではあるが、それを美しいと言えない人はいないだろう。
更に、彼らは礼儀正しく、謙虚であり、非常に優秀である。
この様な国と友誼を結ぶことが出来るのは、アメリカにとって、非常に光栄なことである」と。
更に、この記事を書いた記者は、大統領への贈呈品として持ち込んだ田中久重のからくり人形を久重本人の説明付きで見せて貰ったようで、日本人の技術力の高さを絶賛している。
もし、この視察団の目的が日米友好関係の樹立であるなら、既にこれだけで大成功であったと言えるだろう。
だが、視察団の面々はそれぞれの目的を持って、行動している。
井伊直弼、小栗忠正は徳川家を守る為の力を得る協力者を見つける為に。
勝と龍馬は、佐久間象山、阿部正弘の密命を帯びて。
西郷吉之助は見聞を広める為に。
田中久重らは、進んだアメリカの技術を習得する為に。
その為、サンフランシスコ到着後、アメリカ視察団はいくつかに分かれて活動することとなる。
まず、技術を習得する為にアメリカに来た田中久重とその弟子たちはサンフランシスコのメア・アイランド造船所に詰めっぱなしで視察団一行が帰るまでの間、蒸気船だけでなく、大砲や鉄砲、電信機、鉄鋼業の研究を行うことになる。
次に、咸臨丸の乗員だが、平八の夢ではすぐに日本に帰ってしまうのだが、折角アメリカまで行ったのに、その様な勿体ないことをさせるはずはなかった。
技術習得を目指す田中久重一行以外は、アメリカ西海岸を航海訓練で移動。
各地でアメリカ人との交流を行い、現地情勢を調査することとなる。
そこで活動するのは、ジョン万次郎、坂本龍馬と西郷吉之助。
龍馬はアメリカで何が売れるかの調査を行い、平八に聞いた人を探し、西郷と共に友人を増やしていく。
これに対し、井伊直弼一行は、平八の夢と同様にパナマまで移動すると、そこでポーハタン号二世号を降り、鉄道でパナマを横断、アメリカが用意した新たな軍艦に乗り換え、首都ワシントン、ニューヨーク、フィラデルフィアを回ることとなる。
ワシントンへの移動する中、井伊直弼は頭を抱えることとなる。
「一体、アメリカという国はどうなっておるのだ」
絶望的な気分で直弼は長野主膳と小栗忠順に溢す。
「百姓ばかりの身分のない国だとは聞いておりましたが、方針の違う勢力がそのまま共存しているというのは予想外でしたな」
長野がため息交じりに答える。
「そうですな。もし、今のアメリカ君主、プレジデント・ピアースと友誼を結んだところで、入れ札で君主を決めるこの国では、いつまでも、アメリカが徳川宗家の味方である保証がないということですからな」
「その様な国と友誼を結ぶ意味はあるのか?」
直弼が訝し気に尋ねると小栗が答える。
「プレジデントが変わっても、文書にした約束を違えることはないとのことです。
ですから、文書にしておけば、問題はないかと」
「だが、それでは、阿部様や水戸様に知られず、アメリカを徳川宗家の味方にすることは不可能ではないか」
感心した様に長野が呟く。
「おそらく、それも織り込み済みで、殿をアメリカ視察に誘導されたのでしょうな」
言われて直弼が憮然とする。
「いずれにせよ、これから、井伊様にはアメリカと交渉して頂かねばなりません。
ロシアで水戸様がどの様な交渉をしてくるかはわかりませんが、攘夷派に攻撃されないで済む様にして頂かねば」
「阿部様より頼まれたのは、アメリカの状況を調査すること。
その上で、許して良いと言われているのは、小笠原諸島の開港と小笠原における交易だけだ。
その為に、小笠原にいる間は、アメリカ人と言えども、わが国の法に従うこと。
地図で示す我が国の領土を認め、日ノ本に武装して来ないことを認めさせることが最低条件だ」
「もし、これらの条件を譲れば、殿の失策ということになりますな」
直弼は渋い顔で頷く。
「しかし、これだけの歓迎を受けてしまえば、我らも何もしない訳には行かぬのではありませんか」
この世界の常識は相互主義である。
やって貰ったことは、返さなければならない。
そのことは、視察団に参加する者には、繰り返し伝えられている。
これだけ大歓迎された以上、同じ様に日本もアメリカを歓迎しなければ、アメリカの好意はあっという間に消えてしまうだろう。
事実、平八の見た世界線において、日本の遣米視察団訪問で盛り上がったアメリカ人の日本への好意は、視察団を送ってきたアメリカへの日本の『歓迎』っぷりで、一気に冷却してしまった。
まあ、桜田門外の変で攘夷の声が吹きすさぶ日本で歓迎などしようもなく、仕方なかったと言えなくもないのだが。
「だから、アメリカが日本視察を望んだ場合は、受け入れの準備が必要だから、最低1年の猶予を貰う様に言われておる」
「どの様な歓迎を受けたかを正確に伝え、その対策は幕府がするということですか」
「そうだ。問題はアメリカ人がどの様な歓迎をすれば喜ぶかも調べねばならぬということだ」
「それは、アメリカの調査と並行して進めていくしかないでしょう。
他に、阿部様から頼まれていることはございませんか」
「まず、アメリカの人材、軍人や技術者を小笠原に呼び寄せる許可を貰えと言われておる」
「異人をこちらから呼べというのですか?その様なことをすれば、攘夷派からどの様な反発があるか」
「あくまでも、許可を得るというだけだ。
小笠原を開港してしまえば、呼ばずとも異人は来る。
ならば、こちらから教師となる者を呼び寄せてしまおうとのことだ」
「大丈夫ですか、殿。阿部様は全ての責を殿に負わせる気なのではありませぬか」
「だとしても、日ノ本を守る為には必要なことだ。
日ノ本だけではなかなか作れなかった蒸気船を、あっという間に作ってしまったことをみれば解るであろう」
「ならば、呼び寄せる人材と友誼を結び、国防軍の中で勢力を築かれては」
「アメリカと徳川家の友誼を結ぶことが難しいから、異人と手を組めと言うのか」
「もし、本当に呼び寄せる人材が優秀であり、その者の指揮する軍が強いならば、友誼を結ぶ価値はあるかと。
それで、呼び寄せる人材はどの様な者をお考えで?」
「阿部様より、呼んで欲しい者に関する書付は受けておる」
その言葉を聞いて小栗は訝し気な顔をする。
「阿部様は日ノ本にいながら、アメリカの人材まで、どの様に知られたのでしょうか」
「小笠原にいるアメリカ人から調査したと聞いておるが」
そう言われたが、小栗は不審な表情のまま、暫く考え込んだ後で直弼に尋ねる。
「他に、頼まれたことはございませんか?」
「武器とそれを作る為の道具、鉄を作る機械の性能と値段を聞いてこいと言われておる。
ロシア、ヨーロッパの物と比較して、何処から買うか決めると伝えた上でな」
「確かに、そうすれば、高くて使えない物を売りつけられる危険は減るでしょうな。
商人のやり方でしょうが、比較出来るなら、その方が危険は少ない」
そう言いながら、小栗は考える。
どうして、阿部様は武器を買うのに、ロシアやヨーロッパとアメリカの比較をするのに、アメリカから招く人材は既に決めているのだろうか。
井伊様は気が付いていないようだが、阿部様には、何らかの情報源があるのやもしれん。
その上で、何故、阿部様が、この様な方法を選んでいるのならば、そこも読み解く必要があるだろうと。
ワシントンでの日米交渉が近づいていた。
次は日米交渉です。
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